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ローヌ・ブラドー

――まーそりゃ負けるでしょ、あたしたち。相手は帝国だもん。



 雪がちらつきはじめた山中で、ローヌはからから笑った。

 俺は? 俺はなんて答えたっけな。



「あんたの人生も気の毒だよな、ローヌさん。嫁ぎ先で、敗北確実の戦争に巻き込まれるなんて」


 まあ、ガキだった。十七歳だったのだ。



――そんなことないよミカドくん。まーまー楽しかったしね。



 酸鼻極める戦場にあって、笑顔を絶やさない人だった。殺されるその瞬間まで、笑っていた。



――でも、あー、やっぱ残念なことはあるな。もっとニーニャと一緒にいたかった。



 そんな笑みの消えるとき、ローヌは必ず娘の話をした。

 廃王女、ニーニャ・ブラドーの話を。



――いっしょに遠乗りしたり、好きな人ができちゃったって話をしたり、なんかそういう楽しいこといっぱいあったんだろうなあ。負けなきゃなあ、棄てなきゃなあ……王女じゃなきゃなあ。



 藍色の髪を揺らして、ローヌは木々の向こうに顔を向けた。その先にはきっとニーニャがいた。



――あのさーミカドくん。もし君が生きて帰ったら、あの子がどうしてるか見てあげてくれる? そばにいてなんて言わないよ、ときどきでいいんだ。君にしか頼めないの。



 俺は……ああそうだな、キレたんだ。


「自分で行けよ。生き残って」


 とかさ。


「なんで棄てたんだよ。あんなわけ分かんない僻地に追いやったりしないで、手元に置いておけばよかったのに」


 とかさ。


「まだ二歳だろ? 親と一緒にいたかったんじゃないのかよ」


 とかさ。


 責めるような、説得するような言い方しかできなかった。


 だから、なんていうか、ガキだったんだよ。そういう言い方をすれば元気づけられるかなって思ったんだ。


 ローヌは、笑った。それがどういう笑いだったのか、俺はもういまいち思い出せない。



――うん、そうだね。ほんとにそうだ。



 それが俺たちの最後の会話になった。

 数時間後、ローヌは討たれた。頭と首を切り離されて、流れ出した血が凍っていくのを俺は見ていた。



 あのとき言い方を間違えなかったら、ローヌは死ななかっただろうか?

 俺はときどき、そんなふうに考える。

 仮定ってのは、ばかげていればばかげているほどのめりこんでしまうものだ。


 それから、託されたことについても。


 約束したわけじゃない。果たす義理はない。

 だけど、心の負債になっていたのは間違いない。



 そしてなんだか奇妙なことに、俺がいるのは、ニーニャのすぐそばだった。


「んくくくくっ!」


 ハの字まゆげとつり上がった下まぶたを俺に向け、ニーニャは嗤った。


「ざーこ♡ざーこざこざこ♡ざこおじさん♡」


 俺を小ばかにすると、両方のげんこつを口に当て、足をばたばたさせる。


「なまいき幼女にいっぱい抜き抜き♡されて恥ずかしくないのぉー?」


 俺たちが何をしていたかというと、机上演習だ。

 とある河川の渡しを巡る攻防が想定されており、俺が防御側、ニーニャが攻撃側についた。ニーニャは俺の防御を楽勝でぶち抜き――ニーニャの言い回しに倣えば『抜き抜き♡』し――渡河に成功したのだ。


「なるほど、ここに防御陣地を置いたらよくないのか。分からんとこから小杖しょうじょうで掩体ぶちぬかれるんだね。いやすごいわニーニャさん、そっか、やー悔しいなこれは。文句なしに負けた」

「え? あ、あー……」


 感心したので素直に口にしたところ、ニーニャは気まずそうに目を伏せ、くちびるを尖らせた。


「いえ、その、これはまあ、やはりなんていうか、わたしには差し迫った問題でしたから真剣度が違うというか、別にこんなことでミカドさんの作戦立案能力を推しはかれるなどと言いきれないのでは?」


 のでは?

 

「その……ですから……」


 ニーニャはなんかしばらくもごもごしてから、


「お茶にしましょう!」


 喋った分だけ墓穴ぼけつが深くなると気づいたらしく、会話を打ち切った。


 今のもしかして俺が悪いのかな。

 ニーニャ渾身の持ちネタを無視したから?

 コミュニケーションの正解が分からん。

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