表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
23/48

見えない敵と、駆け引きと


 レイモンドが進む。


 傷は治癒しかけ、骨まで見えていた部分では血が甲殻化し、手甲の様に覆っている。


 進む度に傷が増え、そして、治ることを超え、甲殻化する。


 傷が増える度に、命が削られる度に、レイモンドの体は強くなっていく。


 強くなるに従い、人の皮膚は減り、甲殻化して人外の魔人の様になっていく。


 既に血液の凝固は阻害されていない。


 その毒を持った蟻型がいないのか、それとも、毒を克服したのか、傷は甲殻化する。


 進み方はゆっくりだ。


 悪寒自体は消えていない。


 進むほど悪寒は強くなり、そして、自分の中にまだ恐怖という感情が有ることに安心する。


 恐怖という感情、怯えるという行為、それらは、戦いの中で一番重要なこと。


 もちろん、立ち向かう勇気は必要だ。しかし、恐怖がなければ、自らの身を守ることは出来ない。


 警戒し、注意し、そして、身を守る。それらは、恐怖の心があればこそだ。


 悪寒はその恐怖の一端。それが、レイモンドに危険が近いことを知らせる。


 目の前に居る蟻型、空を飛ぶ蛾型には、それほどの恐怖は感じない。


 先程までの血液凝固阻害は確かに脅威だった。しかし、なぜだか、進めると思った。


 後ろから不意に降って湧いた武器。


 おそらくはシュリアだろう。


 異形のモノを斬れる武器。そんな物をおいて行ってくれるなんて、他に考えられない。


 受け取った時には既になかった気配。


 なんとなくだが、それまでの敵の動きや能力は見ていたのだろうと思う。


 それが役に立つのならば、それでいい。


 右手はまだ甲殻化はしたものの、感覚が薄い。


 こぶしは握りきれず、口で噛んだ刀と、左手での殴打が敵に死を与える。


 蟻型の残骸の上をゆくレイモンド。蛾型は降りてこず、飛んでいるだけ。


 そういえば、蛾は人間を攻撃対象にするのだろうか。


 それ以前に蛾は花の蜜や果実の汁を吸う生き物だ。だから、異形で巨大だとしても危険性は薄いのかもしれない。ただ、鱗粉が目に入ると、視野を奪われる。視野を奪われれば、感覚でしか蟻型や他の異形のモノとの戦いにも支障は出るだろう。


