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5 Gravity Wizard



心臓の鼓動は、何よりも安心するBGMだ。




腹を見る。

ドーナツの袋には、やはりナイフが突き刺さっている。


苺の香りがしたそれからは果汁が溢れ出ていた。




距離をとる。



彼女は目を丸くしていた。

まるで、何で動いた、とでも言うように。





違和感、またお前か。




普段のこいつとは少し違うような。


言葉の響きが、妙に耳に残っている。





「そうか、唯愛は俺の事を唯織と呼ばない。わかりにくくなるから抽象言語で言うようにと一番初めに俺が頼んだんだ」


なのにも関わらず先程のこいつは『唯織の元気が』などと言っていた。



しかも普段から俺が嫌がると知っている筈なのに一気に距離を詰めてキスするとか、あいつじゃない。

流石にあれだけ怒っていれば、本気で嫌な事を知ってると思う。








「唯愛じゃないな、誰だ?」



背を向けて走り出した。


服を掴む。呻き声が聞こえる。



「なぁ待てよ、あんたは誰だ? 唯愛以外の人間がこの部屋に入ったかもしれねぇから調べてるだけだ、早く答えてくれ。唯愛なんだったら素直にそう言ってくれていいんだぜ?」



頑なに口は割りたくないらしい。



力が抜けている体をくいっと回して、椅子に座らせた。

そのままでいるように指示してもどうせ動いてしまうだろう。




ナイフを投げる。狙った写真立てに命中し、ガラスが砕け散る。



「ま、俺の腕前はこんな感じだ。わかったら動くなよ」




ポケットからもう一本取りだす。

ごめんね全国の教師の皆さん、やっぱりナイフは持ってないと安心しないんですよ。


みんなはやめようね。こういう余程の腕が無い限りは。




ビニール紐、ガムテープ、ビニールテープ、さらにもう一度ガムテープで括り付けておいた。



手錠を取り出して椅子と手を繋ぎ止める。

鍵をかけると同時に謎の人間から絶望の溜息が漏れた。




「どうした? 自業自得が本当にあるのかと落ち込んでるのか?」


敢えて軽い口調で聞く。


危険を察知されちゃ溜まったもんじゃ無いからな。



「違うわ。みんなにどんな顔すれば良いんだろうって考えてたの、失敗したらまた労働量増やすからって言われてて」


「なんだか酷い使われ方をしてるみたいだが結果は変わらねぇぞ」



だがこの重みからして実際の事のような気がする。


この後の結末に影響はしないが、関連性という意味ではほんの少しあるかもしれない。





最後に靴紐と同じようにビニール紐で縛った。


「これで体制は万全、色々喋ってもらおうか。先程元唯愛に話したように今の俺はいつもよりも穏便だ、怯えずにリラックスして良いぞ」


と言ってもほとんど体を動かせる状態では無い。




反対話の椅子に座って、ナイフを握ったまま下におろす。



「私は何も喋るつもりは無い。拷問でも何でもして」

「本当に良いのか? 俺は普通に放置するぞ。でもってギリギリの所で警察に届ける」


死んじゃったら捕まる。



ま、こっちから質問せずに答えてくれるほど甘くねぇのは知ってた。


こういうのは頑張って質問していって粗探しをするのが基本だよな。









「お前は“あの十人”と面識があるか?」





いきなり本質をぶつけた。

こっちの方が効果的だと昔唯愛が言っていたが、効果は抜群のようだな。




ここ数日で会った十人と言えばもう一グループしかない。





俺のこの事件に関する推理に基づけば、確かにここで一番に戦闘不能にしておくべきは唯愛だ。


だがそれだけでこの仮説が正しいというのは少しやり過ぎなんだよなぁ。



戸惑っている彼女からは、疑問と焦りが感じられた。




「あるんだな。じゃあ次の質問だ」




勢いに乗って行こう。自分のペースに引き込む事は、時に武器にすらなる。






「唯愛は今そいつらと一緒にいるか?」






俯いたまま。




彼女がここに来た理由は、恐らく不確定要素である俺の始末だったんだろう。


となれば、あいつに何かしら手を出すなら俺の死を確認してからか。




「少なくとも接触する予定はあると」



多分そんな感じか。



恐らく自分の部屋の中にいる彼女をどうやって捕らえるのだろうと一瞬考えたが、あの子なら俺やお母さんの名前を出せば飛んでいきそうな気もするな。


そもそも自分の家に帰れずにベッドの横でグダグダしてる様子が目に浮かばんでも無いが。




