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セヴァン一揆


「ミカドさん、なんか、負けちゃった? みたいですけど」

「あががががが」


 パールは半びらきになった口からちょっとよだれを垂らし、その場に膝をついた。


「ええと、パール? なんて言えばいいのか」

「いや! この負けは負けではあるが、大局的敗北ではないのだ!」

「わひゃああん急に大きな動きを!」


 がばーっと立ち上がったパールは、拳を固く握りしめた。


「そう、これはつまり、その、煤払いだ。いかな“氷原の五連星いづらぼし”といえど、ミカド殿は実戦から十年も離れているからな。つまり、殿下! 我々は伝説的英雄が再生する過程を、今! 目の当たりにしているのです! なんと感動的なことか!」

「いやだから、ミカドさんの全部を前向きに解釈するの、本当になんなんですか?」

「ミカド殿! あなたならばきっと再び、大地を割り裂いて湖を作れようとも! 私は信じているのだ!」

「厄介すぎる……」



 俺たちは酒を回し飲みし、鴨のサンドイッチをほおばった。


「うん、すばらしい小麦の風味です。鴨もいい。湖水地方の味ですね」

「ねー。いま南部にいるんだけどさー、たいがいとうもろこし混ざってるから、パンでもなんでも」

「あれはあれで、灰の風味が甘くていいものですけどね」


 試合が終わればノーサイド。久しぶりに神経使った戦いができて、楽しかったな。いや悔しいわこんなん。柔軟と走り込みから始めよう。


「オージュ師匠がルッツェンから出てくるの、珍しいね」

「あなたこそ、ストロースにこもっていたそうですが」

「こもってたねえ十年ぐらい、子ども部屋に」


 オージュ師匠はわずかに沈黙した。


「戦争はよくありませんね。人が、死にますから」

「そうだね。でも、オージュ師匠のおかげで生き残れたよ」


 俺がそう言うと、師匠は気まずそうに、尖った耳の先を揉んだ。


「師匠が教えてくれたから、星辰剣士ゾディアックフェンサーになれた。だから冬戦争の、よりにもよって王妃陛下ご親征に駆り出された。それはそうだけど、じゃーオージュ師匠に会ってなかったら、別のところで戦死してたってだけだろうしね」

「成長しましたね、ミカドくん。先回りして、後悔の機会を奪うようになるとは」

「でしょー? で、師匠はなんでこんなところに?」

「あれですよ」


 師匠が指さす先には、セヴァンを見下ろす崖上の荘館があった。


「ブザンバルくんの荘館ですね。あそこに今、一揆勢が立てこもっているんです」

「え? 一揆? 今ここで?」

「町の雰囲気で気づきませんでしたか?」 

「いや全然。酒呑んで寝たいぐらいしか考えてなかった」

「なるほど。成長したという評価はいったん取り消しておきましょうか」

「ひでえな!」


 俺たちは笑った。


「一揆……一揆ねえ。なんでまた」

「ブザンバルくんの転封に際して、ゾートーンの大半が天領とされたのは知っていますか?」

「あー、それは聞いたな」


 ノブローがめちゃ怒っていたの、かなり記憶に新しい。ブザンバル卿のこともゾートーンのこともほんとに好きだったんだなあ。


「王家が持っていったのは、ぶどう畑に湖畔の農地、ささやかながら利益を生んでいたミスリル鉱床です。ゾートーンは、収入の大半を奪われたことになります」

「ふんふん、ほいで?」

「よくあることですよ。ゾートーン伯爵位を得たバルタン卿は、埋め合わせの大増税をもくろんだのです。ワインとぶどうを専売にして買い叩いたり、升の大きさを公定のものより大きくすることで、事実上の増税としたり。その他、こまごまとしたものを挙げればきりがありません」

「最悪じゃん」


 悪いやついるなー。


「そこで農民は使者を出し、巡見中のバルタン卿に増税の見直しを直訴しました。バルタン卿はどうしたかというと、その場で使者を切り殺してしまったのです」

「最悪じゃん!」

「ミカドくんの言う通りですよ。最悪以外の言葉がありません」

「で、怒った村人たちが結託して立てこもってるわけか」


 オージュ師匠はうなずいた。


「実に優れたやり方です。暴力に訴えるのではなく、空き家となっていた旧荘館を静かに占拠する。まずはバルタン卿の面目を潰したわけです」

「でもさー、農民でしょ? 武器っつってもフォークとかじゃん。攻め込まれたら終わりじゃない?」

「そうですね。陛下の足元で一揆を起こしてしまったことが、たちどころに露見するわけですが」

「あ! そっか、相手が立てこもってるだけなら、バレずに事を収める目が残るのか」


 なるほど、賢い。


 まずこの一揆がハンビットに知られたら、新ゾートーン伯爵は容赦なくぶっ殺されるだろう。

 で、寄せ集めの村人が居城にカチコミをかけてきたなら、迎え撃って殺せばいい。ハンビットに処刑されるとしても、農民にずたずたに引き裂かれるよりはましな死にざまだ。

 でも、半端に逃げ道を残されたら、バルタンはそっちに飛び込んでいくしかない。

 こうした要因が、領主と一揆勢のにらみ合いを作っているわけだ。


「うーん」


 俺は腕を組んでうなった。


「なにか気になるところがありましたか?」

「いや……まあ、何が起きてるかは分かったけどさ。師匠の出る幕かな? って」


 オージュ師匠は尖った耳の先端を揉んだ。


「“ルッツェンの陸巻貝カラコール”がのろのろ歩きでやって来るには、物足りない理由でしたか?」

「そりゃね。魔学院アンスティツにこもって出てこないのが師匠でしょ」


 師匠は声を挙げて笑った。


「生意気なところは変わりませんねえ」

「いやいや謙虚になりましたよ、ほんとに。身の程を知っちゃったわ」


 なるべく冗談っぽく言ったんだけど、師匠はまたちょっと無言になってしまった。

 それから、俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

 九歳の、泣きやまなかった俺にそうしたみたいに。


「出た出た出た、子ども扱いが」


 俺は照れて悪態をついた。


「理由は三つあります。一つは、バルタン卿からの手紙を受け取ったこと。もう一つは、すこし調べてみたところ、どうも資金の流れが怪しかったこと」

「どっかから援助されてるってこと?」

「彼らが立てこもってから、もう二週間になります。その間、食事や武器が荘館に運ばれ続けているんです。大掛かりな資金援助があるようですね。反帝国派のものと考えるのが自然ですが……」


 やや歯切れ悪く、師匠は言った。


「なるほどね。もう一つは?」

「自由地域の極左テロリストですね」

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