子ども部屋って知ってる?
「おいで、きーちゃん、もふ吉」
魔法陣から、召喚獣が現れる。
一頭は蒙古山猫。
もう一頭は、大きなくちばしを持った猛禽。
夜鷹だった。
「パール・バーレイ! バーレイ荷駄部隊!」
ニーニャは叫んだ。
「何をただ突っ立っている! 任務を途中で放り出すつもりか!」
狂気に飲まれかけていたパールが、部隊の連中が、正気に返る。
「直卒、抜剣! 化外の蛮魔を討ち、初夏のピザ祭り作戦に復帰します!」
「おおおッ!」
荷駄部隊が、それぞれ獲物を抜いた。
剣に槍、射撃用の小杖だ。
近接用の獲物を手にした連中が一歩下がり、小杖の兵たちが前進した。
ストックを肩に押し当て、ミスリルアイゼン製の照星に魔力を込める。
「小杖! 一斉射の後後退!!」
ニーニャが指示を飛ばした。
鉄に練り込まれた数パーセントのミスリルが魔力の輝きを帯び、魔弾が杖から放たれた。
青くきらめく魔力の弾は空を裂いて一直線に飛び、肉キノコの表皮に突き刺さる。
「てけり・り!」
肉キノコは狂いそうな声で叫び、触手をめちゃくちゃに振り回した。地面がえぐれ、土と石くれが飛び散った。人の胴ほどあるトウヒがまっぷたつに切り裂かれ、低木を押しつぶしながら倒れた。
「なんだ、くそっ! 効いてんのか!?」
「撃ったらすぐ後退しろと言っているんだ!」
パールが怒鳴り、魔弾を放った兵が後ろに下がった。入れ替わりに、魔力充填を済ませた兵が前進する。
「撃ッ!」
再び小杖が魔力を放った。肉キノコは、もっとも太い触手を持ち上げ、鋭い魔力を受け止めた。触手に触れた魔弾が雨粒のように弾ける。ガッシュのこん棒を食らったときのように、体表面を硬化させたのだ。
「きーちゃん!」
低空を旋回していた夜鷹が、ニーニャの声に応じて翼を畳み、鋭く降下した。嘴で肉キノコに食らいつき、新たに生じた触手に絡めとられ、ぐしゃっと潰された。
「んッうッ――」
ニーニャはフィードバックに顔をしかめ、ふらついた。
あんな風にローヌは死んだ。引き裂かれて。切り離されて。
冬が近い。風が冷たい。
肉キノコが、全ての触手をひっこめた。表面張力に従うよう球体化し、表皮を硬化させた。
「なんだ……効いてんのか?」
「分からん! が、畳みかける! 行くぞ!」
「へい、お嬢!」
パールが、それに続いて家臣団が、肉キノコに突っ込んでいく。
「駄目だッ!」
ガッシュが叫ぶ。
その声に誰よりも早く、ニーニャが反応する。
パールの足にもふ吉をひっかけ、転ばせる。
もう一人には、自分で飛び込んでいく。
「姫っ!?」
男は止まれない。ニーニャを蹴とばして、反動でようやくその場に踏みとどまる。
ニーニャのちいさな体は後退し、尻もちをつく。
そのすぐ近くで、球体化した肉キノコが、小刻みに震えている。
球体が、内側から爆発でもしたように、表皮を弾き飛ばした。
直撃を受けたニーニャは、悲鳴すら上げず宙に浮いた。
どさっと地面に落ちて、動かなかった。
「う……あ……ああああ! ニーニャ!」
ヴィータが叫び、ニーニャに駆け寄った。
「待ってて、ニーニャ、今すぐ……!」
膝をつき、血みどろでぐったりするニーニャの体を抱き起こし、回復魔法をかける。
「がッ……ゴぼっ」
ニーニャは血の塊を吐き出すと、体を折って激しくむせた。咳き込む度、鮮やかな色の血を吐いた。
雪がちらついている。ローヌの血が凍っている。
ニーニャは焦点の定まらない目をぼんやりと肉キノコの方に向けた。
でもきっとニーニャが見たのは、敵じゃなかった。
恐怖する村人の、乞い祈る視線が、ニーニャに刺さっていた。
「助けて……姫さま、おねがい、エマを助けて」
抱き合った双子が願っていた。
「どうかお願いします、ニーニャ様、我らをお守りください。ニーニャ様……」
妊婦が膨らんだ腹を守るように丸くなり、ニーニャの名を繰り返し呼んでいた。
「姫殿下、何卒、何卒、お救い下さいませ。無力な儂らを、どうか、姫殿下……」
老人が、膝をつき、手指を組んでいた。
「んく……んくくくく……」
血に泡立った声で、ニーニャは嗤った。
「ニーニャ――」
