孤独と、消える村
少女は、海岸に倒れていた。
まだ五、六歳だろうか。親から離れるような年齢ではない。
何日倒れていたのか、やせ細り、気づいても立つこともままならない。
這いずって、なんとか木々の間に入り、草を喰む。
食べられる草だろうが、食べるには適さない草だろうが、口に入れられればなんでも良かった。
体力は戻らず、そのまま死を迎えようとしていた。
そんな時、通りかかったのは小さい動物。
少女は昏倒仕掛けていたが、襲いかかってきたのは動物から。
樹の枝でなんとか撃退し、そして、動物を喰らった。
そして、何ヶ月も一人で狩りをし、動物を殺しては喰って口にしていた。
雑草も多少食べられる物と、そうでない物は見分けられるようになっていた。
そんな中、近くを通りかかる人。
少女は警戒心が強く、人前には出なかった。
最初に出会った人には、人に出会えた事に喜び飛び出した。
しかし、その人は少女を自分の性欲の為に押し倒し、乱暴しようとした。
抵抗した少女は持っていた木のナイフで相手を殺していた。
また襲われるかもしれない。
そう思う度に、少女は相手に殺意を抱く。
相手を殺すことに、何も感慨はなかった。
動物も、人も、自分を襲ってくるなら同じだ。殺して構わない。
そして、自分の狩場を奪う人間も、同じだ。
異物を拾いに来る人間も、海沿いの森で狩りを行う人間も敵だ。
自分の居場所に入ってくる人間は全て敵だ。
少女は、その年令にそぐわない目をしていた。
人を人とも思わぬ目。そして、自分が生き残るためならば、相手の命を奪える目。
また、少女の身体能力は凄まじかった。
大の男達が追いつけない。
小柄だったこともあるだろう。だが、それ以上に足は速く、そして機敏。
木で作ったナイフ。石を割って作ったナイフ。それらが、男達の目や首を切り裂いていく。
そして死体は動物をおびき寄せる餌にし、その動物を捕まえ、喰った。
さすがの少女も、人間は食べなかった。だが、敵。倒すべき相手。
木の根本は大体が木の葉や養土だ。柔らかく、そして、不安定。しかし、少女は物ともせずに走る。
養土がゆるすぎる場所は木の根を足場に移動し、男たちが気付かぬ間に命を奪う。
少女は数年の間、そうやって暮らした。
一人、誰も近寄らせること無く。
そんな中、また海沿いの海岸に一人の男が現れた。
兵士の格好をした、しかし、気品のある男。
だが、気品があろうがなかろうが、自分の領域を侵す侵入者に代わり無い。
少女は音もなく近寄り、そして、斬りつける。
だがしかし、その斬りつけた木のナイフは、男が左腕に付けていたバックラーで弾かれた。
初めて自分の攻撃を受けられ、少女はそのまま逃げた。
なんだったんだろうと、不思議そうな顔をする男。
だが、追うでもなく、男はそのまま、その場に座り込んだ。
「なんか、悪いことしちゃったかな」
鼻を掻く動作が滑稽ではあるが、少女は遠くから様子を見ている。
まるで、警戒する野良猫だ。
そのまま逃げないだけ、男は安心した。
「私は調査に来ただけなんだが、もしお腹がすいてるなら、これを置いておくから食べてくれ」
バックパックから取り出した箱には煮こまれた肉等の弁当。
少女は食べる物を奪うために男を襲ったわけではない。しかし、その匂いは今までに嗅いだことのないものだった事で興味を惹かれた。
「とりあえず、脅かしたお詫びだよ」
少女は言葉を知らない。
男が何を言おうと、その意図は通じない。しかし、その申し訳無さそうな笑顔は少女にも通じた。
今までの男たちとは違う。
少女がこの周辺を縄張りにしてから、少女を狩ろうとするもの、捕らえて見世物にでもしようとするものと、眼の色を変えてやってくる男たちが多かった。
もちろん、海岸の異物拾いや、普通の狩人も多い。しかし、そういう者たちも少女から見れば「侵入者」だ。しかし、目の前に居る男は何かが違う。
僅かな優しさを感じながらも、少女には優しさが何かが解らない。
「まあ、置いても近くにいたら来てくれないだろうから、少し離れよう」
と男は、置いた食事から距離を取って座り直す。
座ることで、急に少女に飛びかかることはないという意思表示だろうか。
少女は警戒を怠らず、しかし、食べ物の匂いにつられて姿をあらわす。
男の優しい表情はかわらず、そして、少女は食べ物を取ると、すぐ物陰に姿を隠した。
そこで貪り喰らう。
男は苦笑しながら「また来るからね」とだけ言って去っていった。
男のしている調査は、座ってる間に済ませられる程度のことだったのだろう。
その間に終わったことを何かに書き記す間、隙だらけだった。
