6. º*≅¿《ポンチコ》の復活
<待ってください……!>
º*≅¿は、逃げた金髪ツインテール少女を追って、あらん限りの力を使い、大跳躍をした。
かつて宇宙空間を渡った時の跳躍もかくや、という程の勢いである。
――― そして、º*≅¿が見たのは……。
べちっ。
曲がり角で勢いを殺しきれず、先ほどのミワちゃん顔負けの転倒を誰にともなく披露している、金髪ツインテール少女…… では、なかった。
その、ツインテールの見事な金髪だけが、路上に、うにょんと転がっている。
――― そして、少女の頭は、きっちりとした角刈りであった。
さらに、「痛うっ……!」 と呟いているのは、変声期の青少年特有のかすれ声。
――― そう。『彼女』 は、実は……。
『彼』 だったのである。
¤*≅¶©*@«º*≅¿≡<↑£
その日のミワちゃんの家の夕食は、パンとシチューの匂いに包まれていた。
「ミワちゃん、パン屋さんの前でこけちゃったのよ。心配した……」
「おーそうか、怪我はなかった?」
ミワちゃんがこけたのは母親の落ち度だと思っているのだろう、未だに憂鬱な顔をしているハルミ。
そのハルミの頭を、椅子の上に立ってヨシヨシと撫で、「ママ、はい、あーん」 とパンをちぎって食べさせるミワちゃん。
「ミワたん、じょうずにこけまちた! ハートが擦り傷だっただけでちゅ」
「そうか。難しい言い方を知ってるね」
「えへへー」
パパに誉めてもらった上にパンを食べさせてもらい、ご機嫌のミワちゃんだが、気になっていることが、ひとつ。
「ポンチコが落ち込んでまちゅ」
ぶっ、とシチューを吹きそうになって、慌てて飲み込むパパ。
いや、空想遊びをヘタに阻んでは、子供の想像力と創造力が育たないのだ……。
「それは、ポンチコだって、元気が無い時があるさ」
「好きだった女の子が、男の子だったんでちゅ」
「あー……それはデリケートな問題で辛そうだね…」
「デリケートってなんでちゅか?」
「ハートに擦り傷を負いやすいってことだよ」
「なるほどでちゅ。パパ、物知りでちゅねぇ」
感心する、ミワちゃん。
「ポンチコはいま、擦り傷だらけなんでちゅ……」
「痛そうだね……」
「痛いんでちゅ……」
想像して、父娘は深々とタメイキをついた。
その頃、º*≅¿は明るい食卓に背を向け、布団の上でコロンと丸まっていた。
<º*≅¿さま……>
<元気をお出しください、º*≅¿さま……>
<先生っ! ハルミのフケをどうぞっ……!>
部下のminiたちや弟子の≡<↑£が肩を叩きオヤツを持ってきては慰めてくれるが、 <はい、ありがとうございます……> と応えるº*≅¿の身体は相変わらず、しょんぼりと丸まったままである。
<私は…… 間違っていたのでしょうか。一体、どうしたら……>
miniたちの生理現象では、♂だけが狭い場所に閉じ込められた時にしか起きないと言われている、同性への恋心。
――― 地球人の場合は、miniたちよりはしばしば起こりうるようだが、どちらかといえば少数派である。
金髪ツインテールのあの子も、それ故、想いが伝えられなかったのだろう……。
<これ以上あの子にしてあげられることは、ないのでしょうか……>
あの子は最終的には悲しい想いをするしかないのか、と考えると、º*≅¿の胸はキリキリと痛む。
その痛みに耐えかね、ただひたすらコロンコロンと転がるポンチコの脳ミソにふと、ミワちゃんとパパの会話が届いた。
「パパだったら、どうちまちゅか。もち、ママがパパだったら、結婚ちまちゅか?」
「そうだなー。ママがもし男の子だってわかっても、パパはママのことが好きだからな」
「ふぅぅぅん」
ミワちゃんは感心した。
<なるほど……です……!>
º*≅¿も、感心した。
和樹……このパパは、親切ではあるが超絶鈍い男…… しかし、その真っ直ぐさには1mmの揺るぎもない。
「大事なのは、ママとずっと一緒にいることだからな!」
そうか、とº*≅¿は思った。
――― 自分だって、種族すら違うのに、あの子に恋をしたではないか。
♂♀の違い関係なく、人間が人間に恋をするのは、じゅうぶんにあり得ることだし、別におかしいことではないのだ……!
ハルミとミワちゃんが、「和樹ちゃん……」 「パパカッコいいでちゅ……!」 と口々に言うのを聞きながら、º*≅¿は思い切り笑った。
<だぁーっはっはっはっ!>
<だぁーっはっはっはっはっ!>
<だぁーっはっはっはっはっはっ!>
――― 急に笑い出した上司を、部下のminiたちが <落ち込みすぎて気が狂われたか?> と心配そうに眺めたのは、言うまでもない。
――― ただ、弟子の≡<↑£だけが、 <先生は復活されると信じてましたっ!> と嬉しそうに宙返りしたのだった。