1Q84
東京への出向は、1Q84を挟んだ6年間であっさり終わった。内緒の夜していた大学の卒業と同じくして、穂高に帰る辞令が出された。
片田舎者にとっては華の都だった。見るものすべてか新鮮だった。
東京は田舎者の集まりだとはよく言われていたことだが、僕はそうは思わなかった。
東京という田舎だと思った。グローバルなのは一部の人たちで、ほとんどは下町という田舎であり、江戸に近い集落が、人口増加に飲み込まれ、自然に集落が繋がり、大きくなって行っただけの街だ。
しかし、歴然に江戸と地方には制度的にも文化的にも大きく違う。何より莫大な軍事力を持つ中央集権国家の拠点のその周辺であるというだけで、文化も生活も情報も意志も発信される点で、江戸は江戸であり、江戸のままに政権は代わり、江戸は東京に姿を変えた。
変わらぬ田舎としても、表面の憧れは今も昔も文化に向けられる。江戸の文化は歌舞伎を筆頭に、地方には憧れであった。山間の村に伝承される歌舞伎の数々は、江戸の文化を村に持ち帰り、必死で娯楽を伝えたのだ。
戦後、組織や会社に村を閉じ込め、村は村でそのまま残る姿は東京でも同じように感じる。
縦関係を色濃く残す閉鎖社会に加え、水平的にも無意識に縦社会が交差しながら自然に形成されている。伝統というサロン、富める者のサロン、プチブルジョアのサロン、知的サロン、貧しい者の集まり。それぞれの見えない水平社会があり、そこにも縦社会を築き、やっと人並みの暮らしができるようになった者達は、中流階級などという幻想に酔ってさ迷い、消費に走る。
僕はどうしようもない憧れた東京に残ることはせず、どうしようもない愛すべき穂高に戻ることにした。




