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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
25/48

追走


 ――レイなら、なんて言うだろう。


 そういう考え方が、シュリアの脳裏に浮かんでいた。


 苦笑してしまう。


 暗殺の中で覚えた甘えん坊な態度や行為、それで、たらしこんでいただけの相手。


 身内になればなるほど、相手は自分に甘くなる。そう思って利用した。


 ただの演技。


 ただのお芝居。


 相手を騙すのも、殺すのも、いつもの事。


 恨まれて、嫌われて、罵られ、そして、呪われる。


 ソレが自分。


 ――いつかは自分が誰からも狙われ、そして、どんな命乞いをしても殺されるだろう。


 そう思っていた。


 けど、今目をつむるとレイモンドの優しい、けど、寂しそうな笑顔が浮かぶ。


 馬鹿正直に、ただ人を守るためだけに進む少年。


 なんであんなに、人のために必死になれるのか。


 誰も見ていないかもしれない場所で戦う時も、決して、自分を曲げない。


 そして、今この状況。居たならば、なんて言うか。


 相手が人ならば、躊躇もするだろう。


 だから、自分が居る。


 そう、人を殺せる自分が居る。


 例え血塗られた道でも、ああいうふうに思えるようになりたい。


 馬鹿正直に、前を向きたい。


 自分が守りたいものを、守る。


 村ではみんなとも距離があり、冷たい関係だったとしても、助け合い生きてきた。


 村に連れて来てくれて、生きることを教えてくれた。


 たとえ汚れ仕事でも、みんなを助けてこれた。


 だから、これ以上穢れるのは自分で良い。


 シュリアは、自らの剣を抜いた。しかし、片方は、レイモンドの使っていた剣。


「……借りるね」


 立っている場所は、奇声の丘ではない。


 海岸線にある砂浜だ。


 強風吹き荒れ、シュリアの髪も暴れるように舞う。


 潮が顔を討ち、体中がじっとりと濡れていく。


 そして、そこは村があった近く。


「居たぞ。一人を発見。他も探せ! 近くに――」


 言い終わる前に、その喉笛が斬り裂かれる。


 砂場という劣悪なはずの足場でも、シュリアの速度は衰えない。


「くそっ……こいつ……」


 二人目。


 鮮血が噴き出るのはシュリアが過ぎたあと。


 レイモンドと居た時より僅かに速度が遅いのは、その背に背負ったバックパックのせいだろうか。


 シュリアの攻撃の移動の度に、激しく揺れている。


 感覚では、あと四百十九人。


 研ぎすませた感覚は、全ての軍勢を捉えている。


 動きは、解る。


 殆どの者が上段からの振り下ろし。だから、シュリアにとっては好都合。


 喉笛を斬り裂くにも、腹を横薙ぎにするにも、がら空きだ。


 殆どの鎧が、喉に装甲はない。そして、あったとしても異界の武器なら斬れる。


 腹の鎧も同じだ。ただ、鎧ごと斬ると多少遅滞は起きる。だから、鎧の隙間を斬る。


 恐ろしいまでの精度で致命傷を与えていく。


 後続の軍勢は、誰が殺してるかさえもわからない。


 なぜならば、シュリアは常に殺してる最中の敵の影に隠れ、次に移動するときには既に斬っている。


 人を殺す。


――レイに知られたら怒られちゃうな。


 そんな考えが浮かぶ。


 馬鹿正直に、人の道を説いてくるかもしれない。けど、もしかすると、優しくしてくれるかも。


 そんな考えも浮かんでは、刹那に消える。


 人を殺している最中だ。


 仕事で人を殺す時には、自分の心を殺す。


 誰しも家族を持ち、友人がいる。そして、愛し、愛されてる人がいるだろう。


 例え悪人だとしても、人を殺すということは、その全ての人に悲しみを与える。


 自分の心を殺さないと、押しつぶされて死んでしまう。


 生きるために殺すのとは違う。


 少しずつ、人としての感情が芽生え、人としての考えが育まれていくほど、それが解る。


 人が人を殺すこと。


 悪いことというのは解る。誰かがしなければとも思う。だが、他にも方法があるのでは?


