魔術師、ドラゴンに転生してエルフに拾われる ~前世の時点で人として最強で、今世は最強のドラゴンになれたみたいです~
「いやぁ……さすがに、強かったなぁ……ドラゴン」
空を見上げながら、エルミィ・アルテシアは呟くように言った。
長い黒髪を後ろに束ね、黒のローブに身を包んだエルミィは、致命傷を負いながらもどこか満足気な表情でいた。
目の前に倒れ伏すのは、エルミィが口にした通りの存在――ドラゴンだ。
羽を広げれば、十数メートルほどにはなるだろうか。空を飛べば、その影だけで小さな村を覆う程の大きさがある。
ただ大きいだけならば、そこまで問題にはならないのだが、ドラゴンは巨体な上に純粋に強かった。
この地上において『最強』と称される存在であり、ドラゴン一体を倒すのにも、国が大軍を率いて勝てるか……そう言われるほどである。
単独で勝つことはまず、不可能と言えるだろう。それを、エルミィはつい先ほど成し遂げたのだ。
仕事の依頼は、ドラゴンを牽制してどうにかおびき寄せてほしいというものであったが、エルミィはその場でドラゴンと戦った。
この世界において、同じく最強と称される魔術師であったエルミィは、己の限界に挑戦したのだ。
エルミィは幼い頃から才能のある子だと言われてきた。
実際、良い師匠に恵まれて、エルミィは本当の意味で強い魔術師になることができたのだ。
そしてエルミィの中に芽生えたのは、誰も成し遂げたことのないという、単独でのドラゴン討伐への挑戦。
そんな無謀なこと、誰もやろうとはしない――というわけではなく、過去に幾人もの人々が挑戦し、散っていったのだ。
だから、『一人でドラゴンに挑むのは無謀な馬鹿のすること』と、昔からよくエルミィも聞かされてきた。
「私は無謀な馬鹿だけど、でも……勝てたからね」
大きく息を吐き出す。
ドラゴンに勝った――この事実を、誰かに知ってほしいだけでも、自慢したわけでもない。
エルミィの中にあるのは、ただ達成感。一人でドラゴンを倒すことができたという事実を実感するだけで、それで満足だった。
まだ年若いエルミィが抱き、実行に移した『夢』は確かに実現したのだ。
「でも……私も死ぬっぽいかな……」
魔力は完全に尽きた。本来であれば、致命傷を負ったとしても回復魔術が扱えれば助かる可能性は十分にある。
だが、今のエルミィは空っぽだった。
ドラゴンを倒すために魔力を注ぎ込み、残された魔力は体内に存在しない。
魔力を練ることができれば、術式を組むことで傷を癒すことができる――今のエルミィには、それができないのだ。
魔術師にとって、魔力切れは生死に直結する重要な問題である。
これは、魔術師を目指した時に最初に教えられたことでもあった。
(師匠に怒られるかな……。まあ、でも、いっか。どのみち、これで……)
死ぬ――だんだんとそれが確信に変わる。
『痛み』が徐々に消えていき、それに合わせて意識も遠退いていく。
これから死ぬのだと言うのが、嫌というほど分かってしまう。
だが、不思議と恐怖はなかった――おそらく、今は満足感の方が上回っているからだろう。
(ああ、これで死ぬんだ。死んだら、どうなるんだろう……? もしも、もしも生まれ変わるのなら……私もドラゴンみたいに、強い方がいいなぁ)
そうなったら、今度はもう強さを求めるようなことはしない。
今世で十分に満足できたから――別に生き方を模索したいと思う。
あり得ないと思いながらも、エルミィはそんな考えを巡らせて、ふっと微笑みを浮かべた。
(転生、なんてできる、なら――)
どんな術式になるだろう。最期まで、エルミィは魔術師だった。
薄れゆく意識の中、血文字で地面に術式を刻み込む。
魔力を流し込むことはできないが、エルミィが無意識化で作り出した術式は――まだ残るドラゴンの魔力が共鳴して、小さな輝きを起こす。
その日、エルミィ・アルテシアはこの世を去った。
最初で最後の『龍殺しの魔術師』として、その名を後世に刻んだのだ――のだが、
「……?」
目が覚めると、そこは森の中だった。
瞼がまだ重い――けれど、身体に痛みはない。不思議に思いながらも、周囲を確認してみる。
何やら枝のようなものが集められた、魔物の巣のような場所であった。
「クァ……? クァ?」
(あれ、声が……)
ここ、どこ? というつもりが、何故か魔物の鳴き声のような――いや、本当に魔物の鳴き声しか出せなかった。
声の高さからすると、巨大な魔物というわけではないが。
どうしてこんな声しか出せないのだろう――そう、エルミィは疑問に考えた。
(私、死んだはず、だよね……?)
エルミィは首をかしげる。
ドラゴンと戦って、確かに死んだはずであった。
それなのに、エルミィの意識ははっきりとしている。どころか、身体の痛みは全くない。
(傷はどうなって――え?)
