別の道
旅を続けていたレイモンドとシュリアは、一見すると何も無い所で止まっていた。
そこに何かが有るわけではない。だが、二人には解る。
それ以上進めば、異形のモノに察知される。いや、察知はされているだろう。襲ってきていないだけ。
その場で大声を出すだけで、異形のモノが顔を出してくるだろう。
この先は、ある意味異形のモノの縄張りだ。
レイモンドは袖をまくり、腕当てを締め直す。そして、剣を握る。
シュリアはと言えば一歩下がり、支援をするつもりなのだろうか。
蟻型だろう。そういう感じがする。
だが、大量。
妙に多い。
何かが違う。――なぜかはわからないが、違う気がする。
空気が重い。
凄く嫌な感じがする。
蜘蛛型に合う前にも感じた悪寒だが、しかし、それよりも嫌な感じが濃い。
蟻型は今までに何匹も倒してきた。
数が多ければ多いで、少し誘導しながら倒し続ければ、体力さえ持てば大丈夫だ。
群がられても今のレイモンドならば、甲殻が形成されて蟻型の顎でさえ傷を負わせられなくなるかもしれない。
しかし、それで片付かない気がする。
レイモンドの心によぎる悪寒。
どうしても拭い切れない悪寒。
「シュリア。さがって」
思わず口にした。
シュリアは戸惑わず、行動で答えた。足音をさせないようにさがる。
レイモンドは逆。僅かに一歩進む。
一歩が重い。
その一歩。しかし、レイモンドは蟻型と、蟻と解っていながら失念していた。
一歩踏み出した刹那に、その足は地面から現れた蟻型に噛みつかれた。
すね当てがレイモンドの足がちぎれるのを防ぐも、牙が食い込む。
僅かに怯んだ瞬間、大量に現れる蟻型。そしてそれらは、今までの蟻型と違う。
形は似ている。しかし、違う。
――なんだ、この違和感は。
レイモンドは自問自答する。
牙を突き立てて来た蟻型に剣を突き立て、怯み、緩んだ瞬間に引き抜く。
傷からの出血。しかし、甲殻が出来ない。
体がおかしいのか?
血は固まらず、流れ続けている。
さがったレイモンドを必要以上に追わずに囲む様に縄張りだろう場所から攻めてこない蟻型。
血を止めようとしゃがめば、一気に間合いを詰められるだろう。
気が抜けない。
よく見れば、蟻型は今までの異形のモノと少し色が違う。
こいつら、なんか特別な毒を持ってるのか……?
考えを巡らす。
運が良いことに、噛まれた時に傷は太い血管にはあたっていないらしい。
血の流れ出る量はそれほどでもない。そして、すね当ては溶けては居ない。
足はある。溶解液のたぐいじゃないが、血を凝固させない毒か。
毒を持った蟻型。しかも、血を凝固させないということは剣を伸ばせない。
今ある防具だけで体を守らないとならない。
元々親に習った程度と自警団の訓練で剣術などまともにやっていない。
蟻型とやりあううちに覚えた型しかない。
そして今までは甲殻で身を守れた。
今までに無い緊張。
だが、レイモンドの感じた空気の重さは、これを意味していたのか?
