混迷
南の町から南の海までの間には、幾つかの村がある。
行軍は、村での徴収というなの略奪を行いながら、ゆっくりと進んだ。
遂には海岸に到着し、聖鎧の戦いの後を目にする。
聖鎧の姿はどこにもなく、異形のモノも残骸だけ。
行軍の目的は、目の前の荒れ狂う海に現れた道を封じること。
行軍の司令官の名はレヴィアス。
王の直属の騎士であり、領主と並ぶ地位を持つ。
そのレヴィアスが陣頭に立ち、壁の建設を始めさせた。
壁。いや、城壁。
荒れ狂う海の間際。誰もが近づきたくないのが本音だ。
下手に波にさらわれれば、命はないだろう。
唯でさえ縦横無尽に吹きすさぶ突風が、体を不安定にさせる。
工事は難航した。
騎士達は剣を抜き、叶わぬと知りながらも異形のモノが襲い来ることを警戒する。
悍ましい異形のモノ。
味方を殺し、喰らった、許しがたし異形のモノ。
もし現れれば、全力で戦う。
建設を行う側も必死だ。
海に出来た道を塞ぐとなると、つまり、ぎりぎりで壁を作らねばならない。
どちらも命がけだ。
レヴィアスは聖鎧の本質を知っている。
異形のモノが居らず、聖鎧が現れれば、それは脅威。
聖鎧もまた、異形のモノとして騎士達に討伐を命じなければならない。
老兵が適合し、素体となったことも知っている。
老兵とレヴィアスは旧知の仲だった。
騎士として様々なことを教わり、良き先輩であり、また、父の様に尊敬していた。
立ち会った領主より伝えられた聖鎧の姿。
まるで爬虫類の様な姿。
現れなければ、しかし、そうなればそれで探さねばならない。
聖鎧は適合者がいれば動く。それは、誰が適合するかわからない。だからこそ、安置しなければならない
誰も触れないところに、誰も知らないところに。
そうすることで、聖鎧の暴走を防げる。
もし、異形のモノが触れて聖鎧と適合したらと考えると冷や汗が出る。
現地に到着した際に、既に足に自信があるものに捜索を指示した。しかし、見つけても近づくな、かならず報告を優先せよ、と。
聖鎧の、勇者の本質は、知られてはならないのだ。それに、動いている聖鎧に近づけば、そのまま死につながるだろう。
荒れ狂う波と風の音。
まともに目を開けているのが辛い様な場所。
異形のモノも居ない。聖鎧もいない。
着々と進む壁の建設は、僅かな安心感を与えてくれる。
騎士達は、兵士達は、みな抜身で剣を携えている。
いつでも振れる様に。
壁は完成するだろう。だが、妙な不安。
最初の調査団の報告では、道と異形のモノの事だけ。
レヴィアスは聖鎧の探索の他に、他に道ができてない事を確かめるべく命令を下した。
他にも道があれば、南の、いや、海沿い全てを壁で覆う必要が出てくるかもしれない。
脳裏に嫌な想像が膨らむ。
敵は地上を通ってきた。
だがもし、人間が、餌が居ると知って海を渡れるとしたら?
人員が足りない。
今いる兵力では、海岸線全てなど到底無理だ。
ここまで来る間は、途中で異形のモノや聖鎧に出会うことでの全滅が頭を占めていた。
迂闊と思いつつも、なんとかしないといけない。
壁の上からの監視。
各地に配置するとなると、大規模な配備になるだろう。
今は取り敢えず壁の建設を再優先に、道を確認する兵に海も注意せよと命じた。
杞憂であればいいが。
剣を握る手に、妙に汗をかいてるのを感じた。
レイモンドが洞窟を出てから倒した異形のモノは数体。
恐らくは聖鎧から逃げ延びたであろう単体ばかりだ。
レイモンドは聖鎧の事を知らず、ただ、行軍の取りこぼしと思っている。
そして、レイモンドの体。
何匹もの異形のモノを相手にし、幾つもの傷を負い、体中が角質に覆われてる様な状態。
人が見れば、まるで甲虫だ。
異形のモノとはまるで違う。しかし、どこか共通する様な部分がある。
そして、レイモンドは戦いに慣れてきていた。
視界に入るやいなや姿勢を低くし、その手刀で異形のモノの足を切り裂く。倒れた異形のモノはもがき暴れるが、しかし胴体部分は無防備。そこにトドメの一撃。
人間と同じく頭部に思考の部位があるらしい。いくつも頭部があるものは解らないが、頭が一つのものであれば頭部を破壊する。
聖鎧の姿を知らない者がみれば、レイモンドが聖鎧に見えるかもしれない。
人間の力が及ばぬ相手を瞬殺していく。
切り裂き、貫き、引きちぎるたびに返り血の様な体液を浴び、傷を追う度に体は強くなっていく。
時に素早い異形のモノもいた。
レイモンドの攻撃が当たると同時に、異形のモノの爪もレイモンドにえぐり込む。
物凄い勢いで吹き飛ばされ、しかし、えぐられた場所、飛ばされて打ち付けた場所が強化される。