べちゃべちゃになった袋から、本体をようやく取り出す。



「俺はお前を許す心算も無ければ、ここでぐしゃっと殺そうとも思ってない。ただ、お前が唯愛を奪う相手に加勢するのだとしたらそれに限らない。ここまでわかるか?」



敢えてナイフを突きつけずに、ドーナツを食いながら言う。



ここで恐怖心を加えてしまっては、相手の頭に残るのはそれだけだ。

1時間もすればまた敵のために動くこと間違いなし。


自分にとって何が一番賢明な判断なのかしっかりとわからせるのが何よりも重要。




「つまり大人しくしてれば基本は安全、必ずここから解放する。お前にとって何もマイナスな要素の無い話だと思うんだが」

「何を言ってんだ! 仲間を裏切ってんじゃねぇか!」



勘違いをしているみたい。



「裏切ってるわけじゃ無い。“動けない”だけだろ?」



目を丸くした。

唯愛に格好を寄せているので少し似てる。



この程度の変装で俺はずっと騙されていたのか。引っかかった事に憤りと呆れを覚えた。




「お前はあくまで動けなかっただけ、仲間に追い詰められたらそう答えればいいさ。言い訳もできる上に危害も加えられない。もう一度よく考えて」



人間はだれしも楽な方に流れる。


結果的にそっちを選ばなかったとしても、必ず一瞬はそういう感情は表れるものだ。

それを利用してうまく嵌めようといった作戦。




ベストを羽織った。



「ここでどれだけ言っても変わらないだろうから俺は大好きな人を救いに行く事にする。携帯とか何か持ってるものを全部出して、あいつらを脅すのに使うから」


この子があの面子の中でどれほど必要とされてるのかわからないから、あくまでチャンスカード程度だ。




彼女は黙って物を差し出す。


仲間用とプライベート用の携帯計2個、メモ書き、睡眠薬、財布、穴の開いた新聞紙……



「おぉすげぇ、よくサスペンスとかで見る奴だ!」 

「……あんた本当に急いでるの?」 「勿論」


何かに使えそうなので鞄に入れておく。



出し終わった感じなので金属探知機を持って来る。

ここから出るためには少なくとも金属系のアイテムがいるだろう。


それは面倒なので。




「……何も鳴らないか。素直でよろしい!」


彼女は目を逸らす。



「見れば見る程唯愛に似てねぇな」


あの子の方が断然可愛い。

いくらそういう方面に目を逸らしている俺でも、そこまでではない。





「それじゃあ行ってくるからじっとして待っててね! ここ以外で合ったらグサッとやっちゃうかも」


今度こそ腰を上げて、歯を磨いて顔を洗う。

唯愛に会う時に汚いと絶対に馬鹿にされるので入念に行った。



かなり不在の時間をとったにも拘らず、彼女は逃げていない。


演技説もあるが基本的にはもう大丈夫そうだな。





勿論、靴紐は結び直した。






+++++++++++++++++++++++++++++++







もう、空は明るくなっている筈だった。


薄暗い部屋の片隅で、空想の中では綺麗に広がる空を眺める。





……こんな状況でも私はお腹が鳴ってしまうらしい。








昨日の夜8時ごろ、彼から連絡があった。

携帯電話を無くしてしまったがどうしても謝りたいので近くまで来てくれないか、との事だったので私は迷わず指定された公園まで向かった。


今思えば、あの子はアポなんて取らずに突撃する気がする。


駅でずっと私がいないか見てそうだ。




兎も角そこに辿り着いた瞬間、数人の男に襲われたのである。

意識の失い際に見た顔は、昨日ボコボコにされてた奴だ。



昨日彼はあの集団と共に活動をする予定だった。


つまり1日は従うふりをしていた事になる。



若しくは既に彼を始末しているか。




いや、それは無いな。

あいつらが10人とかそこらの数じゃ無かったとしても、負けるビジョンは全く見えてこない。


常に考え続けて、どんな手段でも自分と私の命を守ってくれる人だ。


油断しなければやられる事なんてまず考えられない。

そもそも油断しないと思うし。





「おい、飯だ!」





私が彼を思い浮かべて心の負担を少しでも軽くしようと目論んでいると、部屋に誰か入ってきた。



「ここはご飯が出るの? てっきり誘拐された側に朝食なんて無いと思ってたんだけど、嬉しい誤算だったみたい」



なるべく毅然とした、でも反抗し過ぎない態度で振る舞う。


こういうシチュエーションにおいてしおらしくしているのは一番避けるべきだと、昔誰かが言っていた気がする。