 恐らくは、共生だ。


 他の異形のモノと共に渡ってきたというとろこだろうが、海に出来た道を蛾型が通れるとは思えない。


 嫌な予感しかしない。


 一歩進む度に、嫌な予感が増大し、悪寒が強くなる。


 もう何十、いや、何百と倒しただろうか、レイモンドの意識がおぼろげになる。


 今まで倒してきた数よりも、遥かに多い。そして、強い。


 そして、悪寒の正体はこれかと思うような、相手。


 今までの蟻型よりも大きく、速い。


 普通の蟻にも色々種類は居る。だからもちろん、異形の蟻にも種類はあるのだろう。


 今まで遭遇してきた蟻型は、おそらく「小型」だったのだ。


 レイモンドの身の丈を遥かに超える大きさ、そして、速さ、強さ。


 小型の蟻型がいる向こうに、そいつらが居た。


 そして、別の何か。


 まだいる。


 巨大な蟻型に混じって、それは、居る。


 敵から感じる威圧感ではない。それは、自分の中から湧き出る嫌悪感。


 数匹はいるだろうそれは、一体何か。


 口で噛んだ刀では、動きにくさが攻撃の遅滞になる。


 小型の蟻型はだいぶ倒し、少しは余裕が出来ている。


 しかし、隙は見せられない。


 いつでも襲ってこれる距離と姿勢を維持してるのが解る。


 ジリジリと進むレイモンドだが、足元の残骸をいきなり蹴り飛ばして飛び下がった。


 下がった瞬間に左腕に糸で巻きつけた鞘に剣を戻し、しかし、そのまま柄を下にして刀を落とす。


 次の瞬間、まだ握れもしない右手の手のひらを、剣に向かって叩きこむ。


 剣は、レイモンドの手のひらを貫通。そして、剣は手の甲をも貫通し、まるで、手の甲から刀が伸びているかのような様になった。


 激しい激痛に歯を食いしばり、しかし、剣の柄の部分まで貫通させたそれは、自らを武器と称したレイモンドに相応しい姿にも見える。


 左手に盾代わりの鞘、そして右手の甲から伸びる剣。


 剣が貫通したところからは大量の出血。そして、凝固。固着。甲殻化。


「こんなに服もボロボロか。シュリアに合わせる顔はないな……」


 こんな時にと思えるような言葉。


 二度と会うことがない相手への、かき消えるだろう言葉。


 巨大な蟻型の向こうにいるだろう嫌悪感の正体が解らない今、言っておきたかったのかもしれない。


 誰も聞いていないだろう言葉。


 だが、口にしたかった言葉。


 もう、会うことも無いと、覚悟の言葉。


 嫌悪感に向き合い、また一歩進む。


 いったん下がったレイモンドの行動に動揺したのか、蟻型達は距離を詰めてこない。


 右手に武器。


 軽く息を履くと、次の刹那には蟻型の首が飛んだ。


 地面にはレイモンドのつま先の後。


 地面を掘り、蹴り、高速の駈け出し。そして、斬撃。


 地面が硬い土だからこそ出来る高速の攻撃。


 レイモンドの攻撃時の姿勢は低い。


 相手のどんな攻撃でも瞬時に対応できる様に、常に姿勢を低く、そして、速く。


 蟻型は、なぜ二足歩行なのか。


 通常の蟻のように移動するならば、レイモンドももう少し手こずるだろう。だが、蟻型が二足歩行を行うからこそ、簡単に胴体を斬ることがきでる。


 ただ、今までと違うのは、低い姿勢での移動の時に、時たま地面から出てくる蟻型。


 今までは地面に常に居た蟻型が、地面の中にもいる。


「もしかして、巣か……」


 レイモンドが、ようやくその考えに行き着いた時、状況は更に悪化していた。


 悪寒の主が居ない。


 いや、正面に、大型の蟻型の向こうに居たであろう、悪寒の、嫌悪感の主達は、散開している。


 正面に固まっていれば、さがれば状況を見れる。しかし、囲まれれば未知の敵だと厄介な存在。


 レイモンドの足は、流石に止まる。


 考えて動かなければ、この体でもやられるかもしれない。


 防衛本能が、戦闘本能が、理性を利用する。


 本能が集めた情報が理性に流れ込み、情報が精査される。


 今までに無い感覚。


 凄く、静かだ。


 敵が周囲を囲い、足音が、歯を合わせる音がしているのに、静かだ。


 いつもなら、混乱して考えがまとまらない。


 考えられなくなって、がむしゃらに突っ込む。


 しかし、何かが違う。


 妙に静かな中に自分が居て、そして、敵の一匹一匹の行動が解る。


 次に動く行動が、解る。


 理性は相手を理解し、行動を読む。ただ、それだけ。


 その読んだ行動を、自分の本能が最適化して敵に向ける。


 不思議な感覚。


 疲れも、痛みも、何も感じない。


 ただ、敵を倒していくだけ。


 悪寒や嫌悪感は有る。しかし、それもまた、理性が「まだ大丈夫」と告げる。


 自分が蟻の巣の上の地面に居ることもわかっている。


 だが、足から感じる振動で解る。


 敵が出てくる場所か、否か。


 全身が総毛立つ。


