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穂高市役所ストリートビュー年史  作者: 十二滝わたる
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年史外伝 9

 市役所に限らず、公務員の人員はマックス・ウェバーを紐解くまでもなく、大学教授の講義を聞くまでもなく、肌でほぼ全ての人が感じるのと同じように、余剰と決まっている。

 時期と要因により対応できない状況が生まれる時があるが、組織の臨機応変のバランスが取れない体制にこそ問題があるだけの話だ。

 ある幹部は、あれやこれやと理由を述べて、あそこの職員は減らせないと言っていたのだが、退職金するやいなや、何をいい初めたかと言えば、

 「民間なら半分で仕事するな」とほざいた。

 決して大袈裟な話ではない。ただ、不必要な書類と切実しない会議の議論、そもそも現状維持で議論すらなく、あっても事務局案のごり押しが慣例だが、無駄な仕事が多すぎる。そして、役場はそれを心底無駄だとは思っていないことが問題なのだ。

 計画、プラン、ビション。国程の図体が大きくなれば、末端の解釈で異なる見解がなされるような、法案に結び付くものならば、それも必要なものだろう。

 どこかの如何わしい組織のように国を真似て時間だけを費やし、まともな議論もなく、枝葉の図式をまとめようが、誰がそれを見るのか、誰がそれで仕事をしているかだ。必ず、計画は作って終わりだ、活用等はしない。

 せいぜい、担当が、政宗のセイレイの眼の穴のような言い訳として、相手の主張を断るために使うのが関の山だ。

 それですら、トップの判断で簡単にひっくり返し換えれるなら、定める時間と労力は無駄そのものだと言うことになる。

 また、計画は必要に応じて簡単に追加される。市民に示すためのビションなら、骨子で方向を示せば済むのだ。

 

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