「婚約破棄する!」と貴方は言うけれど。
「リースルート・フォン・マグナカルタ公爵令嬢!貴様との婚約は今日を以て破棄する!代わりに僕はこの真実の愛の相手であるナンシー・ヴェチェル男爵令嬢と新たに婚約する。貴様とはもう終わりだ!!」
「エドガー様…!♡」
うっとりと頬を赤く染めたピンク髪の幼気な庇護欲注る可愛らしい顔立ちの美少女。無垢そうな純朴そうな野に咲く小花のような愛らしさ全開の美少女とリースルート──公爵家の長女とは対象に位置する。
白銀の髪にアイスブルーの瞳。キリリとした目元にシャープな輪郭、顔立ち…気が強そうな吊り上がった切れ長の瞳と等間隔に配置された顔のパーツはどれを切り取っても美しい美術品のよう。
凛と孤高に立つ月夜草のような気高く気位の高い美少女。
ピンクの髪に赤の瞳、血色の良い肌色にレモンイエローのオフショルダードレスは…ちょっと胸の面積が足りない…スカスカなのが丸分かりでスカート丈も合っていないのだと分かるお粗末様…。
まあ、そのドレス──婚約者名義で発注されたらしいのでその為だろう、と分かってはいたのだ。
「──王太子殿下…検体番号No.004は機械人形と魔法生物の掛け合いであると知っている筈…ですわよね?」
「──は?」
「──!!?」
「…○○○○研究所所長権限マスターコード発令。ナンシー・ヴェチェル…検体番号No.004、一切の発言と行動を停止」
ピタッ、と一切動かなくなった男爵令嬢と告げられた事実にはた…、と急に止まった“真実の愛”の相手に視線を向ける…当然そこには微動だにしない最愛の恋人(笑)の姿。
瞬き一つせず直前の頬を赤く染めた表情のまま瞳には何も宿って居らずーーただそこに在るだけ。
「~~~ッ!!?な、なん…ッ!ナンシー…え?なあ、ナンシー…,ーーッ!!」
「…思い出されましたかしら?寧ろこの国の貴族のみならず国民の大半は機械人形か魔法生物で私を含め一部の帝国貴族が数名管理者としてアルファディラ王国を支えていますの。…そうだと言うのに、──何故私に婚約破棄を突き付けてますの?王太子殿下…王位継承権は破棄されますのね?」
…リースルートはただ「見ただけ」だ。そこには怒りも憎しみも哀しみもない。ただ見ている──。
「…な、なん…ッ!?貴様は僕の事を心底愛していたのでは──…」
「それはあり得ない事ですわ」
即答で否定された。
王太子殿下──エドガー・ファースト・アルファディラ王太子は元はグラムハイツ帝国の末皇子だ。
アルファディラ王国…がなければ元は帝国の東端に位置するいち領地の一つでしかない荒廃した荒野だったのは50年ほど前の話で、30年前には今のような緑豊かな土地になった。
それは一重に帝国王室肝いりの施策…魔導と錬金術と科学の粋を結集して復活させた…。
そこには沢山の集められた研究者や魔導師の魔法や技術が惜しみ無く注がれた。
国と言われるほどの規模になるとは──当初は思わなかったものだ。
「…私の本分は研究者です。恋だの愛だのとーーそれが何の得になりますの?政略結婚で十分ですし、何なら後継はホムンクルスで構わないですわ。試験管ベビー…実に良いではありませんか。」
「な、なん……ッ!?」
「私と殿下の婚約は政略ですわ。私から言い寄った事実もなければ殿下から言い寄られた記憶も記録も御座いませんわ──忘れていて?」
フン、と鼻を鳴らして息巻いて思わずと縋りつこうとしたその王太子殿下の手を扇で打ち払って距離を取る。
「…そもそもこの地の学園に通う者なら誰もが既知の事柄ですわよ?何故誰も王太子殿下に指摘しなかったのです?」
「…ッ」
「そ、れは…」
「それは?」
「言った。何度も言ったんだ…けど」