 妙な高揚感に包まれるも、しかし、冷静。


 自分の中に複数の誰かがいて、冷静に指揮をし、猛将が戦っている。


 いつもの自分は、それを、ただ見ている。


 自分が自分じゃない感覚。


 毒のせいでだろうか、それとも何か別の要因か。


 体は自由に動く。しかし、それは自分の意志ではなく、理性が解析し、本能が動かす。


 意志は介在していない。


 凄く戦いやすい。だが、これはダメだと感じる。


 戦うために戦っている。


 行動に、自分の意志がない。


 しかし、今の自分に意志が介在すれば、遅滞が起きて敵に漬け込む隙を与えるかもしれない。


 意志は苦悩し、その間も、理性と本能は敵を倒していく。


 自分は戦うために戦っているんじゃない。守るために戦っているんだ。


 苦悩が心を、意志を、蝕んでいく。


 いつしか、小型の蟻型は居ない。


 倒し尽くしたのか、それとも身を潜めたのか。


 足元からも、動きは感じられない。


 少し距離をおいての、大型の蟻型。そして、まだ見ぬ未知の異形のモノ。


 視界は横方向と下のみ。少しでも上を見れば鱗粉が目を襲う。


 まだ見ぬ未知の異形のモノの気配を周囲に感じながら、しかし、本能で動くレイモンドは自然体で立っていた。 


 その頃、殺した男の馬を使いシュリアは村に戻っていた。


 日数はかかったが、道中には異形のモノも居らずに至って平和だった。


 村から、レイモンドがいる方向に居た異形のモノは、全てレイモンドとシュリアによって倒されている。


 新たな異形のモノが入り込んでいれば、ソレは脅威だ。しかし、それもなかった。


 途中、南の海岸線近くを通った際に見た処刑。


 レヴィアスが殺される瞬間を見たシュリアは、しかし、冷淡に見続けた。


 シュリアもまた、反乱軍の中核に居る者たちの本性を、知っているのだろう。


 レヴィアスが人格者であり、有能な司令官で有ることは知っている。そして、人望を持っていることも。


 そのレヴィアスを、そんな殺し方をすれば、周りがどう思うかも解るだろう。


 しかし、反乱軍の中核の一人は、造作もなくレヴィアスを殺した。


 シュリアはレヴィアスに合ったことなど無い。しかし、処刑された際に聞こえてきた声で知った。


 殺されたのがレヴィアスであると。


 しばし身を潜め、反乱軍の次の動向を見定めた。


 王に与し、反乱軍に反抗的な意志を見せた者を次々に処刑。


 見せしめにしても、やり過ぎだろう。


 しかし、反乱軍の持つ異界の武器の威力を楽しむが如く、処刑は次々に行われた。


 もっとも残酷で、もっとも苦しむやり方で。


 それは僅かに王軍への希望を持っていた人たちの心を折り、反乱軍への抵抗の意志を砕いた。


 南の城塞は完全に反乱軍の手に落ちた。


 見届け、そして、また村への帰路へと戻る。


 持っているのは、自分の武器と、レイモンドに与えていた武器。あとは自分の荷物だけ。


 殺した男の物は、何一つ持っていない。


「彼――レイモンドはどうした?」


  村に戻った時に聞かれた事はそれだった。


「一人、大量の異形のモノの群れに」


 村長は「そうか」とだけ。そして、「ゼアはどうした?」と聞いた。


「異形のモノのに」


 答えは簡潔だった。


 自分が首を落としたとは言わない。そして、武器の事も口にはしない。


 村長はまた「そうか」と答え。「多少は腕のたつやつではあったが、死んだか」と続けた。


 シュリアが殺したなどとはつゆとも知らず、村長は自分の家に戻っていく。


「まずは休め。報告はそれからじゃ」


 シュリアは「わかりました」とだけ言うと、自分の家に向かう。


 お互いに交わす言葉は、簡潔で冷徹。レイモンドが居た時とはまるで違う。


 まるで、初見の取引相手だ。


 シュリアは家に戻ると、荷物の中からレイモンドが使っていた武器を取り出す。


 何を思うのか、暫く見てから、端に置く。


 他に荷物から取り出したのは、脱いかけの服や、レイモンドに渡しそびれた食べ物。


 軽くため息を付き、寝床に横になる。


 目をつぶって何を思うか、眠ってはいない。


 僅かな時間だけ休息を取ると、レイモンドの武器を持って村長の家に向かう。


 村長の家には、村長とその家族が居た。しかし、会話は無い。


 妙に寒々しい気配が漂っている。ただ、それはいつものこととシュリアは感じた。


「報告事項は、何かあるか?」


 まずは、と、シュリアが持っていたレイモンドの武器を渡した。


 そして、シュリアは旅の道中の異形のモノについて話しだした。


 異形のモノの蟻型。そして、蜘蛛型。最後に見た、毒を持つ地面の下にいた蟻型。


 それぞれの特徴をしっかり捉えた説明は、完結で明瞭。


 村長は「なるほど」と言った後に「勝てるか?」と聞いた。


 シュリアは言葉なく頷く。