なにか違う気がする。
元々シュリアなどは甲殻など使わずに避け、そして、倒していた。
それを考えれば、この空気の重さは、別の要因。
一体何だ。
レイモンドの感知できない何かが、違う。
何かが違うとレイモンドに危険を知らせている。
「いったん退く。先に行ってくれ」
レイモンドの言葉に従いながらも、シュリアがレイモンドを気にしつつさがる。
シュリアも何か違和感を感じていたんだろう。
走りだす際に遅滞は無い。だが、しかし、その足がもつれる。
シュリアには珍しく、つんのめる。
動きが鈍い。
「な……に……この……匂い……」
口元を抑えて、今にも嘔吐しそうになっている。
レイモンドにはそれほど匂いは感じないが、シュリアは匂いに鋭敏なのだろう。
「何か、粉っぽい何か……」
シュリアの意識が朦朧としている。
シュリアに追いついたレイモンドが、そのまま抱えて走る。
足からの血はまだ止まっていない。
既に縄張りと思われる場所から距離はとった。しかし、悪寒は消えない。
「走れるか?」
傷口を布で縛り止血する。こんなことをするのは久しぶりだ。
レイモンドを見ながら「どうするの?」と聞くシュリア。
「とにかく距離をとって、あいつらから逃げるんだ。……なんとかする」
あの匂いだけじゃない、他にも悪寒の原因が居る。
勝てるかどうかもわからない。
今まで勝てていたのが、おかしいのかもしれない。
決死の覚悟で、そして、負けてもせめて相打ちするくらいの気持ちで行かないとダメかもしれない。
シュリアの頭を撫でるレイモンド。その顔は自信など無く、ただ、シュリアを逃がすことだけを考えている顔。
ここからは死地だ。
シュリアは多分強い。いや、強い。だが、ここからは化け物同士の戦い。
人が踏み込める場所じゃないだろう。
死ぬかもしれない。だから、ここで終わりだ。
「戻ってこなければ………村に戻ってね」
レイモンドは武器をシュリアに渡す。
あの時のシュリアなら自分よりも武器の回収を考えるだろうとも思うが、それは少し寂しい気がする。それでも、シュリアに危険な目に遭って欲しくない。だから、自分よりも強いかもしれないシュリアに武器を返す。
思わず受け取ってしまったシュリアはキョトンとした顔をしていた。
「え? え……? どうするの?」
笑顔でだけ返事をする。笑顔をちゃんと作れていたかはわからない。それだけで、シュリアの雰囲気が変わった。
理解してくれた。
悲しそうな顔は演技だろうか? 本気だろうか?
どちらでも良かった。嬉しいと感じた。嬉しいと感じられる、自分という化け物がまだ人間で居られている証の様なもの。
だから行く。自分の爪で、両方の前腕を傷つけ、その傷は肘から手の甲まで、長く、深く。
血が流れる。
固まらないかと思われた血は、しかし、固まった。
――いける。
噛まれた場所の出血は止まっていないが、多分その部分に毒が流し込まれたんだろう。
腕に出来た刃で、足の傷をえぐる。
傷は、すぐに甲殻化した。
それを黙ってみているシュリア。
「それじゃあ……さよならだ。今まで、ありがとう」
「え? ちょっと……」
寂しそうな笑顔でシュリアに言うと、レイモンドは返事も聞かずに走りだした。
レイモンドはまた敵の縄張りに踏み込んだ。
どこまで耐性が出来るか。
いつになれば耐性が出来るか。
耐性が出来るまで、生きていられるか。
戦い続けられるか。
いや、戦い続けると自分を鼓舞する。
常に誰かを守る為に戦う。
誰かを守れる事が嬉しい。
例えそれが、孤独への道であったとしても。
ヴィータスは圧政の準備を入念に行っていた。
今までの王政とはまるで違う政治方法。
階級社会はある程度残すが、階級は世襲しない。そして、社会への奉仕の貢献度で階級を得る。
社会への奉仕が薄ければ階級は下げられ、厚ければ上がる。
誰もが同じように奉仕、貢献すれば同じ階級となる。
一見すれば、世の中の為になる社会だ。
しかし、その社会とはヴィータスへの奉仕となる。
社会の頂点に立つものは議会という事にし、それを牛耳るヴィータスは責任者ではない。