「…聞き入れなかった…ですのね?殿下は。」
王太子殿下の側近の数人が俯き落ち込んだような様子の少年、口惜しそうにする将来の護衛兼側近…。
…それはなんとなく分かってはいた。
リースルート自身は政略結婚の相手の事などどうでもよく放置していた。子を作る遺伝子提供者。その程度の認識。
甘さ皆無。
……それがいけなかったのか。だけれどエドガー自身も悪い。
優秀な婚約者は親同士が取り決めた相手。
優秀で有能な兄弟姉妹に囲まれていればーーまあ、分からないでもない。加えて“東端”と言うだけここには本国の目は届かない。帝都ほどは。
優秀で有能な婚約者への反発、勉学も剣術も何もかもが中途半端。無論マナーやダンスすらも中途半端だったので本当に「遺伝子提供者」と言う身も蓋もない言い分が通りそうなほど冷めきった関係だ。
どんなに苦言を呈されても聞き入れず反発し拒絶し聞く耳持たない。努力する事を嫌がり楽する事ばかり、遊ぶ事ばかり…市井にはよく居るような下町の悪ガキーーいや、不良少年か。
「…そう。どちらにしても──婚約破棄に関しては…破棄ではなく白紙を打診しておきましょうか。研究者とその家族しか人間はいないこの国の機密は墓場まで持って行く事が皇帝陛下からの勅命ですもの。」
…まるで定型文のように淡々と続きを口にする。
…やはり、その瞳には一欠片ほどの愛もない。
「第二皇子──ああ、アシュトン様が繰り上げで“王太子”となられて、この国に私と共に“王”と“王妃”として並び立ちます。…エドガーには“王子”は向いてなかったのですものね?──貴方の中からナンシーと出会う初期の記憶…10歳の時からの記憶の一切合切を消去するわ。そして、廃嫡に併せて“王太子”に使われていた今までの資金の国への返還と私への慰謝料と各種事業の遅延による損害賠償。諸々払うまでは“死なず人”として鉱山の発掘作業に従事なさいな、このグズ!!」
第二皇子アシュトン──それはエドガーの2歳下の同母の弟。
エドガーと比べるのも烏滸がましいほど優秀で有能で、温厚で優しい品行方正な好青年だ。
剣を持つよりも弓を扱うのが得意な文官/魔術師タイプ。
既に帝立大学の専攻科目を履修した非常に有能な美少年だ。
密かに未来の義姉であるリースルートを想っていた…そんな一途な男の子。
無論、リースルートも依存はない。
“替え”はいくらでもいる…まあ、でも。口喧しく駄々っ子のような子供以下の元婚約者よりも弄らしく己へと一途に想い続けてくれる可愛らしい年下の男の子の方が幾らかマシだ。
「…!?なっ!き、記憶を……ッ?!」
「ええ。必要ないでしょう?」
狼狽え怯えすくみ顔色が青から白、白から土器色へと目まぐるしく変化させるエドガー。その背後に音もなく現れた第二皇子は無詠唱で記憶消去を唱えた。
魔法の光が消えるとその後頭部に手刀を素早く繰り出して手早く兄の首に魔封じの首輪を掛ける。
「アシュトン様、ありがとうございますわ。ソレを王城の地下牢に放り込んで下さいな。…あと、此方ソレの筆跡を複写した各種必要書類ですわ。度々ご足労頂き感謝致しますわ。」
「いえ。僕もこれで晴れて貴女の婚約者です。──後日貴女がときめくほどのプロポーズをしますから、…覚悟しろよ?」
「……ッ!~~~ッ!?///アシュトン…も、もぅ///」
「……はあ~。かわいいな。…まいったな」
顔を覆ってやれやれと肩を竦めるアシュトン…その顔は真っ赤だ。
無論リースルートの顔も茹で蛸のように真っ赤だ。
キリッとした普段の敏腕研究者の顔と今の口説き文句に顔面赤面照れしている姿のギャップは凄まじくーー元第一皇子側近三人は目ン玉頻剥いて口をあんぐりと開けて固まった。