 蜘蛛型にも、毒を持つ蟻型にも勝てると、頷いた。


 シュリアはまだ見ていない。大型の蟻型と、そして、まだレイモンドも見ていない未知のモノ。


 今はまだ、見たモノの事だけを報告している。


 レイモンドの体の変化や強さは口にしない。ただ、武器の性能についてだけ、報告していく。


 聞かれても「上手く使いこなしていました」程度の返答だ。


 シュリアはどんな立ち位置なのか、村長はそれ以上口を挟まず、報告を聞いている。


 一通りの説明を終えた後、シュリアは「それでは」と立ち上がった。


 村長の「で、どうする?」の質問にも「どうにも」とだけ答えた。


 村での立ち位置は村長の方が上なのだろうが、態度ではどうもシュリアの方が上にも見える。


 老人を見下ろす少女。


 シュリアは少女の姿をしているが、その雰囲気は立派な大人にも感じる。


 そして、その冷徹な眼差しは、視線を向けられた村長さえも口を閉ざす。


 誰がどんな立ち位置が本当に解らない村だ。


 村長の家からシュリアが去ると、少しは会話の声が聞こえる。


 わずかに一瞥だけし、しかし、そのまま家に戻る。


 シュリアが最初の頃にレイモンドに言った言葉「いつも一人」というのは、こういう事だろうか。


 それにしても冷淡で、まるで感情が無い。


 村長も、それに近かった。


 レイモンドが居た時に見せていた、好々爺な雰囲気はまるで無かった。


 なにか異質な村。


 誰もが相手と距離を取り、誰とも親しさを感じない。


 誰かが来た時だけ、親しさを演じているのだろうか。


 お互いに信頼も何もないのかもしれない。


 ただ、お互いに技量だけは認めているようだ。


 そして、シュリアは村でも腕が立つ方の様。だから、レイモンドに付き添わせたのだろう。


 レイモンドが武器を使いこなせずに簡単に死ぬような事があれば、その武器を回収出来るようにと。


 レイモンドが死ぬまで武器を使い、どのくらいの有用性があるのか、見定めるために。


 家に戻ると、シュリアは荷造りを始めていた。


 村を追い出されるでもないのに、カバンに布や食料を詰め込んでいく。


 そして、どこから持ちだしたのか、複数の武器。


 どれも異界の武器だ。リーチの短い武器が多いが、長ものも有る。


 流石にカバンに入らない物は括りつけ、カバンを寝床の下に押しこむ。


 用意はそれだけだった。


 その後は、普段の生活。


 村人としての普通の生活に戻っていった。


 そして、数日。


 ヴィータスの使いが到着した。


「これ以上、さらに武器を貸せと?」


 村長の語気が荒い。


「ヴィータス様より、そう仰せつかっております」


 使いの側近は、荷を運ぶための馬まで連れている。どれだけの武器を持っていくつもりなのか。


「貸せぬな。前の武器もまだ返してもらっておらぬ。しかも、処刑に使ったとも聞いておるぞ」


「何のことか解りかねます」


 側近は本当に何も知らないのだろう。


 それもそうだろう。南の城塞で、ヴィータスの腹心の一人が勝手にやったことだ。


 ヴィータスも、側近たちも、それを知る由もない。


「すでに反乱は成った。これ以上に武器を使う必要はあるまい。」


 村長はヴィータスが武器を独占すると考えていた。また、一部の村人が異界の「道具」を持ち、北の城へ向かわされたことにも不満を持っていた。


 道具の使い方自体は簡単だ。しかし、その道具を使った反動はキツイ。だから慣れた村人が必要なのだ。また、道具と言えど異界のモノ。簡単に貸すことは出来ない。


 レイモンドに言っていた「便利な道具を売ってる村」というのも、レイモンドが村を口外しないと言うだろうと言う目算の上だったろう。


「それでは、武器は貸していただけない、と……?」


「くどいの。戦って奪うか?」


 そのとおりだと意思表示する村長を、いきなり側近が襲う。


 針のように細い剣。しかし、それは横に滑らせれば鋭利な刃物。それが村長の首に刺さる。


「まだ殺しませんよ。モノの場所を教えて戴きましょうか」


 脅し文句にしても陳腐だ。


「儂を殺せば皆が貴様を殺すぞ? そして儂は口を割らん」


 側近は「皆が、ですか」と笑う。


 村中で悲鳴があがる。


 腕が立つものいれば、普通の村人もいる。


 全ての村人が戦士では無いのだ。


 女子供から斬りつけられ、武器や道具を知っていそうな男たちは捕らえられる。


 何処にこれほどの数の居たのか、反乱軍の隠密部隊か、村中が混乱に襲われている。


「なんだ? こいつら……人じゃねぇぞ?」


 隠密部隊か一人が口にした。


 村の住人の一部には、耳が長い者、尻尾の有る者、また、全身が毛で覆われてる者。様々な人々が隠れていた。しかし、その人が持たない特徴を持った人々は、人と同じく普通の抵抗しかしない。