 しかし、その心は仕事に支障を来たし、そして、失敗を導く。


 失敗は、自分の死につながる。


 もう死んでも構わない。何度も、そう思った。


 けど、シュリアを捕まえ村まで連れて行ってくれた人、シュリアを育てようとしてくれた人、そして、仕事が終わる度に心配してくれた人たち。


 あの人達に報いたい。


 そう思う心が、レイモンドを思い出させる。


 あの真っ直ぐすぎる馬鹿正直者を。


 この人達にも、家族も、恋人もいるだろう。けど、殺さないと、殺される。


 仕方ないとは言わない。


 自分達が生き残るために、自分達の為にしてることだ。


 だから、せめて、苦しませない。


 残り二百十一人。


 流石に疲れで動きが鈍くなるが、まだ動ける。


 単純だけども、わずかに生き残らせて、異界のモノを保管してある場所とは違う方向へ逃げる。


 真逆ではだめだ。それっぽい方向へ逃げないと、勘付かれる。


 大体の場所は決めてあるが、まだ、周りを取り囲む敵が多い。


 ふと思い出す。


 最後にレイモンドを見た時の光景。


 これに近かったな。


 自分から死地に飛び込み、自分を遠ざけた。


 一体何を考えているのかと不思議だった。けど、今なら解る。


 いつも、死んでも構わないと考えながら仕事をしていた。しかし、今は違う。


 生き残って、レイモンドのところに行きたい。


 もしレイモンドが生き残っているなら、また服を作ってあげないと。


 多分あの戦いで、ボロボロだろう。


 シュリアもまた、考える心と、体は別に動いていた。


 最小限の動きで移動し、最小限の動きで相手に致命傷を与える。


 これだけの数を相手にするには、ソレをするしか無い。


 そして、敵を集めて戦わないと移動距離がながければ長いほど、体力を使う。


 身体能力は、人間を遥かに超えるシュリア。しかし、敵の数に対する自分の体力が一番の敵。


 例え自分がここで倒れても、グレッグには出て行くと宣言した。


 村に影響は無いはず。


 村人を守る。


 絶対に守る。


――そうなんだね。こういうことなんだね。


 シュリアに振り下ろされる剣。


 かすりもしなかった今までと違い、体力が切れかけ僅かな切り傷。


 痛みが意識を呼び戻す。


 こんな小さい傷でも、これだけ痛い。


 自分が追わせてる傷は、どれほどの痛みなのか。


 想像を超える様な痛みを与えて、さらに、死に導く。


 なるべくなら、痛みがない死を。


 そう思いながらも、体は重くなっていく。


 最短距離で、最小の行動で、敵を斬り続けるシュリアも、さすがに息があがる。


 レイモンドはもっと痛かったんだろう。もっと辛かったんだろう。けど、戦っていた。


 幾つもの剣が、シュリアに突きつけられる。


 避けはするものの、一撃でも当たればただでは済まない。


 異界の鎧を身に着けているとは言え、その隙間に剣を突き立てられれば終わり。


 鎧は剣を弾くだろう。だが、気休め程度でしかない。


 速く動くために、身を隠すために、そのために、重要な部分を隠す程度の鎧。


 致命傷を避けるため程度の鎧。


 それの下には服しかなく、この世界の剣でも簡単に貫いてくるだろう。


 残り八十人くらい。


 感覚で捉えているはずの人数も、少しおぼろげ。


 既に浜辺は死体の山。


 幼い少女が両手に武器を持ち、大勢の兵に囲まれる異様な光景。


 頬にも額にも、二の腕にも切り傷。


 いつ付いたのかわから無いほどの時間、戦い続けている。


 何人もの同胞を葬られ、兵士達は悪鬼のような形相だ。


 そして、相手が少女な事もあり、淫猥な表情を浮かべてる者までいる。


 ソレに対して、表情も無く返り血を大量に浴び、まるで紅い鬼の様な様相のシュリア。


