ナメクジ男
その男はナメクジのように体をヌメヌメとさせながら、分厚い書類を直しては戻し直しては戻すを繰り返している。鉛筆を動かすのと、コーヒーを口に運び、如何にも不味そうに口に含んでは、口の中で転がして飲み込む。
また、徐に机の上の灰皿に一杯になった煙草の吸殻の空きスペースに灰を丁寧に払っては口に運ぶ。
この一連の動作で、この男のひもすがらの一日が過ぎていった。
これだけではなく、さらに、毎日のように夜の10時、それは市役所の守衛さんの夜勤当番との入れ替えの時間で、一斉に一度は消灯されるじかんであるのだか、決まってその時間までヌメヌメとした同じ動作で過ごすのたった。
このナメクジ男とは僕の職場の一応の先輩となる。
僕は、東京への出向が解けて、穂高市役所に戻っていたのだか、その配属先はこのプラント建設準備室であった。
事務屋である僕には専門分野のプラントではあったが、起債や補助金の申請や適正な業者の選定等、事務的な分野もあったのだ。
専門分野であるプラントの性能については、ナメクジ男が全てを掌握していた。もっと詳しく言えば、この男以外、分からないように仕組まれていた。この男は専門家とはいえ、さほど優秀な類いではないのだが、業務を独占するような秘密主義と、この男の採用経過から、この男に任されているかのような空気が支配していた。
男は特別な採用枠、言わばトップダウンのコネ採用で、年度途中の募集期間も方法もわからないように公募し、形だけの試験により入ってきたのだった。募集人員は一人だけ、採用も一人。この男でなくても、自分は特別な扱いだと勘違いし、周知にもそう思わせるには十番な背景があった。