 ただ、姿形が普通の人と違うだけ。


 小柄な体の男もいれば、巨躯な男も居る。普通の人間の姿をした者の方が多いというくらいで、村の住人の半数程度は特殊な特徴を持っていた。


「おもしれぇ。高く売れそうだ」


 刹那、男の首が飛ぶ。


 シュリアの一撃が、男の首を飛ばしたのだ。


 ごろんと顔が転がり落ちた首から、次の瞬間鮮血が吹き出る。


 悲鳴があがる。しかし、シュリアはそれを目眩ましに次の敵に向かう。


 敵、いや、シュリアにとっては、敵ではなく既に的でしかない。


 相手の行動を翻弄し、体を動かさせ安定した防御を取らせる前に、致命傷を与える。


 殺した相手の体を利用し、相手の視界を奪う。


 体であった肉塊も、それから迸る血しぶきも、全て利用しシュリアが敵を斬る。


 僅かな隙も無く、隠密部隊は隠密とは名ばかりの舞台となり、本当に隠形に秀でたシュリアを見ることもなく死んでいく。


 その速度はレイモンドが異形のモノを倒す速度に劣るものではなく、いや、それ以上かもしれない。


 敵を斬る剣には、血糊さえ残っていない。


 斬った瞬間に振り切って血糊を飛ばし、次の敵を斬る。


 血糊が僅かでも残っていれば、体に直接ではなく、服の上から斬り、血糊での斬れの悪さを消す。


 そうして、いつしか村の悲鳴は消える。


「どうする? 村長。村は制圧された様だぞ」


 側近は村長の首に剣を刺したまま、村長の家の扉を開ける。


 そこに立っているのはシュリア。


 村人は怯え座り込み、また、気絶しているものも居た。


 そして、隠密部隊の死体。


「な……」


 言葉を発しようとした側近の額に、シュリアの投げた武器が刺さる。


 今まで使っていなかった、極々短い短剣だ、


 力なく倒れる側近の手は、しかし、武器を握ったまま。


 そのまま倒れれば、村長の首も斬れるだろう。しかし、シュリアは武器を投げた時に、同時に二本投げていた。


 一本は側近の額に、一本は武器を持つ手の小指の根本に。


 小指の根本に短剣が刺さった感覚を知っただろうか。側近は即死し、そして、武器を持っていた手は開いてる。村長は自らの手で武器を引き抜いた。


「すまんな、余計な仕事をさせた」


「いいえ」


 シュリアは何事も無かったかのように、自分の家の方向へ歩いて行く。


「村を移さねばならんな。ヴィータスは、反乱軍は、既に我らの敵だ。皆、用意を」


 村長は考えあぐねていた。


「場所も探さねばならんが、アレを移すのが一番の難点か…」


 村長は、異界のモノを保管している方向を見て、ため息をついた。












 ヴィータスは謳っていた。


 人々の理想を。


 国の未来を。


 素晴らしき明日を。


 夢物語を、まるで、あり得る未来のように。


 人々が望む未来、欲する希望、それらをまるで知っているかのように謳いあげる。


 ヴィータスの過去を知るものも居る。


 下級騎士の息子。


 しかし、それはヴィータス自身が広めたことでも有る。


 仮にも騎士であれば礼節を守り、騎士道をゆく者であろう。


 下級であれば、民の事情を知っていて当たり前だろう。


 中間層であったことを利用し、逆に自分達民衆を知り、また、騎士道を知る者として自分を売り込む。


 自警団はもとより、領主軍や王軍であっても、各部隊の隊長格は下級騎士だ。上級騎士は全体の司令官としての立場を取り、一介の兵とのやり取りなどしない。だからこそ、民衆の側に立つという位置取りが出来るのは下級騎士であったヴィータスには都合が良かった。