きっとその系統の知識を叩きこんでくる奴なんて一人しかいないのだが。




「飯は勿論出るさ。ただし、ただでやるとは言ってない」「何を要求するの?」



基本的には従うつもりだ。


あまりこういった事を考えてはいけないのかもしれないが、ここには彼が確実に向かっている。

彼なら、私が知っている一部の情報を持っていなくとも大体この事件の真相に行きつく。




となればここがどこかもわかる筈。



それまでの辛抱。





「ここに一昨日のあいつが向かっていると思わない方が良いぞ。現在絶賛自宅待機中だと、家に入り込むことに成功した他の仲間から連絡が来ている」



嘘だと直感で思ったが、言わないでおく。

多分それはメールだったのだろう。


現在は情報を聞かれたくないのでやり取りはメールでお願いしますとか、適当な言い訳を作ってるに違いない。



全く姑息な奴である。



紅潮しているであろう顔を元に戻す。




「そうなんだ、別にそのうち自分一人で抜け出すから良いんだけど。で私は何をしたらご飯貰えるの?」



相手の目を見て、真顔で言う。


すると男は何かを渡してきた。



「これに着替えてくれ」



中を開くと、際どい水着が入っていた。


ギリギリ許容範囲内かな。

なんかもうちょっと直接的なのを要求されると思ってた。


「じゃああっち向いてて。着替えるから」





「嫌だ。何なら今からみんなを呼んでくる心積もりでいるんだが」 「は?」



何で?



「私への要求はこれに着替えろって内容だったでしょ。それ以外の事に関しては私が決めたっていいじゃない」

「別に決めても良いが、その場合ペナルティが課せられるぞ」



これがもし大好きな人との会話だったらまだ許せるんだけどなぁ。

と考えてから、こんな人好きになれる訳も無いかと納得する。



腕をあげて、服を床に擦って少しずつ脱ぐ。

非常にやりにくい。



「これを外してもらう事は出来る? あなた達の大好きな私の裸体がうまく見えないわよ」



ある程度の自由を解くくらいなら普通にやってくれそうだ。



男は少し悩んだ末に部屋から出た。

そして、何やらボタンのようなものを取り出して押した。


手錠の鍵が外れる音がする。




少し振ると簡単に外れた。


遠隔操作とは中々ハイスペックである。



今ここで壊そうかとも思ったが、それで相手の気分を悪くするのは避けたい。


彼に護身用に持たせられていた道具などもこれで全部取られてしまう。

そう考えると、只々欲に塗れただけの計画でも無いように感じられるから不思議だ。








人が増えてきたのに気が付いたのは、下半身を終えて後上半身だけという場面での事だった。



男性だけでは無く女性も見える。

しかもその全員が同じ格好で同じような喋り方をしているから困る。



様々な投げ言葉が聞こえた。


それを無視して服を脱ぐと、歓声が響き渡った。




恥ずかしいというよりも怒りの方が正しい。


まるであの子みたいなことを言ってしまう。

普段あれだけ怒られているにも拘らず、正直あまり理解はしていなかったのだが。


今はわかる。




さっさと下着も外して、水着を着用した。



「はい、これでいい? 早くご飯を頂戴」



手を差し出す。

拍手が巻き起こっているのを無視する。


気分が悪い。早く他の何かで中和してしまいたい。





投げられてきたそれは、コンビニ弁当だった。

丁寧に箸が付いている。



檻の向こう側の人間が少しづつ去っている中で、それに喰らいついた。


唐揚げやブロッコリーが入ったごく普通の弁当。



お腹は大分空いていたから美味しく感じられるかと思ったのだが、どうやら彼の味を覚えてしまって舌が肥えてしまったらしい私はあまり進まなかった。


といってもお腹を満たさなければいけないので、全部平らげる。













異変に気が付いたのはそのすぐ後だった。





「何か変なもの入れた? すごく後味が悪いんだけど」



食べ物の色と混ざって全く分からなかった。

何か人工的な匂い、例えば塩素のような。



「手錠を付けたら説明するよ」



敢えて少し考える素振りをしながら手錠をとる。


口で咥えて規定の位置まで持って来ると、がちゃりと閉まった。




「今その弁当の中に入っていたのは女性向けの精力剤だ。アディって聞いた事無いか?」

「ご存じで無いわね。そういう薬があるの?」 


本当に知らなかった。


が、男の言っている事が本当だとしたらこれから私は手を出されるのか?