 近距離戦をひたすら行えば、返り血はいくらでも浴びてしまうだろう。


 それらは、シュリアの髪を紅く染め、服もまた、赤黒く染めている。


 それでも、シュリアはそれでも、守るという気持ちを捨てない。


 たとえ自分がどれほど穢れようと、自分を育ててくれた村を守る、と。


 剣でばかり攻撃してくる敵。逆に助かる。


 体術でこられると、対処が増えるからだ。


 そしてしかし、シュリアは体術も使い相手を翻弄する。


 そして相手を苦しませずに一撃で死に至らしめる攻撃を繰り返す。


 刹那に意識を刈り取り、そして、命を奪う。


 剣技に自信がない者ほど、剣だけでなく殴り掛かってきたり、掴みかかってくる。


 躱しては斬り殺す。


 残り二十人くらい、だと思う。


 息はあがり、これ以上接近戦を繰り返せば捕まる確率が上がる。


 中間距離で剣技で戦うにはそこそこな数だが、それでも残りに剣技に自信があるものがいれば危ない。


 功を焦るものは先陣を切り、戦局を見るものは最後に来る。


 一番強い相手が最後に来る場合、こちらの体力次第では勝てない。


 最後の相手には、ある程度負傷させつつ、こちらを追走させないといけない。


 村から引き離し、村の位置を特定させないようにしないと。


 そして、それを報告させれば、村はしばらくは安全なはず。


 ソレを行える相手が、最後に来るかどうか。


 相手が少数になりすぎて逃げられても、計画倒れ。


 相手が逃げずに追ってきて、なおかつ、自分が逃げ延びられて、村の位置が知られずに……。


 考えることが多すぎる。


 いつもだったら、もっと簡単に考えがまとまる。


 しかし、焦りか疲れか、考えがまとまらない。


 残り十五人。


 殺すペースを落とし、こちらの疲れを感じさせる。


 相手に付け入る隙を与える。


 そうすることで、相手に勝機を感じさせ、優位に居るように思わせる。


 そろそろ、逃げないと。


 流石に足がもつれ、行動が遅れる。


 取り囲まれたままの状況。この状況から一気に逃げ出すとすれば、多少の傷は負うだろう。


 そして、その傷で逃げ切れるのだろうか。


 周りを見るシュリアの一瞬の隙。しかし、その隙をねらったのか偶然か、一人が低い位置から足に跳びかかった。


 斬りかかったり、掴みかかったりという攻撃は予想していた。しかし、抱きつくように足に飛びつかれるのは予想外。


 しまったと感じる前に、目の前に剣。


 異界の武器で防いだとしても、相手の剣が斬れるだけで、残りの部分が自分を斬るだろう。


 終わりだ。


――ごめん、レイ。服を作りに行けない。


 シュリアは暗殺者に有るまじき事に、目をつぶって諦めてしまった。






 ヴィータスの怒りは絶頂にまで達していた。


 北の城では崩落の修復が進まず、異界のモノが何一つ見つからない。


 南に有るはずの村は無くなり、捜索が続いている。


 そして、国は平和な日常。


 今のこの世界は、自分が望む、自分に媚を売り、自分を崇める世界ではない。


 ただ、今までと違うのは支配者が替わっただけだ。


 王からヴィータスに支配者がかわり、領主たちがいなくなり、騎士達の序列が替わっただけ。


 民は変わらずいつもの生活を続け、商人はいつものように商売する。


 王都の人通りは昔のまま。


 自分が支配者に成ったというだけで、自分の自由に世界が動かせるわけではない。


 不満がたまる。


「俺は、何のために支配者になったんだ。なんのために、なんのためにぃ……」


 異形のモノの脅威まで使い、異界の武器まで使い、そして、国を転覆させてまで支配者になったヴィータスは、僅かな期間の演説でだけ満足感を得られる。


 演説は民衆の理想を自分の野望にすり替えて謳う。