治癒は一瞬。
レイモンドは既に察していた。
俺は人間じゃない。
化け物だ。
なんだって良い。家族を助けられるのなら。
レイモンドに攻撃を与えるも、しかし、異形のモノも致命傷。立ち上がることはない。
直ぐに次の敵に向かう。
敵が何処にいるかなんてわからない。とにかく走る。
町の周辺を全て、そして、異形のモノが行くであろう全てで戦うつもりだった。
体は既に人の形をした甲虫。
森を駆け抜け、ヤブが、棘が肌にかかっても傷ひとつ付かない。
駆け抜ける速度もまた、人外。
まるで跳ねまわるように駆け抜ける。
海岸に近づくほどに、異形のモノの残骸が増える。
行軍の一部隊でも居るのだろうかと思えるが、異形のモノしか見えない。
遠くから見れば、レイモンドもまた異形に見えるだろう。
体中に甲羅を纏い、そのこぶしで異形のモノを屠って行く。
同士討ちに見えても仕方ない。
居た。
動いている異形のモノ。
しかし様子が違う。
異形のモノは、何かに向かって攻撃している。
それが遠くからでもわかる。
何かとは、人とは違う何か。
レイモンドは構わず突っ込み、異形のモノを殴り飛ばす。
不意の攻撃だったためか、異形のモノは成すすべなくレイモンドに斬り裂かれる。
感覚は既に麻痺している。
レイモンドにとって、異形のモノは既に恐怖の対象ではなく、的。
恐怖に怯えていた時には死の合図だった爪の攻撃も、ただ単に緩慢に振り回されるだけのもの。
多勢に無勢ではあるが、密集すればするほど、異形のモノの動きに制限が付く。
懐に入りさえすれば、レイモンドのこぶしが敵を貫く。
僅かな時間で異形のモノは倒され、そこにはレイモンドだけが立っていた。
気になったのは、異形のモノが攻撃していたもの。
レイモンドに攻撃を受けながらも、異形のモノは最後までソレを攻撃していた。
トカゲのような、ソレにしては大きい。そして、それは痙攣するかのように震えている。
異形のモノの別物か。
レイモンドは、そのトカゲの頭を殴った。
いや、殴ろうとした。殴ろうとしたこぶしが空を切り、地面にめり込む。
次の瞬間、腹に違和感。
――やばい。
後ろに飛んだが、腹の肉を斬り裂かれた。
異形のモノに攻撃されていたから動けないと思った誤算。
今までは腕や足。相応に傷を負ってはいたが腹は初めてだった。
最初の異形のモノに叩き潰された恐怖の記憶を思い出してしまう。
――こいつは危険だ。
そう感じる何かがある。
よろよろと頼りなげに立ち上がるソレは、レイモンドから視線だけははずさない。
人で言えば動くのもやっとだろうという様相。しかし、先ほどの回避と攻撃は、異形のモノを遥かに超えている。
体に異変が起こってからの、初めての難敵。
異形のモノの上位か?それとも、別の何か?
普通の人間ならば、こいつはこの状態でも難なく殺すだろう。
放っておくわけにはいかない。
レイモンドが僅かに動くと、ソレに反応下かのように敵も僅かに動く。
異様な緊張感が、静けさの中で交差している。
動けない。動けば、危険。そう感じる何かが有る。
海の荒れる音も、風の巻く音も、どちらもレイモンドには届いてない。
目の前の敵だけが、レイモンドの五感を刺激している。
戦っている時よりも激しい消耗。
向かい合っているだけで、命を削られていく感覚。
しかし、その永遠にも感じた時間は、突如として崩れた。
敵が、まるで乾いた粘土細工のように、崩れ始めた。
崩れ落ちた欠片は、砂のように更に崩れていく。
なんだ。何が起きている?
砂のように崩れるのも、何かの攻撃か?
離れていく。いや、ジリジリと自分が後退していた。
崩れきった敵の中に、妙な箱。
近づくのも危険な気がする。
八角形のそれは、聖鎧。だが、それをレイモンドは知らない。
人を飲み込んでいた時は巨大だった聖鎧は、なぜか小さな小箱の様な大きさになり、そこにあった。
息を呑みつつも、慎重に近づき、崩れ去った敵を確認する。
ただの砂だ。
何の変哲もない砂になっている。
下手に吸い込まないようにと口を抑えつつ、レイモンドは四方に視線を巡らす。
こいつみたいなのがまだいれば、敵を倒すのにも時間はかかる。
探しだし、倒す。
全ての異形のモノを倒して、みんなの安全を勝ち取る。
レイモンドはまた走りだし、その場をあとにした。
聖鎧は異形のモノを倒し続けて、最後まで戦った。
だが、それを知る者は居ない。
レイモンドに看取られながらも、しかし、聖鎧とは知らず、敵として向かい合って崩れた。
聖鎧は、最初に浜に打ち上げられた時のように、ただそこに有った。