行動を始めるのはあの人を殺してからだと思っていた。




「そうだ。しかもそれは俺が独自に入手した奴だから、濃度が通常よりだいぶ高くなってるし効き目も早い」





これはもう避けられないかもしれない。


警察が来るまで諦めて受け入れるしか無いのか。



「そういうのに頼ってやるのがお好みなの? 愛は必要条件だと思うんだけど」

「別に俺が満たされればどうだっていいさ。相手の事を考えるなんて無駄な事だろ?」




死ね。




心の奥底からそう思ったが、飲み込む。


人間の怒りのピークは6秒。

何かに怒った時、そこを過ぎ去るまでは言葉を吐かないと決めている。



暴力的な行動をした子に対して私が怒っていた手前、自分がそうはなれないという事もある。




ただ、にやにやと笑う目の前の欲望の塊をみて憤りを感じないというのは中々難しい物だろうな、などと考えながら。



心の底からの溜息を吐いた。












「親父、誰か来てます! 見張りが全員倒れてました!」



突然外からそんな声が聞こえた。



「あ!? 全員向かわせろ、中に入られたらきついぞ!」 「はい!」



太い声で返事する。


舌打ち。

足をゆすりながら、意味のない思考を繰り返す。


「警察か? いや、それなら無暗に突撃なんかしないよな」




そうだ。



こんなことする奴なんて、あいつしかいないじゃない。





「……馬鹿」





人間の呻き声が廊下に響き始めた。







+++++++++++++++++++++++++++++++






早速、新聞紙が役に立っている。

固めると滅茶苦茶に硬くなるから、鈍器としても優秀な性能を発揮するのだ。


現在建物の中で人間を叩いている最中。



なるべく電車に乗って、終電が無くなったら歩いた。


場所は完全に勘だったが不思議と間違っている感じはしない。

現に今正解を実感している訳だし。



折った新聞紙にビニールテープを巻きつけた即席棒は、想像以上の活躍を見せていた。


サスペンスがどうのこうのとか言ってしまった事を今すぐ謝罪したい。



まだいるのかよ。

三十四振り、三十五振り。


一回あたり2、3人吹き飛ばしているから、百人到達も夢では無い。





合間に、この五日間俺の中を覗いていた君たちに餞別だ。


この事件について真相を振り返ってみよう。

俺の予想をあたかも真実のように話すが、まぁ本当の事だと思って聞いてくれ。






まずは天彩さんが倒れた奴についてだ。


2001年の事件については知っているだろうか。

俺が生まれたきっかけとなったあの最低な事件である。



犯人は十人。



俺と唯愛が依頼をした人間たちは、あの時の奴らもしくはその子供だった。


一番初めにあいつらを見た時に少し気にかかったが、高校生がいたので特に気にしなかったのだ。

だが、俺と同年代だという事で家などを当たる(3日目の大捜索はそれも兼ねてだった)と何やら犯人とつながっているそうでは無いか。それも全員普通の。



結婚した父と母から、生まれた子供。




まぁいい。




そいつらは、あの時妊娠した俺を産んだことが、それでも頑張って幸せに生きているということが分かった時、どうしようもなく許せなかった。


支配欲の強い人間というのはこれだから嫌だ。


実際の所はみんなに裏切られて人間不信に陥っていたにもかかわらず、気付きはしなかった。




居場所だって掴むのは大変だっただろう。

生きている事と子供がいる事しか知らずに調べないといけない。

何なら海外だしな。


それでも執念深く探し続け、気が付けば逮捕されたメンバーもいた。



探して探してようやく見つけた。


ただ殺すだけじゃ面白くなかった。


そうだ、あの時と同じような目にあわせてしまおう。それから殺せばいいんだ。





早速実行に移した。

娘を装って公衆電話を掛け、日本に帰ってきて欲しいと。


きっと今回唯愛をおびき寄せる手段だってそんなもんだろ。




帰ってきた天彩さんは、誘拐される前と変わっていない。


優しいそうなのにすっと芯の通った顔。

その説明を娘から聞いた時に、きっと似てるんだろうなぁと思った。




本当はここで危害を加えるつもりは無かった。


だが、自分たちが思っていたような醜い姿になり果てていなかったことに瞬間的な憤りを覚えた彼らは誤って彼女を殴りつけてしまう。



あーあ。やってしまった。



とにかく誰かに見られないところまで運ぼう、一旦は事故に見せかけよう。

そう決めた彼らは近くの通行人や警察官に成りすまして、「彼女が一人で家の前で倒れていた」というシナリオを演じとおした。



多分、外出自粛の関係で人が出ていなかったんだろう。

みんな一日二日派は我慢出来るでしょ。三日目から無理そうだけど。


だからこうやって嘘を吐くこともできた。



人気の無い街の道路でくるんだ人間を運び、通報。

そしてそれだけで後は消える。



完璧な作戦だった筈だ。


だがしかし、そんなパーフェクトな作戦に2人の影が現れた。




水瀬唯愛と佐倉唯織である。



……そう言えば俺の苗字も名前も、出した事無かったか。

呼び名なんてどうでも良過ぎて。



「一旦、語りはここまでにしとくか」



また即席剣を振るって、元に戻して構える。



敵がわらわら出て来なくなった代わりに、他の奴らとは違う雰囲気の奴らがごろごろ出てきた。


全部で9人。

奥に唯愛と最後の一人がいるんだな。




「さっきから、な、何をペラペラ喋ってるんだ! 一人で謎を語るのがそんなに楽しいか! 大体、昨日だって自分で兄貴を傷つけておきながらすっぽかしやがって! こ、これだから最近の若者は!」