 それは、自分の野望そのものではなく、理想に刷り込ませただけのもの。


 本当の自分の理想を語りたくとも、語れば、反乱軍の士気は無くなり、そしてまた民衆の中から不満が湧き出るだろう。そうなれば破滅だ。


 湧き出る支配欲。湧き出る欲望。そして、我慢できない性格。


 ヴィータスは蒼白な顔で、側近に痛み止めを持ってこさせる。


 薬漬けだ。


 傍から見れば思い通りに国を動かし、野望を遂行させたヴィータス。だが、彼の野望自体は、全てを意のままに動かし、民衆の生殺与奪の権利さえも手中に治めること。


 全ての国民に「死ね」と言えば全国民が喜んで死ぬ世界。


 そんな世界を求めていた。


 ありえない。側近はそう思う。しかし、それは言えない。


 言えば、その場で自分が死ぬ。


 側近は言葉を発せずに、ただ、ヴィータスの指示があるまで側に居るだけ。


 まるで人形だ。


 しかし、その人形たちは、その立場に満足している。


 側近でいるだけで高額の報酬と地位。それらは、今までの世界では得られなかったもの。


 下級騎士に従い、国に反旗を翻し、そして、その成功で得られた地位と名誉。


 自分達が国の指導者の側近になるなど、生まれた時には思いもしなかったことだ。


 そして、最初から側にいるからこそ知っている、ヴィータスの本性。


 本性を知るものを、逃がすわけがない。自分を脅かす存在になると思えば、即座に殺すだろう。


 側近の処刑は、最高のショーになる。


 側近でさえも、支配者の意に沿わねば、議会の総意に沿わねば、処刑となる。


 もちろん、外面は民主国家だ。意に沿わぬくらいで処刑にはならない。だが、反逆を考え、反乱で得た自由を民衆から奪おうと考えたという理由でなら、処刑だが末路だ。


 意に沿う、沿わぬに関わらず、ヴィータスの逆鱗に触れただけでも処刑になる。


 理由などはいくらでもヴィータスは考えられる。そういう男だ。そういう支配者だ。


 人を殺す事をなんとも思わず、自分の我儘を通すことだけを考えている。


 ただ自分のことだけかと思えば、みんなの心を読むかのように理想を組み上げ謳いあげる。


 だが、歌い上げた理想は、ただの空論。


 実際にはヴィータスが思うがままの政治。


 僅かでも、ヴィータスに与えられるチャンスが少なければ、反乱は無かった。


 ヴィータスに与えられたチャンスが多かったから、反乱は起こり、成功した。


 天運に恵まれただけとも思えるが、天運は支配者には必要な要素でも有るといえる。


 だからこそ、側近たちはヴィータスに付き従っている。


 だからこそ、側近たちはヴィータスを見放していない。


 自らの命はヴィータスに握られていると知っていても、甘い汁を吸える地位に甘んじていた。


 だが、いまそのヴィータスが怒り狂っている。


 いつ自分達に矛先が来るかも解らない。


 落ち着かせるにも、下手に言葉をかけたら、それだけで殺されるかもしれない。


 ただ、黙って愚痴を聞くしか無い。


 苦渋の時間。その時間は数時間にも及ぶ。


 そして、報告。


「報告がございます。よろしいでしょうか?」


 ヴィータスは不満そうに、しかし、来たか、といった感じで「伺おう」と言った。


「村武器を持ったと思われる女が、軍勢と戦闘中でございます。相手は戦闘に長けており苦戦中とのこと。身柄を捕らえ次第、異界のモノの倉庫の位置を吐かせ、モノを持ち帰る予定、とのことです」


「まだ届いていないのか」


 つまらなそうに言うヴィータスだが、望みが有るということで多少の満足はしたようだった。


「もうすぐか、もうすぐ手に入るぞ……」


 テラスで浮かべる邪悪な笑みは、しかし、民衆からは見えるはずもなかった。




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