第1話 2
「あなたは天使様に選ばれたの。これからあなたは天使様のお世話をして、一緒に暮らすの」
女性はしきりに"天使様"と繰り返した。
"天使様と暮らせば幸せになれる"。
"誰かが天使様のお世話をしなくちゃいけないけれど、そうすれば皆が幸せでいられる"。
周りの大人達もそれを納得させようとするが、意味のわからない言葉の羅列に、納得どころか理解すら出来なかった。
捕まれた両肩に少し力がこもる。
怖くて泣きそうになるが周りの目がそれを許さない。
ふいに、老人がまた杖を鳴らすものだから大きく身体が跳ねてしまった。
やはり逃げ出さないようにするためか、身体を少しでも動したので肩を掴む手に痛いほど力をこめた。
怖くて怖くてたまらない。
逃げ出したい、誰か助けて欲しいと願うも、この場にいる人間全員が『僕』にとっての敵だった。
「お前が村に来た日を思い出す。母の姿もなく、赤子のお前だけが天使様のいるこの村に来た。それは天使様に選ばれたからに違いない。誉れと思い、我々がための楔になってくれ」
それは『僕』が大人達から何度か言われたことのある言葉だった。
その時は"天使様"なんて奇妙な言葉はなかったが、赤子の頃ここに一人で来たことを周りはまるで奇跡の様に語っていた。
皆がその事に喜んで、誰もが『僕』を一度だって可哀想な子供として扱わなかった。
ただ決まった家族がいないだけで、村の誰もが『僕』を自分の子供と同じように愛して、それこそ学校にも通わせてくれた。
毎日誰かが家に泊めてくれ、間違ったことをしたら叱ってくれ、叱った分だけ優しくしてくれる皆を家族だと思っていた。
『僕』がいてくれて嬉しい。そういって喜んでくれたから、『僕』は寂しさなんて感じなかった。
訳のわからないモノのいるこの村に捨てられ、育てられた理由が自分の子供や自分を守るための生け贄なら、当然大切にすると気づくまでは。