追走
――レイなら、なんて言うだろう。
そういう考え方が、シュリアの脳裏に浮かんでいた。
苦笑してしまう。
暗殺の中で覚えた甘えん坊な態度や行為、それで、たらしこんでいただけの相手。
身内になればなるほど、相手は自分に甘くなる。そう思って利用した。
ただの演技。
ただのお芝居。
相手を騙すのも、殺すのも、いつもの事。
恨まれて、嫌われて、罵られ、そして、呪われる。
ソレが自分。
――いつかは自分が誰からも狙われ、そして、どんな命乞いをしても殺されるだろう。
そう思っていた。
けど、今目をつむるとレイモンドの優しい、けど、寂しそうな笑顔が浮かぶ。
馬鹿正直に、ただ人を守るためだけに進む少年。
なんであんなに、人のために必死になれるのか。
誰も見ていないかもしれない場所で戦う時も、決して、自分を曲げない。
そして、今この状況。居たならば、なんて言うか。
相手が人ならば、躊躇もするだろう。
だから、自分が居る。
そう、人を殺せる自分が居る。
例え血塗られた道でも、ああいうふうに思えるようになりたい。
馬鹿正直に、前を向きたい。
自分が守りたいものを、守る。
村ではみんなとも距離があり、冷たい関係だったとしても、助け合い生きてきた。
村に連れて来てくれて、生きることを教えてくれた。
たとえ汚れ仕事でも、みんなを助けてこれた。
だから、これ以上穢れるのは自分で良い。
シュリアは、自らの剣を抜いた。しかし、片方は、レイモンドの使っていた剣。
「……借りるね」
立っている場所は、奇声の丘ではない。
海岸線にある砂浜だ。
強風吹き荒れ、シュリアの髪も暴れるように舞う。
潮が顔を討ち、体中がじっとりと濡れていく。
そして、そこは村があった近く。
「居たぞ。一人を発見。他も探せ! 近くに――」
言い終わる前に、その喉笛が斬り裂かれる。
砂場という劣悪なはずの足場でも、シュリアの速度は衰えない。
「くそっ……こいつ……」
二人目。
鮮血が噴き出るのはシュリアが過ぎたあと。
レイモンドと居た時より僅かに速度が遅いのは、その背に背負ったバックパックのせいだろうか。
シュリアの攻撃の移動の度に、激しく揺れている。
感覚では、あと四百十九人。
研ぎすませた感覚は、全ての軍勢を捉えている。
動きは、解る。
殆どの者が上段からの振り下ろし。だから、シュリアにとっては好都合。
喉笛を斬り裂くにも、腹を横薙ぎにするにも、がら空きだ。
殆どの鎧が、喉に装甲はない。そして、あったとしても異界の武器なら斬れる。
腹の鎧も同じだ。ただ、鎧ごと斬ると多少遅滞は起きる。だから、鎧の隙間を斬る。
恐ろしいまでの精度で致命傷を与えていく。
後続の軍勢は、誰が殺してるかさえもわからない。
なぜならば、シュリアは常に殺してる最中の敵の影に隠れ、次に移動するときには既に斬っている。
人を殺す。
――レイに知られたら怒られちゃうな。
そんな考えが浮かぶ。
馬鹿正直に、人の道を説いてくるかもしれない。けど、もしかすると、優しくしてくれるかも。
そんな考えも浮かんでは、刹那に消える。
人を殺している最中だ。
仕事で人を殺す時には、自分の心を殺す。
誰しも家族を持ち、友人がいる。そして、愛し、愛されてる人がいるだろう。
例え悪人だとしても、人を殺すということは、その全ての人に悲しみを与える。
自分の心を殺さないと、押しつぶされて死んでしまう。
生きるために殺すのとは違う。
少しずつ、人としての感情が芽生え、人としての考えが育まれていくほど、それが解る。
人が人を殺すこと。
悪いことというのは解る。誰かがしなければとも思う。だが、他にも方法があるのでは?