「姫ぴでしょ?」
喚こうとしたヴィータの唇に指を当てて黙らせ、ニーニャはよろりと立ち上がる。
「んくくくく♡だっさ♡だっさーい♡こーんなちっちゃいメスガキにぃー、本気でお祈りしちゃってるのぉー? ざこ農奴♡主権がなくてかわいそう♡ニーニャの土地を耕し続けて死んじゃうの♡」
血を吐いてふらついて、ヴィータに支えられる。
「ねーえー、あなたもざこなの? んくくっ♡いっぱい触手ぶんぶんしてぇー、ぼかーんて爆発してぇー、いっしょうけんめいがんばったね♡お子さまひとり殺せなかったね♡草生えちゃう♡草草草♡くっさぁ♡ばーーーーか♡♡」
「姫ぴ! 逃げなきゃ!」
「黙って、ヴィータ!」
血の泡を口元にわだかまらせて、ニーニャは絶叫した。
「逃げる!? ふざけないで! わたしは逃げない! だれひとり置いていかない! わたしは、違う! わたしは棄てない、だれのことも棄てない!」
触手が、奔った。
ニーニャとヴィータをまとめて真っ二つにするため、鋭く放たれた。
「神鳴」
右目が灼けつくように熱くなって、俺の体が、ようやく動く。
ニーニャと触手の間に飛び込んで、
「筬虫」
護符を点灯し、触手の一撃を受け止める。
「んっぐぇ」
腹にぶち込まれた衝撃は、なまなかなものじゃなかった。
「いったたたた……ふざけんなよこいつ、火竜!」
更にバフを一つ追加。ありったけの腕力を込めて、触手を引きちぎる。
「てけっ……りりりりりっ!」
薄汚い体液をまき散らしながら、ちぎれた触手がびちびち動き回った。俺は触手を振り上げ、おとなしくなるまで繰り返し地面に叩きつけた。
「それっ、ね、おじぴ、目が、なんか」
黄変した虹彩と、三つの疑問符が放射状に並んだ瞳。
“黄色い印”に、ヴィータは恐怖の表情を浮かべた。
「俺にも分かったよ、ヴィータさん」
「は……はあ?」
「重いよなあってこと。背負わせたやつ、ぶちのめしてやりたいよ」
ヴィータはきょとんとした。
やっぱりさ、ローヌ。あんた、ニーニャを棄てるべきじゃなかったよ。
ふたりで地元に帰って幸せに暮らすべきだったよ。
ただの結果論だけど。
あんたの墓に、なんて報告したらいい?
娘さんは大衆のための偶像になろうとしてますよ、目につくものを片っぱしからなんでもかんでも救おうとしてますよって?
まあそんなことしてるうちにどっかどうでもいい中途半端なところで頓死しちゃうでしょうねって?
他人のためにしか動けないくせに他人の優しさを受け入れられなくて、ばかをさらしたりだだをこねたりしてますよって?
グールに追われてるのに俺を遠ざけようとしたり、自分から囮になろうとしたり、ノブローのお茶をへたくそなやり方で拒絶したり――会って一週間でこれだけあほみたいなことやってますって?
それじゃあ、誰が、ニーニャを救うんだ。
どうすれば、ニーニャに、言葉を届けられるんだ。
『ローヌはおまえのことを思って棄てたんだ』
とかさ。
『おまえが生きなきゃ死んだ親が悲しむぞ』
とかさ。
責めるような、説得するような言い方はしたくないんだよ。
なあローヌ、なにを言えばいいかな。
どうすれば、あんたの墓に胸を張って報告できるかな。
「あのさ、ニーニャさん」
俺は口を開く。
交わしていない約束のために。
「子ども部屋って知ってる?」
ニーニャは、口を半びらきにした。
「そこにはなんの責任もなくて、だれもニーニャさんのことを責めたりしない。ごはんとか寝てても出てくるし、ぼーっとしてるだけでみんな甘やかしてくれる。目の前でだれか死んだりもしない。お願いしたらたいていのことは叶えてもらえる。それって最高でしょ?」
肉キノコが、血色の感覚器官をこっちに向けた。
「俺が、なるよ」
拳を握る。
「ニーニャさんの子ども部屋に、なるよ」
地面を蹴る。
「火竜」
バフを焚く。肉キノコを、思いきり殴りつける。体表面が即座に硬化し――前にした右足を強く踏み込んで、拳を更に押し込む、硬化部位がひび割れ、砕け、肉に拳が突き刺さる。
「てっげっ」
肉キノコは体をくの字に曲げてぶっ飛び、トウヒの幹にびしゃっと叩きつけられた。




