時代背景
労働組合が主催する会合の後のゲームに「力関係ゲーム」等とふざけた名前のゲームがあった。
なんのことはない、綱引きや腕相撲のことだ。労使交渉も色々な形の力で決まることの愚かな教条主義のだ。
マルクス主義に端を発し、戦後に与えられ拡大した労働運動は、政治活動と一体となって、国政の半分近くの国会議員をおくりだし、隆盛を極めていた。
総評から連合へと代わり、その後の政治変遷をも踏まえた惨憺たる政治状況と労働組合活動の衰退からは想像すらできない。
1980年代の労働組合事務所に掲げられた、3枚の写真は、脇腹が痛むような思想崇拝の偏見を示していた。
マルクス、エンゲルス、レーニン。現在の他国の個人崇拝を笑うことはできない。僅かに40年前の日本とは、そんなものだったのだから。
誰の考えと指示でそうなるのかは分からないが、少なくとも、市井に出回る総合雑誌の論調などに合わせて、レーニンがしらぬ間に取り外され2人の写真額だけとなった。マルクス主義を歪めたのはレーニンの解釈が謝ったから、そんな論調が日本でも行き渡った。
また、しらぬ間にエンゲルスが取り外され、最後のマルクスもしらぬ間に消え去った。
思想の愚かな個人崇拝が少なくとも労働組合活動から、あからさまで無くなるまでには、1990年代までの歳月を必要としていた。
戦後40以上も経過していたが、他国を笑えないような、ブランドのバッタもん、思想のバッタもんは日本に溢れていた。
2000年のミレニアムが目前でありながらも、それまでの時代の弊害は、社会の、組織の
人々の、すべての分野にヒタヒタと浸透し、抜けきらない。
猿女に対する土木のすり寄りは、腐れかけが旨いフェロモンの好きだけではなく、以上の事情も大きかった。