少女が襲おうと思えば襲えただろう。だが、それをしなかった。
男は数日間、海沿いに現れ、そして弁当を少女に与えた。
来る度に少女の攻撃を防ぎ、苦笑しつつ弁当を差し出す。
調査は色々な方向へ向かって行われたらしい。だが、少女にとっては食べ物をくれる人。
少女はいつしか、男の側で食べるようになっていた。
何日かして、男は現れた。しかし、どこか様子がおかしい。
少女は攻撃せずに、ただ様子をみた。
何者かに取り囲まれる男。そして、一斉に斬りかかられる。
多少防ぎはするものの、やはり多勢に無勢。男は惨殺される。
鎧を剥ぎ取られ、金品を奪われ、そして、刀も。最後に男たちが奪ったのは弁当箱。
中身を見ると、バカにしたように放り捨てた。
弁当が放り捨てられ、中身が散らばる。
刹那、男たちの一人の首が、弁当箱が地面に落ちるのが合図だったかのように飛んだ。
少女の心に恩や慕ったというような感情はない。しかし、なぜか殺さずにはいられない。
浜辺での戦闘。波は襲い、風が体を揺らす。しかし、少女の小柄な体は、男たちのそれよりはマシ。
足場は悪く、砂に足を取られるも、しかし、それもなれたものの様に男たちの死界に入り込み殺していく。
生来の暗殺者。
誰かが見れば、そう感じるだろう。
そして、男は死に、また、男を襲った連中も死んだ。
死体は放置され、そして、波がさらっていった。
少女はまた、一人で残された。
そんな時だ、油断していたとはいえ、少女は浜辺に一人の男が居ることに気づいた。
すぐに身を隠す。少女に気づいた様子もない。
だが、気になり距離を取る。
距離をとって再確認するが、しかし、男は居ない。
いったいどこへ?と思った瞬間、少女は男に取り押さえられた。
「異界の娘か。よく生きて流れ着いたな……」
また乱暴される。そう思いあがくも、しっかりと拘束され身動きが出来ない。
男は弁当をくれた男に、雰囲気が少しだけ似ていた。
暴れるのをやめると、きつく拘束はされつつも、そのまま運ばれた。
そして連れて行かれたのが、異界の武器を扱う村。
そして、名付けられた。シュリアと。
最初は抵抗し、逃げ出し、その度に捕まった。
だが、教育を受け、訓練を受け、次第に村に居ることを当たり前と思うようになった。
訓練はやはり、人を殺すこと。戦うこと。
既に卓越した殺人技を独自に持ってたシュリア。しかし、そこに村の技が加わる。
いつでも逃げ出せただろう。だが、何処に行くというのか。
他に行く宛など無く、また、目的もない。
自分が誰かも知らず、また、何者かもわからない。
そんな状況では、人は現状に甘んじるしか無い。
だが、村人の誰よりも殺しに卓越した技術は、人間離れしている。
誰もシュリアに近寄ろうとしない。
同じ村の人間としては、歩み寄りはする。しかし、それ以上は無い。
だから、常に一人。
だから、孤独。
村の中にあっても、シュリアは孤独のままだった。
ヴィータスが派遣した軍勢が到着した時、すでに村は存在を無くしていた。
廃材が多少転がっている程度で、何もない。
荷物を載せた車を、引きずった跡さえ無い。
無論、村人の足あと等、何処を探してもなかった。
ただ森の中の拾い空き地が、村が合ったであろうことを思わせる。
地面には家を建てた際の土台を置いたであろう石や、木材が地面に刺さっていただろう穴がある。
どれも、撤去されたばかりと思しきそれらは、しかし、なんの手がかりにもならない。
軍勢を任された司令官は、窮したまま帰ることも出来ず、周辺の捜索を命じた。
村人の数はたかが知れている。
隠密部隊も来たはず。それらが殺したであろう村人の数も多いはず。
それならば、更に村人の数は少ない。
隠密部隊を全滅させるほどの戦いがあったなら、その痕跡もあるだろう。
しかし、その痕跡も、何もない。
周辺の木々は平穏な日々を送ってきたであろう姿のままだ。
戦い、消耗し、僅かな人数で逃げ出したのだろう。
そんな人数で、家屋を全て消失させ、なおかつ、異物を全て運ぶなど不可能なはずだ。
家屋を消失させたのであれば、異物のところに隠れているか、または、それらを埋めたか。
埋めて逃げたのであれば、新しく埋め立てられた場所を探せばいい。
そして、逃げた村人は追いすがら、殺していけばいい。
村人も、村の近くに居る者も、全て皆殺しだ。
そして、全ての物を奪い、持ち帰る。
兵士達には、金や貴金属、そして、女は好きにしろと伝えてある。
人間の欲望である物欲や色欲を刺激され、兵士達はやる気を増していた。
だが、誰も考えなかったのだろうか。
僅かな期間で村を消失させる者たちが、普通の人間なのかと。
