青い蝶
ベッドから起き上がると、時計は二時を示していた。僕はゆっくりと起き上がり、目をこすった。夜中に目覚めるというのも変な話だ。僕はいつも、朝まで寝ているのに。
隣では彼女の佐々木詩織が眠っている。ゆっくりと呼吸しているので、熟睡しているようだ。
僕はもう一度、ベッドにもぐりこみ、目を閉じた。でも、到底眠れる感じではなかった。仕方なく、キッチンへ行って、グラスに水を注いだ。部屋の中は奇妙なくらい静かだ。冷蔵庫のブーンという音が聞こえた。いったい何日ぶりに冷蔵庫の稼働音に気が付いたのだろうか。
水道水を飲むと、のどが渇いていたせいか、やけにおいしく感じた。眠らないと明日の仕事が辛くなる。でもなんだか眠れる感じではなかった。
リビングのテーブルに座って、仕方がないので、部屋の中を眺めた。いつもと変わりない光景のはずだった。でも寝室の隣の部屋が少し青く光っている。しばらくの間、部屋の中を見ていたが、明らかに何かがおかしい。
僕は部屋に行った。すると、青く光を発しているのは一匹の蝶だった。宝石のような綺麗な青色の羽をもっていた。蝶はゆっくりと羽を動かしている。
こんな蝶は見たことがなかったので、僕は戸惑った。
「やあ」
声が蝶から響いてくる。蝶はちょうど僕の方を見ていた。
「いったいこれは何ですか?」
僕は現実にありえないことが起きたので、心臓が激しく鼓動しているのを感じた。部屋のカーテンは閉められていて、電気はついてない。
蝶はゆっくりと羽を閉じたり開いたりしながら、そこに止まったままだ。
「お前は幸せか?」
蝶にそう言われたので、僕は幸せかどうか考えた。幸せと言うほどではないけれど、それなりに充実した暮らしをしている。それはきっと詩織がいるからだろう。
僕と詩織は高校三年生の頃に出会った。内向的で友達の少ない僕に話しかけてくれたのが詩織だ。ずいぶんと彼女にはお世話になってきた。
「まぁ普通ですよ。でも詩織みたいな恋人がいるのは幸せかもしれません」
蝶は少し僕の方に歩いてきた。
「彼女のことを大事にしろよ。ただそれだけを伝えに来たんだ。この先、彼女は苦しむことになる。高校生の頃とは違うんだ。あの頃はお前が彼女に支えられてきた。でも、これから先はお前が彼女を支えるんだよ。お前の人生は上手くいく。他の女性と出会うこともあるだろう。でもお前は苦しんでる彼女を支えることができるか?」
そう言った蝶は羽ばたいて、カーテンを擦り抜けて行ってしまった。