「ずっと隠し通せると本当に思ってるのか? そんな訳無いだろ、多分だが俺のここまでの推理は正しい筈だ」



静かに相手の目を見る。

汗っかきは黙り、この前のグラサン男が前に出る。


「確かにあんたの言うとる事は合うとる。やけど、せやからと言って今更どうにかできる状態でも無いやろ」


こってこての関西弁。


「せやろせやろ、あんたのその新しいサングラス中々似合ってんで」



……やばい、こんなところでふざけてる場合じゃ無いか。




「という冗談は置いておく。すっぽかした事について謝る気は無い、なぜならお前らが協力をしない事がすでに目に見えていたからだ」



何か口にしようとするので、棒を突き出す。




「とある理由があってお前らに感情的になっちゃいけねぇんだよ。だからここから今すぐに立ち去ってくれ、そして二度と女性の前に現れるな」



向かってくる人間がいたので、いなす。




「後はどうだ? 一応これでも大分怒ってるから早く決めてくれると助かる」



彼らは顔を見合わせた。

俺と同じくらいの男もいる。確かやのただんき。


ただのヤンキー。


安直過ぎて笑えて来るアナグラムであった。





彼らは手を挙げて立ち去ってくれた。


外まで見送って、そのまま奥の通路を歩く。




沢山の通路があったが一つの道を走る。


ここまで来た時と同じように勘では無く、彼女からのヒントだった。




オレンジジュースの染みで、見事に・・・/---/・・・と刻まれている。



律儀に/まで書かれてやがる。





彼らの事について思案した。



どうだろう。

これでもうこんな事しないだろうか。こちらとしては気分が悪くて仕方が無い。














吐き気が込み上げてくる。





急に思い出した、昨日の夢の記憶。




母さんの叫び声。


覆い被さった男。


血痕の染みた檻。







約614952000秒前と同じ場所だ。


本来なら、生命が誕生すべき素晴らしい場所だったのに。



それをぶち壊した。








でももうその事実は、元には戻らない。



今できる事は繰り返さない事なんだ。





俺の過ちだって、唯愛の過ちだって、天彩さんの過ちだって、グラサン男の過ちだって。





叩きつけた棒が、檻と一緒に砕けた。








「久しぶり、唯愛」





目の前に、俺の知っている人がいる。





「どうやってここまで侵入してきたんだ! 止まれ、じゃないとこの女がどうなるか……」

「企業秘密だ、ちょっと黙ってろ」




男に紙を渡すと、その人は自分から近づいてきてくれて。







唯愛を抱き締めた。






「ごめん、ありがとう、唯愛……」





その言葉に全てが詰まっている。


しかも。






「……台詞、とらないでよ」






その言葉を伝えたかったのは、あちらも同じだったようだ。






+++++++++++++++++++++++++++++++





ゆっくり離す。



ずっと一緒だったようにも、たった一瞬だったようにも思う。


彼にこんなに触れられたのは初めてかもしれない。



「今のお前の状況は?」



さっきまであんなに感動的なシーンだったのに、もう彼は元に戻っている。

抱擁が本物だったのか少し疑問になる。



……いや、少し目元に水が浮かんでいた。



「何か謎の薬を盛られた、かもしれない。多分大丈夫だと思うけどあの男曰く精力剤らしい」

「もしそうだとしても基本的にお前は変わらんから大丈夫だな」 「おい」


純白な乙女になんて事言うのだろう。