しかし、その心は仕事に支障を来たし、そして、失敗を導く。
失敗は、自分の死につながる。
もう死んでも構わない。何度も、そう思った。
けど、シュリアを捕まえ村まで連れて行ってくれた人、シュリアを育てようとしてくれた人、そして、仕事が終わる度に心配してくれた人たち。
あの人達に報いたい。
そう思う心が、レイモンドを思い出させる。
あの真っ直ぐすぎる馬鹿正直者を。
この人達にも、家族も、恋人もいるだろう。けど、殺さないと、殺される。
仕方ないとは言わない。
自分達が生き残るために、自分達の為にしてることだ。
だから、せめて、苦しませない。
残り二百十一人。
流石に疲れで動きが鈍くなるが、まだ動ける。
単純だけども、わずかに生き残らせて、異界のモノを保管してある場所とは違う方向へ逃げる。
真逆ではだめだ。それっぽい方向へ逃げないと、勘付かれる。
大体の場所は決めてあるが、まだ、周りを取り囲む敵が多い。
ふと思い出す。
最後にレイモンドを見た時の光景。
これに近かったな。
自分から死地に飛び込み、自分を遠ざけた。
一体何を考えているのかと不思議だった。けど、今なら解る。
いつも、死んでも構わないと考えながら仕事をしていた。しかし、今は違う。
生き残って、レイモンドのところに行きたい。
もしレイモンドが生き残っているなら、また服を作ってあげないと。
多分あの戦いで、ボロボロだろう。
シュリアもまた、考える心と、体は別に動いていた。
最小限の動きで移動し、最小限の動きで相手に致命傷を与える。
これだけの数を相手にするには、ソレをするしか無い。
そして、敵を集めて戦わないと移動距離がながければ長いほど、体力を使う。
身体能力は、人間を遥かに超えるシュリア。しかし、敵の数に対する自分の体力が一番の敵。
例え自分がここで倒れても、グレッグには出て行くと宣言した。
村に影響は無いはず。
村人を守る。
絶対に守る。
――そうなんだね。こういうことなんだね。
シュリアに振り下ろされる剣。
かすりもしなかった今までと違い、体力が切れかけ僅かな切り傷。
痛みが意識を呼び戻す。
こんな小さい傷でも、これだけ痛い。
自分が追わせてる傷は、どれほどの痛みなのか。
想像を超える様な痛みを与えて、さらに、死に導く。
なるべくなら、痛みがない死を。
そう思いながらも、体は重くなっていく。
最短距離で、最小の行動で、敵を斬り続けるシュリアも、さすがに息があがる。
レイモンドはもっと痛かったんだろう。もっと辛かったんだろう。けど、戦っていた。
幾つもの剣が、シュリアに突きつけられる。
避けはするものの、一撃でも当たればただでは済まない。
異界の鎧を身に着けているとは言え、その隙間に剣を突き立てられれば終わり。
鎧は剣を弾くだろう。だが、気休め程度でしかない。
速く動くために、身を隠すために、そのために、重要な部分を隠す程度の鎧。
致命傷を避けるため程度の鎧。
それの下には服しかなく、この世界の剣でも簡単に貫いてくるだろう。
残り八十人くらい。
感覚で捉えているはずの人数も、少しおぼろげ。
既に浜辺は死体の山。
幼い少女が両手に武器を持ち、大勢の兵に囲まれる異様な光景。
頬にも額にも、二の腕にも切り傷。
いつ付いたのかわから無いほどの時間、戦い続けている。
何人もの同胞を葬られ、兵士達は悪鬼のような形相だ。
そして、相手が少女な事もあり、淫猥な表情を浮かべてる者までいる。
ソレに対して、表情も無く返り血を大量に浴び、まるで紅い鬼の様な様相のシュリア。
近距離戦をひたすら行えば、返り血はいくらでも浴びてしまうだろう。
それらは、シュリアの髪を紅く染め、服もまた、赤黒く染めている。
それでも、シュリアはそれでも、守るという気持ちを捨てない。
たとえ自分がどれほど穢れようと、自分を育ててくれた村を守る、と。
剣でばかり攻撃してくる敵。逆に助かる。
体術でこられると、対処が増えるからだ。
そしてしかし、シュリアは体術も使い相手を翻弄する。
そして相手を苦しませずに一撃で死に至らしめる攻撃を繰り返す。
刹那に意識を刈り取り、そして、命を奪う。
剣技に自信がない者ほど、剣だけでなく殴り掛かってきたり、掴みかかってくる。
躱しては斬り殺す。
残り二十人くらい、だと思う。
息はあがり、これ以上接近戦を繰り返せば捕まる確率が上がる。
中間距離で剣技で戦うにはそこそこな数だが、それでも残りに剣技に自信があるものがいれば危ない。
功を焦るものは先陣を切り、戦局を見るものは最後に来る。
一番強い相手が最後に来る場合、こちらの体力次第では勝てない。
最後の相手には、ある程度負傷させつつ、こちらを追走させないといけない。
村から引き離し、村の位置を特定させないようにしないと。
そして、それを報告させれば、村はしばらくは安全なはず。
ソレを行える相手が、最後に来るかどうか。
相手が少数になりすぎて逃げられても、計画倒れ。
相手が逃げずに追ってきて、なおかつ、自分が逃げ延びられて、村の位置が知られずに……。
考えることが多すぎる。
いつもだったら、もっと簡単に考えがまとまる。
しかし、焦りか疲れか、考えがまとまらない。
残り十五人。
殺すペースを落とし、こちらの疲れを感じさせる。
相手に付け入る隙を与える。
そうすることで、相手に勝機を感じさせ、優位に居るように思わせる。
