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年史外伝 4
大学での教授群にしても市役所の上司達にしても、遡れば小中高校の校長を含めた先生達にしても、気の利いた言葉や心に留める信念のフレーズをいただくことは少しはあっても、誰一人として昔風の師匠のような全人格的のとてもかなわないとか、いわゆる尊敬するという人物に一人として合わなかったことは、不幸なことなのか、普通のことなのか、特別なことなのか分からないが、そのような人物は居なかったことは事実上だ。
書物の上では共感したり、感銘を受ける作家や批評家はあるとしても、それらの人々が隣人として存在したときには、いわゆる女房リアリズムとしての生活での近親感により、または、ナザレでのイエスのような先入観とにより尊敬の念などは生じてはこないだろう。
しかし、辛うじて、これらの生活感までを含めた上で、表した弱さや嫌味までを含めても尊敬ではなく立派だと思える人間を、なんとか一人は得ることができたことは唯一の財産であるかもしれない。