もっと話したい事があったし、沢山謝らなくちゃいけない事もあったけれど、それを私が伝えようとする前に彼は場所を離れて私を守るように立ち上がった。





「これはどういう事だ?」


誰かが呟く声が聞こえる。


「苦しみの余りしばらく声が出なかったようだな糞リーダー。お前の口座に一千万入ってたのに犯人だと分かったせいで戻しちまったぜ」



勿論嘘である。


そもそもとして、勝手に未成年が百万持ってる時点でだいぶおかしいのだ。



「さてと、それじゃあ推理の続きと行こうか。唯愛は全部分かってる人か?」

「私の脳じゃ、今この状況で何かを理解して話すというのは無理よ」 




開き直って親指を突き出す。


返される。



それを見て敵の本拠地にも拘らず二人で大笑いした。




この空気が、彼の次に私は大好きだ。





「流石に天彩さんの事くらいはある程度察せただろうから、次の部分を喋る」


多分、ここにいた人間たちがお母さんを傷つけたという事だろう。


それはきっとあの子がここにいる理由の一つになっている。



「と言っても簡単な話だ。この後話す事なんて、俺と唯愛がなぜ休日の最終日にこんなところにいるかしか無いからな」



溜息。



「勿論全員、人一人殺そうとしてしかもそれを隠蔽したなんてバレたくは無い。だが何故かとある二人の子供がこの事件の真相を解き明かそうと探偵ごっこをしていた」 「お前らだな」 「私達ね」


少しづつ服を着ていく。

彼の前でこんな格好してる方が恥ずかしかった。


「まぁそうだ。で、そいつらについて詳しく調べてみれば天彩さんの調査のために襲っていら奴とその取り巻きじゃねえかとなった訳だな。だから余計に始末しないといけなくなった」 「おい」



二回目なんだけど。




「ちょ、ちょっと待ってくれ」


もう私の事なんてどうでも良いように、男が叫ぶ。



「お前の所に送った俺たちの仲間はどうした、どうしてここがわかったんだ、それに、何故おまえはあの大量の仲間に囲まれて生きてい」


手で遮る。





「まずは謝ってもらおうか。今後二度としない事を、ぜひとも誓って欲しい」



少しおどけた態度で、彼は言っている。



恐らく心の中は非常に荒れているのだろう。

だから、淡々と喋ろうとしてこうなってしまっている気がした。


感情を隠したい時は冗談が増える、彼の癖である。




「どうせならお前も水着に着替えるか。唯愛、さっきお前が履いてた奴こいつに渡してやれ」



ほんまにゆうてはります?



「……普通に嫌なんだけど」 


「お前も観衆の前で水着姿になっていた事を思い出せ! あの時の屈辱を味合わせたいとは思わないのか!」 「いや、それよりも自分の水着をおっさんが履く方が嫌だ」



彼は、しょうがないか、とまた溜息を吐いて。




「これから繰り返さない事の方が重要か。おい、頭だけは下げてくれ」



あの時とは違うな。

すぐに手を出していた彼とは、大分変わった。


今日のごめんは心の底からのごめんだったようだ。




まだ謝らない屑男。




「……お前“ら”は、俺たちが初めて誘拐したあの女の子供なんだろ?」 










急いで横を向く。









目を強張らせた、彼の。








水瀬唯織の顔が……








無かった。





「だよな。知ってる知ってる」 「えぇっ!?」



私の頭を撫でながら。


「いつから!?」


「お前のお母さんとして手紙を貰った時、昔襲われた事があるって書いてあったろ? もしかしたら役に立てるかもしれねぇと思って家族証明の奴をパクって行ってみたんだよ。そしたら!」