責任は全て議員に分散され、操るヴィータスにはメリットはあってもデメリットは無い。
議会は反乱軍の上層部で構成され、各地で反旗を翻す際に陣頭をとった者たち。
反乱軍の中で、この政治形態に反対する者は居ない。
誰もが平等になるための政治だと、勘違いさせられている。
既に階級が上がる者は決められ、特権を握った者たちは他の者の階級を、ある程度以上は上げない。
そんなこともわからなくなるほど、反乱軍の人気は高い。
今までの政治が、王を頂点とした三角形の政治。
その内容は変わること無く、狭い人間世界の中では、いくら功績をあげようと身分は大して変わらない。
あるとすれば、身分を捨てて、三角形の底辺に自ら落ちるくらいだ。
レイモンドの父、アスレイがしたかのように。
そうして空いた地位に群がる兵士達。
空位は合ってはならない。だが、地位にそぐわない者に与えられるものではない。
地位にそぐうかどうかは、上位の騎士が決める。上位の騎士は領主が叙任する。
それまで世襲で上位の騎士達は地位を保っていた。
そうやって、基盤は保たれていた。
ヴィータスは下級騎士の息子だった。
下位の騎士の息子は、上位の騎士の養子になるか、貴族か上級騎士の娘に見初められるくらいしか位を上げることは出来ない。 だが、誰もヴィータスのことは鼻にもかけなかった。
上位の騎士に世継ぎが居れば、養子になろうと叶わない。
だからヴィータスは、世界を憎んだ。
自分が下に見られる世界を憎んだ。
せめて兵には崇められようと、自らの理想を説いた。
上位の騎士達に目を付けられぬよう、世渡りしつつ、部下に蜜の味を教えた。
いつしか、上位の騎士達をも魅了させる程の話術を得た頃、ヴィータスは自らの野望を進め始めた。
それが、反乱。
だが、一介の下級騎士が決起した所で、その波紋は小さい。
僅かな波紋は、他の波紋に簡単に消されるだろう。
消されるまでもなく、それは沈静化していく。
ヴィータスが下級騎士であることが、それを可能にさせた。
上位の騎士は領主につきそう。また、領主の居城に居ることが多い。しかし、下級騎士は各地での仕事がある。兵をまとめ、指揮をする事が多い。また、各地の見回りも仕事だ。
そして、見つけた。
あの村を。
あの村が本気を出せば、人間世界を崩壊させるだけの武力が有る。しかし、村は隠匿を望んだ。
そしてヴィータスはそれを認めた。
隠匿を認める代償。それは、武器。
異形のモノさえも斬り裂ける武器。
異形のモノの攻撃を受け切れる防具。
そう、シュリアの居たグレッグの村だ。
そうして得た武器と防具を身につけ、強さを誇る様な上位の騎士さえも倒した。
自分の意に沿う、自分に忠誠を誓う者に武器だけ与え、自分は武器とを防具を備える。
また、村で見つけた異物としての布も身に着けていた。
どうやっても切れない布。
剣で切りつけようとも切れず、火をつけようとも燃えず、その布を加工することは異界の武器以外では不可能だった。
しかし、その布は切れ端ばかり。
自分の服に仕込めば、簡単な鎧の完成だ。
自らも完全な防御を得て、そして、武器も持つ。部下には武器と鎧。
部下は鎧を着るが、自らは服のみ。しかし、攻撃は通らない。
ヴィータスは高らかに「我こそは救世の剣」と名乗り、そして、死なない事を照明してみせた。
たかが服。しかし、それが剣も槍も通さず、そして、甲冑を着た騎士達を見たこともない武器でなぎ払う。
階級が下であるほど、国家の転覆は自分達の幸せに繋がるかもしれないという希望になる。
それを、力で示して見せたのだ。
そうして、反乱軍は一気呵成に行動に出た。
鎧で身を包まれた騎士達は、更に盾も持つ。しかし、その盾も鎧もひと薙で断ち斬られる戦。
反乱軍の勢いは衰えること無く、そして、国をも転覆させた。
村には王が持つ異物の提供を約束していた。しかし、崩落によって時間がかかるだろう。
ヴィータスは、しかし、それさえも利用しようとしていた。
村の人間が、崩落した北の城を掘り起こす際に、どんな道具を使うか。
それを奪えば、さらに自分の為に使えるだろう。
ヴィータスの笑いは、止まることが無かった。




