夏の夜
思い出すのは二年前の四月のこと。クラス替えで新しい教室に行った時、彼女のことを見つけた。彼女の名前は佐々木由衣。髪が長くて、目が大きくて、すらっとしていて背が高いのが特徴だった。一目見たときから僕は彼女に恋をしていた。
僕らはクラスの中で、自然と話す機会があった。僕はできるかぎり彼女に好意的に接しようとしていた。彼女の方もすぐに僕のことを悪く思っていないことがわかった。
五月になる頃には放課後に一緒に帰ることがあった。彼女は管弦楽部でバイオリンを弾き、僕は軟式野球部で週に四日、野球をやっていた。
「ねえ、なんだか私たちっていい感じじゃない?」
河原沿いの夕暮れの道を歩きながら彼女はそう言った。
「いい感じってどういうこと?」
僕はなんだか少し気恥ずかしかった。
「ねえ、私たち付き合わない?」
河原の上を歩きながら、そう言った彼女は小石を川に投げた。
「いいよ」
僕は恥ずかしさをこらえながらそう言った。
僕らはその日から付き合うことになった。
高校三年生だったので、受験勉強をしなければならなかった。部活がない日や休日なんかに学校の図書館に残って一緒に勉強をした。
僕らはそういう風にして、卒業するまで一緒に過ごした。
今、僕は大学二年生だ。夏休みで実家に帰省している。彼女は地元の公立大学に進学し、僕は東京の私立大学に通っていた。中堅の私立大学で学費は少し高いが、多くの学生は大人しい感じだった。東京では週に四日、塾のアルバイトをしていたが、夏休みの一か月は休みをもらって、実家で過ごすことにしていた。
今日の夜、半年ぶりにまた由衣と会う。僕は胸が高鳴るのを感じた。夕暮れまでの時間をそわそわしながら、本を読んで過ごした。
夕方になると、僕は歩いて、神社まで向かった。境内の前に浴衣を着た一人の女性がいる。それは紛れもなく佐々木由衣だった。
「久しぶり」
彼女は僕を見つけると手を振った。
「久しぶり」
僕は自然と笑顔になった。
僕らは神社を通り抜けて、坂道を登っていった。この先に高台がある。
高台に着くと、他にも花火を観に来た人たちがいた。自動販売機でコーラを買い、花火が始まるまで由衣と話をした。由衣は大学生活のことを話し、僕はそれを聞いていた。
花火は突然、山の方から打ちあがった。空には赤い火花が広がっていく。すぐ後に轟音がした。僕はなんだか心地よさを感じながら、由衣の隣にいた。彼女は今でも僕のことが好きだろうか。