海沿いには、不思議な人間が時たま現れる。
そう言った人間は、王軍に捕らえられ、人知れず幽閉される。
その不思議な人間の人生が終わるまで、ずっとだ。
そういう事が繰り返されてきたからこそ、誰も海沿いであろうと村人は、普通の村人と思う。
簡単に探し出せて、そして、簡単に異界の武器を奪え、そして、殺せると思っている。
もちろん、殺す前に、お楽しみだ。
しかし、誰も居ない。何処にも誰も居ない。
人が森の中をいどうすれば、草木は倒れ、痕跡は残る。
地面の上を移動すれば、足あとや馬の足あと、台車の車輪の跡が残る。
それらが、一切ない。
移動の痕跡が無いのだ。
一体どんな技術を使い、移動し、運んだのか。
捜索は数日にわたって続き、そして、ひょう量が尽きかけた頃、ヴィータスからの指令書が届いた。
指令書には、異界の武器をいち早く持ち帰れ、と。そして、村人を皆殺しにしたかの報告を急かす内容。
答えられるはずもない。
村はなく、村人も居ない。そして、異界の武器も、何処に有るかわからない。
答えられるはずもない。しかし、答えなくてはならない。
こういう場合の報告は迅速に行うほうが、ヴィータスが次の案を考える。
現場判断で右往左往している間に、村人は更に遠くに逃げるかもしれないからだ。
指令書が届く前に、既に一次報告は送った。しかし、この指令書が届くということは、一次報告は無視されたか、まだ届いて居ないか。はたまた、見放されたか。
再度の現状報告を伝達役に渡し、捜索範囲を決める。
人の踏み込みづらい場所。
人の往来が多い様な場所に、あの村民たちは村を作らない。
誰かが迷いこむような場所に、あの村民たちは村を作らない。
だから、人が入り込みづらい場所のはずだ。
そして、異世界のモノが隠せ、そして、自分達だけが開け閉め出来るような場所があるところ。
そういった場所で、捜索範囲を絞る。
この時、捜索範囲を報告に含めなかった事を、あとで司令官は後悔するかもしれない。
人が入り込みづらい場所は、つまり、相手にとって地の利がある場所。
既にたどり着き、その場を知った者たちは、追い打ちを掛けてくるだろう者たちを返り討ちに出来る。
そして、隠密部隊を全滅させるほどの村人たちならば、迷いながら進む軍勢など、赤子の手をひねる程度の手間であろう。
司令官は、しかし、焦っていた。
その場で出来るだけの報告をしたため伝令役に渡すと、その後で捜索範囲を決め、行動を開始した。
何よりも先に伝令役を返す事を優先してしまったのだ。
それほどにヴィータスの怒りが予想でき、そして、恐ろしかった。
崩れやすい山沿いの街道。
その街道は崖っぷちにあり、事故が耐えない。
崖の高さは、下が見えない程。
下は森だ。
異形のモノでなくても、人間が僅かな人数で出逢えば命の危険を覚えるような動物も居る。
そして、その森は海まで繋がっている。
街道は、森を超えたところにある山沿いを進むための道だった。
そして、その山こそ、異界の武器を隠してある洞窟のある場所であった。
村からは遠く離れ、そして、山の中に入る入口は極わずか。
知らぬ人ならば、ただの亀裂と思えるような場所から、奈落の穴とも思えるような場所。
入れば戻ってくることなど不可能と思えるような場所ばかりが入口だ。
そこに、村人たちは集まっていた。
さすがに、新しく村を建設するほどの余裕は無かった。
街道や森を見下ろせる穴はある。そして、その穴は人が通れるような大きさはない。
実際に街道に出るには、相当な遠回りを必要とする。
この世界に山というようなものは北にしかない。どれも丘どまりだ。しかし、ここの丘は大きく、そして頑強。山と言えないこともないだろう。
元はもっと大きく緩やかな起伏であったであろう丘は、海風に削られ、今のような姿になったと伝えられている。
様々なところに亀裂が入り、風が抜け、その度に人が嫌うような音を出す丘。
奇声の丘と呼ばれる所以である。
そして、そこの奥深くに、異物の保管所がある。
初めて入ったものは、そこにたどり着くことは出来ない。運良く辿り着いたとしても、戻ることは叶わない。
それほどに入り組み、通ることさえ危険な場所。
だからこそ、ここに場所を決めたのだ。
村を何処に再建するか。それが問題ではある。しかし、今はヴィータスの追撃から身を隠す事が優先。
村人の多くは怯え、震えている。
「ええい、村長であるこのグレッグに任せんかい」
レイモンドと話した時の様な覇気。だが、それだからこそ、みんなが演技だと見抜く。
「ふぅ……まあ、仕方ないか……」
グレッグは腰を据え、溜息をつく。
