第1話 3
『僕』の村に奇妙な因習が残されていたことを知ったのはお役目に選ばれたあとだった。
その時の『僕』は恐怖や混乱でどうかしていたから、誰に聞いたのかはもう覚えていない。
きっと、"あの人"から教わったのだろう。
村の因習はこうだった。
何年も何百年も前に。
この村の人間が天使を捕らえた。
天使は幸福や繁栄、知恵をもたらす者といった運び手と語られていた。
その為か、誰かが"捕らえておけば村は栄えるのではないか"と思ってしまった。
一度捕らえてしまったからか、逃せば村がどうなるかわからない恐怖もあったのだろう。
その為か、代々天使様への世話役という名目で生涯の見張り番がつけられる。
それが、大人達の言う「御使い縛り」だった。
大人達を前に逃げようとする『僕』を縛り上げ、目隠しされて連れられた後。
村の外なのか中なのかもわからないが、周囲が石の壁で囲まれ、古びた鉄格子で出来た檻の"外"で『僕』はようやく目隠しを外された。
小さな窓から差し込む月の光でかろうじて檻の中が見渡せる、薄暗く、汚れた場所だった。
優しかった大人達はどこにもいない。
こんなところに『僕』はずっと大人が語る訳のわからないものと暮らすのか。
きっと何かの間違いだ。
されども時間がいくらたっても何も起こらない
大丈夫大丈夫と不安に鳴る心臓を押さえても、不意に涙が溢れてきた。
壁の隅で、小さくうずくまる。
石で出来たここは『僕』のすすり泣く声が良く響いた。
薄汚れた寝台。
蝋燭の欠片のようなものがこびりついた書き物机。
"天使様"がいるにはあまりに不相応な牢獄がさらに『僕』の不安を煽った。
音の反響する石の牢獄に、『僕』の泣く声ともう一つ、鎖か何かが擦れる音を聞きつけて『僕』の心臓は身体ごと大きく跳ねた。
月明かりの向こう側、薄暗い檻の向こう側に、明らかに人間ではないものがいる。
声を殺して『僕』は目を凝らした。
鳥の如く大きな羽根に、整えられていないぐしゃぐしゃの髪。手足と首につけられた重そうな枷。粗末な服……というよりも布を巻き付けただけのものを纏った「天使様」が、宝石のように人間にはあり得ない輝きを持つ目で『僕』を檻の向こうから見つめていた。
作り物ではない、脳に無理やり叩きつけられる"あり得ないもの"に『僕』はすっかり怯えきってしまっていた。