攪乱
「馬鹿! 殺すな! 村の場所を吐かせるんだぞ!!」
誰かの言葉が終わる前に、剣はシュリアの頭へと振り下ろされた。
終わりだ。終わった。もう、レイと一緒にいられない。
死ぬ瞬間は、まるで一瞬が長く長く感じると言う。
剣は自分の頭頂部に向かい、まっすぐに、いや斜めに降りてくる。
ゆっくりと降りてくる。
剣に自分が写ってるのが解る。
僅かに斜めなのは、兵士の技量が低いせいだろう。
しかし、そんなことはどうでもよく、自分はここで死ぬと解った。
解った瞬間、自分が以前にたらしこもうと言った言葉が、何故か頭で反復される。
頭をよぎったのは「レイのお嫁さんに決まってるじゃないですかぁ」と言う言葉。
けど、もう無理かな。と諦める。
剣が、ゆっくり、ゆっくりと降りてくる。
また服作ってあげたかったな……と、初めてシュリアは涙を浮かべた。
生まれて初めての、寂しさの涙だったかもしれない。
苦しさ、痛さの涙は何度も流した。しかし、寂しくて泣いたことはない。
もうダメなんだな……。
目の前に、もう額に当たるほどに、剣は、そこにあった。
だがしかし、そこで懐かしい、弾く音。そして、頭を殴られたという鈍痛。
シュリアが驚く。剣で頭は割られておらず、滑って肩当てでも弾かれていた。
何が起こったのかわからず、しかし、シュリアは足にしがみつく男に膝蹴りを入れて、飛び退る。
一度は諦めた。けど、なぜか、助かった。
「何があったの……? 何? どうして……?」
額に手をやるも、何もない。
さがりながら頭全体を触ってみる。
兜なんかかぶっているはずも無く、頭に飾り物もない。
そういえば、レイと別れてから水浴びしてないなと、妙な事を思った。
最後に撫でられた。
あの感触を、何故か残しておきたかった。
そして今、撫でられたところに触れ、手に触る何か。
重さも何も感じない、数本の髪をまとめただけのような、レイモンドの血が作った甲殻。それが髪飾りの様に前髪に付いていた。
撫でた時に、血が付いてしまったのだろう。それが、剣を弾いた。
髪を分けてる部分から伝った血は、凝固阻害の影響を受けて前髪数本を覆っていたのだ。
凝固阻害の耐性が、血だけになった状態でも発動していたのだ。
異形のモノの攻撃なら割れていただろう、毛を軸にした僅かな甲殻は、普通の剣ならば刃が立たない。。
レイモンドに命を救われた気がした。
「あー、もう、おせっかい!」
歳相応な怒り方。
「しかも、女の子の髪を汚すなんてぇ」
村人が見たら驚くだろう。
外面を気にしなくて良い場所で、シュリアが感情を露わにするなど。
飛び退った先には敵は居ない。
そして、それは目的地の方向。
シュリアの思考は加速した。
今は死よりも生きて次に繋げることに。
シュリアは痛そうな演技をし、疲れている演技をし、そして、考えておいた恨み言を言いながらさがっていく。
傷だらけの少女が恨み言を言いながら、少しずつ逃げていく。
陵辱を考える男達の興奮をかきたて、捕獲を考える男達は、少女が逃げきれずに悔しがっている様に見えるだろう。
それが狙いだ。
距離は詰めさせず、しかし、逃げ切らない。
さがる速度は、敵との距離次第。一定の距離にはせずに、相手に気取られない様に調節する。
最後には、村に逃げ帰るように逃げる。
そうすることで、村の位置をごまかせる。
何十歩と、何百歩と、敵を釣り、下がり続け、そして走りだした。
走りだしたシュリアは、そして、簡単に敵を振り切る。
追いかけた兵士達が呆れるほどの速さ。
疲弊し、ケガをしていたはずの少女は、自分達が追いつく気のしない速度で逃げていく。
「馬鹿な……」
一人がつぶやくが、他には誰も何も言わない。
全員が呆然としていた。
そう、あくまでも「逃げ」なのだ。
逃げているように見えないといけない。
助けを求めるかのように。
誰かがいる方向に行くかのように。
そうすることで、相手は思い込む。
村が、こっちにあると。
気づく相手もいるだろう、逆方向かと。
しかし、そちらも違う。
シュリアは馬が隠してある場所にむかって逃げて、いや、駆けていた。
相手がまだ、追いつけるかも知れないと思える程に速度を落とし、そして、後ろを常に気にする。
矢が飛んでくる気配はない。
距離が離れれば、足止めのために矢を射ってくるだろう。
だが、兵士達に弓矢の装備はなかったらしい。
重い鎧を着込んだまま、強風吹きすさぶ砂浜を走ってくる。
全員を殺すつもりであったが、しかし、この人達は死なせてはいけないと考えを変えた。