そろそろ、逃げないと。
流石に足がもつれ、行動が遅れる。
取り囲まれたままの状況。この状況から一気に逃げ出すとすれば、多少の傷は負うだろう。
そして、その傷で逃げ切れるのだろうか。
周りを見るシュリアの一瞬の隙。しかし、その隙をねらったのか偶然か、一人が低い位置から足に跳びかかった。
斬りかかったり、掴みかかったりという攻撃は予想していた。しかし、抱きつくように足に飛びつかれるのは予想外。
しまったと感じる前に、目の前に剣。
異界の武器で防いだとしても、相手の剣が斬れるだけで、残りの部分が自分を斬るだろう。
終わりだ。
――ごめん、レイ。服を作りに行けない。
シュリアは暗殺者に有るまじき事に、目をつぶって諦めてしまった。
ヴィータスの怒りは絶頂にまで達していた。
北の城では崩落の修復が進まず、異界のモノが何一つ見つからない。
南に有るはずの村は無くなり、捜索が続いている。
そして、国は平和な日常。
今のこの世界は、自分が望む、自分に媚を売り、自分を崇める世界ではない。
ただ、今までと違うのは支配者が替わっただけだ。
王からヴィータスに支配者がかわり、領主たちがいなくなり、騎士達の序列が替わっただけ。
民は変わらずいつもの生活を続け、商人はいつものように商売する。
王都の人通りは昔のまま。
自分が支配者に成ったというだけで、自分の自由に世界が動かせるわけではない。
不満がたまる。
「俺は、何のために支配者になったんだ。なんのために、なんのためにぃ……」
異形のモノの脅威まで使い、異界の武器まで使い、そして、国を転覆させてまで支配者になったヴィータスは、僅かな期間の演説でだけ満足感を得られる。
演説は民衆の理想を自分の野望にすり替えて謳う。
それは、自分の野望そのものではなく、理想に刷り込ませただけのもの。
本当の自分の理想を語りたくとも、語れば、反乱軍の士気は無くなり、そしてまた民衆の中から不満が湧き出るだろう。そうなれば破滅だ。
湧き出る支配欲。湧き出る欲望。そして、我慢できない性格。
ヴィータスは蒼白な顔で、側近に痛み止めを持ってこさせる。
薬漬けだ。
傍から見れば思い通りに国を動かし、野望を遂行させたヴィータス。だが、彼の野望自体は、全てを意のままに動かし、民衆の生殺与奪の権利さえも手中に治めること。
全ての国民に「死ね」と言えば全国民が喜んで死ぬ世界。
そんな世界を求めていた。
ありえない。側近はそう思う。しかし、それは言えない。
言えば、その場で自分が死ぬ。
側近は言葉を発せずに、ただ、ヴィータスの指示があるまで側に居るだけ。
まるで人形だ。
しかし、その人形たちは、その立場に満足している。
側近でいるだけで高額の報酬と地位。それらは、今までの世界では得られなかったもの。
下級騎士に従い、国に反旗を翻し、そして、その成功で得られた地位と名誉。
自分達が国の指導者の側近になるなど、生まれた時には思いもしなかったことだ。
そして、最初から側にいるからこそ知っている、ヴィータスの本性。
本性を知るものを、逃がすわけがない。自分を脅かす存在になると思えば、即座に殺すだろう。
側近の処刑は、最高のショーになる。
側近でさえも、支配者の意に沿わねば、議会の総意に沿わねば、処刑となる。
もちろん、外面は民主国家だ。意に沿わぬくらいで処刑にはならない。だが、反逆を考え、反乱で得た自由を民衆から奪おうと考えたという理由でなら、処刑だが末路だ。
意に沿う、沿わぬに関わらず、ヴィータスの逆鱗に触れただけでも処刑になる。
理由などはいくらでもヴィータスは考えられる。そういう男だ。そういう支配者だ。
人を殺す事をなんとも思わず、自分の我儘を通すことだけを考えている。
ただ自分のことだけかと思えば、みんなの心を読むかのように理想を組み上げ謳いあげる。
だが、歌い上げた理想は、ただの空論。
実際にはヴィータスが思うがままの政治。
僅かでも、ヴィータスに与えられるチャンスが少なければ、反乱は無かった。
ヴィータスに与えられたチャンスが多かったから、反乱は起こり、成功した。
天運に恵まれただけとも思えるが、天運は支配者には必要な要素でも有るといえる。
だからこそ、側近たちはヴィータスに付き従っている。
だからこそ、側近たちはヴィータスを見放していない。
自らの命はヴィータスに握られていると知っていても、甘い汁を吸える地位に甘んじていた。
だが、いまそのヴィータスが怒り狂っている。
いつ自分達に矛先が来るかも解らない。
落ち着かせるにも、下手に言葉をかけたら、それだけで殺されるかもしれない。
ただ、黙って愚痴を聞くしか無い。
苦渋の時間。その時間は数時間にも及ぶ。
そして、報告。
「報告がございます。よろしいでしょうか?」
ヴィータスは不満そうに、しかし、来たか、といった感じで「伺おう」と言った。
「村武器を持ったと思われる女が、軍勢と戦闘中でございます。相手は戦闘に長けており苦戦中とのこと。身柄を捕らえ次第、異界のモノの倉庫の位置を吐かせ、モノを持ち帰る予定、とのことです」
「まだ届いていないのか」
つまらなそうに言うヴィータスだが、望みが有るということで多少の満足はしたようだった。
「もうすぐか、もうすぐ手に入るぞ……」
テラスで浮かべる邪悪な笑みは、しかし、民衆からは見えるはずもなかった。