 王軍を排除し、南を制圧。そして、崩落した北の城も手に入れた。


 通貨を換え、各地の領主たちにも圧力を与えた。


 そして、全ての責任は議会。


 民衆が自らのリーダーとして、各地で推した人物たちが集まった会合。


 しかしその議会は、ヴィータスの思いのまま。


 既に国の運営自体が、ヴィータスの手のひらの上で弄ばれている。


 全てのリスクを排除し、メリットだけを手に入れた男。


 そのヴィータスは、王城のテラスから民衆に謳いかける。


 王政が如何におろかであったか、新しい政府が如何に素晴らしいかを。


 ヴィータスの裏の、いや、本当の顔を知る者は僅かだ。


 知る者は、側近として信頼されるものか、誰とも言葉を交わさずに死ぬ者。


 そして、ヴィータス自身が貶めたい相手。


 そう言った相手には、ヴィータスは謳わず、罵る。


 ただ、相手の弱みを痛みをえぐり、踏みにじる。


 あまりにも裏表が激しい男。しかし、反乱軍にとってはカリスマだ。


 無くてはならない存在。


 ヴィータスがいなくなれば反乱軍はリーダーを失い、瓦解していくだろう。


 部隊ごとには残るだろうが、しかし、目的はバラバラになり、行動も統一性を失う。


 反乱軍はまるで、ハーメルンのバイオリン弾きに連れられた子供たち。


 自分達が望むものを与えてくれると思い込み、理想を謳う先導者に付いて行くだけ。


 だが、民衆にとってはそれしか無い。


 自分達が抑圧され、虐待される毎日から逃げ出すために、戦いを起こすしか無いと思わされた。


 実際にはそうでなかったとしても、反乱軍が、いや、ヴィータスが謳う理想が、そう思わせた。


 ヴィータス自身に武力はない。


 剣の技も、格闘も、また、なにか特別に強い物があるわけではない。


 ただ、人の心を掴む力だけがあった。


 それだけで、国を転覆させ、そして、自らの欲する物を得たのだ。


 王よりも高い位を。


 議会が王とすれば、それを支配するヴィータスはなんと称すれば良いのだろうか。


「そろそろ、始末するか」


 ヴィータスの口から漏れる言葉。


 側近は、どちらと取っただろうか。


 謳だろうか、それとも、本心か。


 誰の返答も得ずに、ヴィータスは続ける。


「異形のモノ達の排除を始める。例の村に通達しろ。武器を貸せ、とな。いいな? あくまで『貸せ』だ」


 この男が、借りたものを返すだろうか。


 しかし、その伝令は側近により早馬に乗せられた。


 例の村とは、シュリアの村だろう。そして、村はどう動くか。


 異形の武器を、いや、異界の物を扱う村。


 その村がヴィータスに協力してこその力の行使。そして、勝利。


 反乱軍の少数での大群の王軍への勝利が、他の戦地に影響を及ぼす。


 今回の反乱が成功した功労は、ヴィータスの話術と、その村に有ったと言っても良い。


 そして、その村から武器を取り上げる。


 貸し出された武器は、本当に異形のモノを討伐するのに使われるのか。


 貸し出された武器は、返されるのか。


「部隊は動いているか?」


 伝令が出発した後に、ヴィータスが聞く。


 すぐ反応し「既に配置につくために行動しております」と側近の言葉。


 笑いを含むヴィータスの顔が、更ににやける。


「武器を借りたら、役目は終わりだ」


 謳うでも無く、その言葉は、ただ死刑を読み上げるだけの様だった。


 ヴィータスは待っていたのだ。


 もちろんソレは、異界の武器だ。


 武器をもっているだけの普通の村民たち。それらに向かわせた隠密部隊。