エルミィは自身の身体を確認して、驚きに目を見開いた。
そこにあるのは、勝手知ったる自分の身体ではない。
透き通るような白い肌は、さらに純白になり、お腹の部分は柔らかそうに見える。
ただ、腕や背中には薄っすらと鱗があるのが分かった。
さらに身体を動かそうとすると、背中に妙な感覚が二つ。お尻にも一つ――ちらりと見えると、羽と尻尾が生えている。
(え、え? この特徴って……)
エルミィはとある『可能性』をすでに考えながらのそのそと歩き出す。
すぐ近くに水たまりがあり、エルミィは覗き込んだ。
そこにいたのは――小さく、真っ白なドラゴンであった。
「クァァァァ!?」
(ドラゴンになってるーっ!?)
エルミィの叫び声は、可愛らしい赤子のドラゴンとなって周囲にこだました。
『龍殺し』と呼ばれるようになった魔術師は、よりにもよってドラゴンに転生したのである。
***
(まさかドラゴンになるなんてねぇ……)
死の間際に見たような、綺麗な青空を見上げながら、エルミィは感傷に浸っていた。
直前に作り出した術式が成功した――そう考えたが、あの時に魔力はすでに尽きていた。
それに、無意識レベルで作成した術式で上手くいくとも思えない。
けれど、実際に転生できてしまっている。問題は、よりにもよってドラゴンに転生してしまった、という事実だが。
「クァァ……」
(ドラゴン、ドラゴンかぁ……)
ちらちらと自分の身体を改めて確認して、そして思う。
(……結構、可愛いな)
真っ白で、つぶらな瞳のドラゴンの赤ちゃん。それが、今のエルミィであった。
それに死の間際に、エルミィ自身も望んだことではある――次に生まれ変わるのなら、『ドラゴンみたいに強い方がいい』、と。まさかドラゴンになれるとは全く思わなかったけれど、これはある意味運命とも言えるのかもしれない。
(……ドラゴンなら、成長すれば強くなるのかなぁ。それなら、何もしなくてもいずれは最強に……? でも、私はもうそういうのに興味なくなっちゃったからな)
私はすでに『強さを極める』ということには満足している。
だから、ドラゴンになってこれから勝手に強くなるのなら、甘んじてそれを受け入れて、好きなように生きるとしよう。
(――そういうわけで、寝よ!)
ゴロン、とエルミィは横になる。
まだドラゴンの赤子なのだ。親がいるかも分からない状況だが、一先ずは昼寝してお腹が空いたらごはんを探して、そうやって自由に生きるのだ。
「……クァ?」
そう思って寝そべってすぐに、近くでガサガサと草むらが動く音がした。
エルミィは身体を起こしてその方向を視認する。
森の中だから――魔物が姿を現してもおかしくはない。
エルミィは警戒するが、次の瞬間に姿を現した者は、エルミィの予想していなかった。
「かわいいーっ!」
「クァ!?」
勢いよく抱き着いてきたのは、少女であった。
まだ十歳前後くらいだろうか。
長い耳が目に入る――その特徴からして、エルフということは分かる。
エルミィと抱きかかえて、エルフの少女は目を輝かせるようにして言った。
「おっきくて可愛くて強そうなトカゲさん! ゲットーっ!」
「クァ……?」
(ええ、トカゲじゃなくてドラゴンなんだけど……!)
そう答えたくても答えられない――エルフの少女は、エルミィを抱えたままに話を続ける。
「あたしはシーファ。ねえ、トカゲさん。うちで一緒に暮らさない? 一目見てすごく気に入っちゃったの!」
「クァァ」
(暮らすって、ドラゴンになった私と? この子、本当に私のことトカゲだと思っているのか……)
その勘違いは相当に危険な気がした。
少女――シーファはエルミィのことをドラゴンだとは全く思っていない。
それなのに、エルミィを拾ってペットにしようとしているのだ。
実際、エルミィだからよかったものの……赤子のドラゴンでも凶暴なものはいるだろう。
「ご飯もお風呂のお世話もしてあげるよ! だから、ね」
シーファがそう問いかけてくる。
仮にもエルミィは、ほんの少し前まで人として、そして魔術師として完璧に振る舞ってきた身だ。いきなりペットのような扱いを許容するなど――
「クァ!」
余裕でできた。
今はドラゴンの赤子だし、人の世話になれるのなら、全然それでいい――エルミィの思考はすっかりだらけきっていた。
「やったーっ、よろしくね! クーア!」
「クァッ!?」
鳴き声で名前を決められてしまったようだが、今は答えられないので仕方ない。
こうして――ドラゴンに転生した魔術師、エルミィはエルフの少女であるシーファに拾われた。
彼女と共にその名を再び世界に知られるようになる日は、それほど遠くない話である。
久々に人外転生を書きたくなったので書きました。