この世界に、騎士道の規律を守る騎士が、まだ残っているのだろうか。
一番記憶に残っているのは、アスレイ。
レイモンドの父であるアスレイが居た村は、グレッグの村と違い異物に関連しない。
アスレイが居たのは領主が管轄し、騎士が常駐する村だった。
村長はどの村にもいる。しかし、簡易な決定ではなく、領土に関するような問題の際には騎士が助言するのだ。また、騎士が責任を負って決めることも有る。
そういう役目を負うのも、また、騎士であった。
レイモンドを拾った際にアスレイは規律に従い、領主に報告した。
そして、殺せと言われたのだ。
船で海に出るなど自殺行為。ソレでも出ようとするのならば、国を捨てる行為。それだけで死罪だ。そして、もし仮に、外の世界から流れ着いた赤子であるなら、危険度は計り知れない。
殺せずに、異界のモノの扱いに慣れたグレッグに相談し、そして、秘密裏に逃げる事を選んだ。
赤子を殺した事にし、そして、いたたまれず騎士の身分を返上し、一介の民として生きるとして。
グレッグはアスレイの身を案じ、また、自分達が相談された事を公にされては困ると、殺すことに話を進めようとした。しかし、アスレイの騎士道精神は無垢な赤子を殺すことを許さなかった。
グレッグ達の助言に感謝しつつ、村の事は他言しないと騎士の地位を捨てて旅だった。
騎士の地位を捨てる。
それは、人間の世界では自ら地へ落ちる事を意味する。
それほどの意志で、赤子を守る事を決めたアスレイを、誰が止められようか。
それほどに、自らが選んだ騎士道を守り、進む男であった。
そして、その息子のレイモンドも、人を守る戦いを続けている。
まったく、お人好しな親子だ。
こっちまで親切にしてしまう。
グレッグは苦笑しつつ、周りを見た。
レイモンドの感じた違和感は、ここにいる村民にも感じるだろう。
耳が長い者、異常に体が小さいもの、異常に体が大きい者、眼の色の違う者。
僅かな違いだが、普通の人々とは違う。
みんな、海から流れ着いた異界の住人なのだ。
ある程度の年齢でたどり着いたものも居れば、ほとんどが二世代、三世代と言った村で生まれたもの。
村ではこっそりと、異界の民を匿っていた。
それは、最初は利益目的だ。
異界から流れ着くモノ。ソレをどう使うか、どう利用するかを知るものを確保する。
知らずとも、既に同種が居る村なら、知ったものが流れ着いたら村に居着くだろう。
そうすることで、村は異界のモノを扱える村になる。
便利な道具、程度のものならば高値で売れる。
武器や防具といったものであれば、村が裏で請け負う仕事に使えた。
道具の販売や、山菜の売り買いだけで村の生計が成り立つわけはない。また、異界の道具を使った民芸品を作っても、たかが知れている。異界の道具が売れれば一年は贅沢が出来るほどの金額ではあるが、それは相当に信用できる自分物でなければならない。さもなくば、異物は王が徴収してしまうからだ。
海沿いで、山菜程度しか無く、また、村民の半分以上が異界の姿。そんな村が生きていく方法。
暗殺者の村。
ソレが実体。
各地で依頼された殺しを行い、本人と村で報酬を分ける。
村が八割、本人が二割だ。その割合も皆納得済み。
皆お互いの為に生きている。だが、お互いに気を許せるわけではない。
主人を殺した誰かを殺してくれとあった時。その依頼は、もしかすると村民の誰かかもしれない。
殆どの場合は裏とりをし、殺す相手を確認する。しかし、村民であるから殺さないという道理はない。
だから、裏の仕事を行う者は家族と居ない。
家族が最初から居ない者もいる。シュリアの様に。
幼い少女の姿は、誰からも気を許される。そして、どこでも容易に入れる。
小さい体は侵入を容易にし、隠形をしやすくする。
流れ着いた直後から人を殺し続け、そして、村に迎え入れられてからも、人殺しは終わらない。
それがシュリアの今の人生だ。そして、それが村の実体。
異界の武器は、徴収されることよりも、使っている事を知られたくない存在なのだ。
だから、一人。いつでも、一人。誰も寄せ付けず、誰にも寄り付かない。それが村で裏の仕事をする者の心の中。
「とりあえず、外に出るときには厳重に注意せい。決して見つかるな」
グレッグは言い放つと、シュリアの前に来た。
眠ったように目をつむってはいるが、起きている。
「お前はどうする?」
シュリアは答えず、ただ目をつむったまま。
「行きたければ……な。行ってもいいぞ」
グレッグは言うだけ言うと、戻っていった。
シュリアは動かない。
目を開きもしない。
ただ、目をつむって黙っていた。




