擬態
1995年の神戸の大震災とオウムによる地下鉄サリンは衝撃的な事件だった。
何度か出張で神戸には出向く機会があった。普通に商店街で蜂鳥がプランターの花に群がる姿は、日本にいての異国情緒を味わうの十分で、高台の異人館からの海を見下ろす眺望は、当時の外国人の望郷の念に想いを馳せた。
地下鉄サリン事件については、東京事務所にいた頃によく利用する路線であった。
どちらも、美しい思い出の場所であるだけに、胸が傷んだ。
そんな時期に、僕は土木部の財務セクションにいた。
国の政下水道策による下水道の起債による借金は、地方自治区の一般会計予算の借金と同額に、なる程に膨らんでいた。
何らかの手立てが必要なのは明らかなでありながら、誰もが止めることのできない流れにあった。
バブル経済、護送船団、大政翼賛、何もかも、おなじたった。
財務セクションのトップは本来、事務職が成るべきであったろうに、いとめを着けない予算措置を狙った動きは、計画セクション同様に、土木職のトップであったことが、大きな過ちをさらに深くすることになった。
しかも、課長は、やはり、お友達お手盛り采配そのもので、僕ら異議を唱える事務職を煙たがった。
僕は事務職ではあり、土木部門の方々は一味違った。
この人たちは何でこんなに女に弱いのだろうと思った。猫にマタタビと同じだ。規律を越えてだらしなく、規律を越えて甘い。その延長のように、経営にもどうしようもない甘さが発生した。