自分のお母さんの顔だったという訳か。


確かにそれは驚くだろうが、驚くほどの軽い感情で済ませられるものなのだろうか。



「確かにびっくりはしたさ。こいつの方が少しだけおねぇちゃんって知った時なんか生まれて来なきゃよかったとさえ思ったよ。でもさ、こいつとちゃんとした関係が持ててるんだなって思ったら別に気にならなくなった。むしろ滅茶苦茶嬉しかった」



凄いな。私なんて3時間動けなかったぞ。




「はい。折角の攻撃も終わり、早く謝ってもらおうか」



パンっと手を叩く。




悔しそうな顔。


少しずつ頭が下がっていく。




「ふう。一時はどうなる事かと思ったけど、頼れる弟のお陰でやっと解決だね」





目を瞑って開くと、男が何かを握っていた。



抱かれている間にこっそり外して貰った手錠のスイッチとはまた別のようだ。




「ばっかお前! こんなところでなんてフラグ建築しやがる!」




そのボタンを、迷うことなく、スムーズに、ポチっと押した。








地響きも何もしない。



「30秒後にここのありとあらゆるところに仕掛けられた爆弾が爆発してここは灰になる。俺が謝るとでも思ったか、お前らも一緒にここでお陀」



最後まで言い切る前に、意識を刈り取った。




「逃げろ! ここで崩れたら間違いなくお陀仏だぞ!」



唯織の叫びに答えて、私は背を向けて走り出した。

















「させるか!」 「おい、抵抗するなって!」







後ろを振り向いてしまった。



銃器を構えている。






一瞬体が動かなくなるが、そのままでは危ないと理解して走り出す。






1、2、3、4、5。





彼が抑えてくれているからなのかぎりぎり当たらない。





上の方に穴のある檻を、ジャンプして抜けようとする。


6発目は、全然的外れな位置に着弾した。





だが彼の表情は変わらない。











「っ! “2回転”だ!」










銃を持ってない方から、声が聞こえた。





喜びの舞のラスト。










瞬間私は体を捻る。





腕のすぐ横を、弾が通り過ぎて行った。







「先に行け、後で会う!」







ここで振り返ってしまえば、きっとみんな助からない。



彼を信じて前に進んだ。









オレンジジュースの道を抜け、人が消えた道を走る。






空の光が広がった瞬間。










爆発音が響き渡った。








体が動かない。


あの人が死ぬはずが無いと思っていた。

どんなことがあっても、笑わせてくれるような人だと。



力が抜ける。




昨日の衝撃から私に宿っていた重力は、今この瞬間に抜け落ちた。









「何だ、何があった!?」



顔だけで横を向くと、私と同じような顔の女の人がいた。



「姉貴! 親父が俺たちのアジトをぶっ壊して敵一人と一緒に死にました!」

「お前もっとオブラートに包んだ言い方出来ねぇのかよ!」 

「どうしましょう! 親父がいなくなったら俺たちは……」



みんなが群がっていく。





何故私の変装をしているんだろう。


周りがこの人を私だと認識していない以上、ここにいるほとんどの人間は事情を知っていそうだ。

という事は聞けば何か解決策が得られるかもしれない。



でも、この人達に頼むのか?




全ての元凶である憎き相手に頭を下げるのか?








「すみません、協力してくれませんか!」






迷っていたのはほんの少しの時間だった。




「私の弟があなた達のリーダーと大体一緒の位置で生き埋めになっているんです! 双方の利害が一致しますので悪い話では無いと思います!」





一生懸命に伝えた。



でも、何か違う気がする。





利益とかどうでも良い。










「私の生きる意味である彼を失いたくねぇ! 四の五の言わずに手伝いやがれ!」






気が付けば、また叫んでいた。



しかも、彼のような喋り方で。











しばらくの沈黙。











「良いよ、そういう考え方嫌いじゃないんだから」


「こっちが悪なのは誰がどう見ても揺るぎませんしね」


「あの子はこれからが楽しみな子や。見つけてやりたい」





「あ、ありがとうございます!」




唯織、見てる?





