第1話 1
小説のような、フィクションでこそ信じられる世界。
これを読んだ人間は、皆作り話だと笑うだろう。
ただ一瞬でも良い。
一欠片だってかまわない。
これが作り話でも、あの人の心を誰かに知ってもらうために。
『僕』はあの痛いほどに優しい世界を書き記そう。
若草の萌える野山に囲まれた、小さな小さな集落。
山々が外界と集落を切り離しているのか、元号はとうに■■だと言うのに、コンビニエンスストアやそれこそカラオケと現代らしいものは一つもない。
外界の人間が、ここは現代だと安心できるものはコンクリートくらいしか見当たらなかった。
外界を拒み続けるのは何も山々だけではない。
いつまでたっても"古い常識達"がその集落にのさばっていた。
村の大人が言うことは絶対。
大人の言うことに逆らったり、下手なことをすればたちまち噂として集落に広がる閉鎖的な世界。
当時幼かった『僕』はその常識や世界が当たり前だと思っていた。
されども九つや十。
"神様の子供で無くなった年齢"のあたりに大人達から聞いたある因習だけは異様に思ったのを良く覚えていた。
それを聞かされたのは村の中にある小さな学校から帰ったあとだった。
教科書の入った鞄だけを置いて、大人達が大事な話をするときにだけ訪れる茅葺き屋根の公民館に集められる。
村の子供は何も『僕』だけではないのに、そこにいる子供が『僕』だけだったのがなんだか怖かった。
「先代の"御使い縛り"が亡くなられた」
杖を両手で支え、髭を蓄えた村で一番偉い大人……老人は低く小さな声で呟く。
良く通る声とはお世辞にも言いがたいにも関わらず、周りの大人達はざわざわとざわめき始めた。
誰かが死んだと言うのに、大人達は悲しむ素振りすら見せない。
ただ「うちは妻も子供もいる」「私には荷が重すぎる」と自分のことしか考えていない声が聞こえたのは子供心ながらに嫌悪感があった。
老人は周囲を静かにさせるためか、ごつごつと木の床を杖で叩く。
老人の声よりも通る音に、大人達はシンと静まり返った。
「案ずるな。このお役目のための人間はとうに決まっている」
そういって、老人が『僕』を見ると皆の目が一斉にぎょろりとこちらを向いた。
何を喋っているかわからない『僕』に、
「ああ、彼なら大丈夫だ」
「天使様に運ばれたあの子なら」
「きっと天使様のお役にたってくれる」
と訳のわからない言葉ばかりを投げかける。
"知らない役目に選ばれた『僕』"よりも、"知らない役目に選ばれなかった自分達"に喜んでいる事が痛いほどに伝わった。
「皆、何の話をしているの?」
ようやく『僕』が口を開くと、そばにいた優しそうな女性が目線を合わせるように屈み、僕の両肩に手を添える。
安心させる手つきではなく、逃がさないと言った意味合いを孕んでいることに気がついて、『僕』の胸は恐怖で満ちた。