この人達には「村の女が海岸沿いに南に逃げた」と報告してもらわないと行けない。
そうすれば、多少は村のみんなに時間が出来る。
反乱軍は、異界の武器を手に入れるために、何度も軍をだしてくるだろう。
異界の武器の存在を知る者は少ないはず。だけど、知ってるものを僅かに入れて、村の殲滅として部隊を組めば、それなりに軍勢を送ってこれる。
だから、位置を誤解させないといけない。
そうすることで、みんなが助かるかもしれない。
なんだか、この考え方ってレイモンドの考えそうなことじゃない? と思うと、苦笑する。
だいぶ距離が出来、それでも追ってくる。
そろそろ身を隠しても大丈夫な距離と感じたシュリアは、一気に全力で駆け出す。
既に兵士達はへとへとだ。追いつけるどころではなく、いや、追ってさえいない。
ただ走ってるだけ。
シュリアは早々に海岸線から森に入り、用意してあった馬に乗り走りだした。
走りだしたシュリアが最初に気にしたこと。
「よし、裁縫道具は大丈夫」
ヴィータスに捕らえられ死刑執行人となった王は、毎日の様に苦渋を飲んでいた。
口には木の棒を噛まされ、舌を噛んで死ぬことも許されない。
誰かが連れてこられる度に、ノコギリを渡される。
そのノコギリで、断頭台に首を固定された罪人だろう人の首を引く。
生きたままだ。
生きたまま、ノコギリを引かされる。
最初の数回で、相手は言葉が出なくなる。
血を吐き、痙攣する。それでも引かされる。
何度も、何度も、何度も。
そして、首は落ちる。
この世界にもギロチンはある。そして、縛り首もある。だが、王は断頭台を使わされる。
そこでは普通は剣をもって首を落とす。だが、王だった事の贖罪として断頭台を使わされ、しかも、斧や剣ではなくノコギリだ。
王に与した最後の者を自分が葬った後、自分がこの断頭台に首を乗せるのだろう。
覚悟はしている。
自分の首が来られる覚悟は、とうの昔にしている。
しかし、自分を信じてくれたもの、自分に忠誠を誓ってくれたものを切る苦痛。
断頭台から降ろされた王は、監獄へ戻される。
汚い石壁で囲まれた、小さな監獄。
そこで、王は苦悩に苛まれる。
食事の時でさえ外してもらえぬ口輪から悪臭が漂い、監獄にはトイレもない。
汚物まみれになりながら、壁に背を預けて眠る。
自分を慕ってくれた領主達や騎士達は、どう思うだろうか。
自分が忠誠を誓い、剣を捧げた王が、汚物まみれで悪臭を放ちながら自分を殺しに来る。
それが例えヴィータスの狙いだろうとも、その姿をみれば、忠義心さえも折れかねない。
忠義心が折れぬ者は、敬愛する王に対する所業、自分に対する所業に怨嗟の思いで死んで行く。
ヴィータスは、それが楽しくて仕方がない。
王に付けられた手枷には、首輪も鎖でつながれ、顔を上げることは出来ない。
だから、下を見続けることしか出来ない。
そして、下には断頭台。
この姿を楽しむ様な人間が、人の上に立って良いはずがない。
誰もがそう思うだろう。
しかし、いまの現状は、一番の支配者が、この状況を心から楽しんでいる。
下衆すぎると、これを知ったものは誰もが思うだろう。
だが、誰も知らないのだ。
ヴィータスと、その側近。そして、死刑を行う者たち以外は。
「ほんとに、良い光景だねぇ……」
香を炊き、下の匂いをごまかした部屋で見下すのはヴィータス。
王宮のテラスでは民衆に謳い、側近にはツバを吐く。そして、ここでは心からの愉悦を語る。
自分が下級騎士の子供という立ち位置であった時には、雲の上の存在だった王。
その王に、死刑執行人をやらせている。
そして、その死刑の方法は、自分が一番好きな方法だ。
悲鳴と怨嗟、そして、ノコギリの音や首の落ちる音までもを、音楽と称し聞き惚れる。
ヴィータスは本当に人間なのだろうか。
ここまで心が腐った人間を、人間と称していいのだろうか。
誰もがヴィータスに逆らえない。
逆らえば、断頭台に首を乗せるのが、自分の番になるからだ。
有志を集い、みんなでヴィータスを倒そうと考える者もいるだろう。しかし、側近等ヴィータスの本性を知ってるもの以外は、全てヴィータスの味方だ。
未来を謳い、夢を謳い、そして、幸せを謳う。
その謳う口の主が、どんな悪辣な本性を持っているか、知ってるものは少ない。
知らせることで黙らせる。
知らせることで従わせる。
それがヴィータスのやり口。
人間の世界は、最悪の詐欺師の口車によって、終焉へ向かっているのは確実だった。