お姉ちゃん出来たよ。



素直に気持ちを伝えて、と言っても伝え方にちょっと難はあったけど。


君みたいに頑張れたよ。




必ず見つけるから。




君が守った命も、君自身も。




















「あー、全員その場から動くな。動いた奴は射殺だ」






また、力が抜けてしまう。




「お、親父!」


「こいつの事か? 親父なんて呼べるような人間じゃないと思うけどな」




煤に塗れた男を放り投げる。



彼は瓦礫の上を器用に飛び越えて、ここまで来てくれた。








今度は私から……









+2622600秒=一か月と八時間三十分後







「はー、疲れたぁ!」 「じゃあ今夜はオムライスにすっか」 「やったぁ!」





夜の道を二人で歩く。



俺たちの復讐は男が仕込んでいた爆弾によってうやむや、結局十年前の時のメンバーだけは逮捕された。


他の奴らは特にこれと言って野望も無かったため、唯愛の裸を見た奴は一発ぶん殴るだけで返してやった。それだけで良かったと思って欲しい。



ちなみにあの時の俺の生存方法だが。


あの男がボタンを押したタイミングから三十秒を心の中で数えていたのだ。

そしてそのタイミングに合わせて爆風とともに一気に上に上がった。


……振り返ってみると明らかに異常なやり方である。





二人での同居を認めてもらったので住民届も書き換え、現在晴れて姉弟として仲良くやっている。


ちなみに俺の佐倉という偽名は声優からとったものだ。

相手にちなんだ苗字らしいのだが、詳しくない俺にはよくわからない。



誰かよろしく頼む。




「持つから貸してくれ。唯愛はどうせすぐばてる」 「まだ六月なんですけど! 全然元気です、ほらほら!」 「何その踊り」 「喜びの舞」 「ほんとに何それ」



最後の二回転着地でようやく思い出す。


あの腕に銃弾が突き刺さりかけた奴か。




「もうあの事は忘れようぜ。母さんの調子も良くなって、こうやって俺たちが一緒に暮らせるようになって、幸せがいっぱいあるんだからさ」



退院した母さんはと言えば。

海外で稼いだお金で優雅な生活を送ると思いきや、普通に社会復帰しようとしている。


お金がいくらあっても、子供を育てるから働くらしい。






「「ただいまー!」」





荷物を置いてどっちが先に洗面所につくか勝負をし、負けた。



落ち込みながら台所で野菜を仕舞っていく。

初めて既に茹ででいるブロッコリーを買ってみた。半分悪ふざけである。



ついでに、冷やしてあったスイカを取り出した。



切って置いておいてやろう。





「あっつー! お風呂入ってくる!」



そう言って、俺がいる事なんて気にせずに服を脱ぎ始める。




それをじっと眺めていた。





「……何。姉弟だとしても、元好きな人にそういう目で見られると落胆の念ってものがあるよ?」

「こうやって一緒にいるのが当たり前の生活だと、お前がそうやってるのもアピールじゃ無いんだなぁって思ってみてたの」


「……恥ずかしいからこの話やめよっか」 「あぁ」





何がしたいのかわからない議題。



眠くなるほどどうでも良い会話。





そんな日々は、きっと永遠には続かない。






「唯愛、大好き」





急に、口から零れ出た言葉。




「ちがっ、今のはそういう変な意味じゃなくて!」



顔が真っ赤に染まっていく。



「もう! 唯織の事なんか知らないから、この女誑し!」

「誤解だ本当に急に意識したわけじゃ無くていきなりポンっと出たんだって!」

「はいはい! そういうポーズね!」 「だーもう!」






そんな、いつか消えてしまうような重たい日々を力いっぱい楽しむ事にしよう。







カットしようとした西瓜が、落下した。








最後までお読みいただきありがとうございました! 


あー、やっと終わったよ。

正直途中から結構辛い企画である事はわかっていたのですが、どうしてもこのネタで短編が書きたくってやらせていただきました。


でも、個人的には結構良かったんじゃないかなと自己満足しております。

きっともっと上手い人が書いたら化けるテーマだと思いますので、これをもし見てたらいかがでしょうか?(人任せ)


本当に、こんな人間の作品に付き合ってくださりありがとうございました!



(そういえば二人の苗字は今日お誕生日である某五つ子の声優さんからとったよ!!)

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