 力不足はありえず、役不足で有ることは間違いない。


 だからか、すぐに武器や道具が届き、自らの権威と力が増す事を信じている。


 今は腹心に僅かに渡しているだけだが、異界の武器を数多く持てば自分だけの部隊を作り、そして、反抗的な者たちは全て処分する。


 たとえ議員であろうと、反論するものは処分だ。


 理由はなんとでもなる。ヴィータスならば謳う様に理由を付けて、その死を悼むだろう。


 そして、民衆に人気があり、自分に忠実な者に議員の立場を与える。


 そうすることで、自分の世界を維持していく。


 安っぽい野望だが、その野望はいま成功している。


 だが、いつまで経っても武器は届かない。


 村までは数日。借りるのに手間取っても2,3日だろう。そして持ち帰るのに数日。


 半月もあれば到着するであろうソレは、まだ届かない。


 武器を持つべく人選は既に済んでいる。後は武器だけなのだ。


 その武器を持たせれば、自分の命令に忠実な、屈強な騎士達でも鎧ごと斬り裂く部隊が作れる。


 ヴィータスは村が裏切る事は考えていなかった。


 北の城で、崩落した穴を掘る村人たちが人質、と考えていた。


 その村人たちは武器をもたず、また、戦う技術を持たない。


 掘るための道具だけを持ち、北の城へ向かったのだ。


 そして、その中には異界のモノに詳しく、研究者と呼ぶに相応しい者までいる。


 そのような者達を人質にしている中、見捨てて裏切るとは思えなかったのだ。


 慢心していたと言うしか無い。


 ここまでが順調すぎたのだ。国に反旗を翻し、自分が謳う理想に人を乗せ、戦わせ、そして、勝ち進んできた。そして、王都の占拠と、王の捕獲。最後には国を支配した。


 そうやって順調だった故に、人は2つの方向へ進む。慢心か、欺瞞か。


 ヴィータスは欺瞞に陥らず、慢心した。そして、その慢心が、村人が隠密部隊に勝てるわけがないという思考に辿り着かせた。


 確かにシュリアが居なければ、村は危険だったろう。だが、シュリアでなくても、隠密部隊は全滅したかもしれない。ただ、最初にシュリアが動いただけの話だ。


 そして、その慢心は続き、そして、別の欺瞞が生まれる。


「遅い。遅すぎる。隠密部隊め、武器を自分達で使おうとしてるのか……?」


 ヴィータスの顔は、邪悪に満ちている。


「隠密部隊を殲滅しろ。そして、例の村もだ。武器や道具は全て奪え」


 側近達は驚き、困惑した。


「理由は、部隊は離反と、村は反乱に同意しなかったとでもすればいい」


 異界の武器を持っているかも知れない隠密部隊を殲滅しろという、無茶な命令。


 異界の武器を知り尽くしているだろうが、ただの村人を殲滅しろという、人の道を外れた命令。


 側近たちは、しかし、ヴィータスの命令に従うしか無い。


 側近たちもまた、口からでまかせを言うのが上手い。だからこそ、ヴィータスの側近で居られる。


 ヴィータスに気に入られる発言をし、そして、民衆にヴィータスの意志を伝える際にも、ヴィータスには劣るが、夢をふくらませる様な事を言って言いくるめる。


 そして、その口車で乗せられた部隊が、隠密部隊を、村を、殲滅に向かう。


 しかし村は、その場所を既に移していた。


 村が合った場所は、ただ拾い空き地。


 建物を形作っていた木材等も全て焼き払われ、炭になっていた。


 そして、グレッグの村は、さらに誰も知らない場所へと隠れたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