将軍家 ジェラール
三年には、ジェラールとクロムがいる。
初めにアリアと二人きりになる推し(敵)は、父親を将軍に持つ侯爵家次男のジェラールだ。彼は黒髪に金の瞳で、がっちりした体型。日頃から鍛えているため、剣術と馬術が特に優れている。母国では父親を手伝い、すでに軍人として活動していた。
「個人的には細身の方が好きだけど……。ジェラールも、かなりの人気を誇っていたわよね?」
寡黙な彼だが、性格は優しく動物好き。
特に、小さな動物と触れ合うのが大好きだ。
ジェラールには子供の頃、自宅でこっそり飼っていた猫を「軟弱だ」と親に取り上げ捨てられたという、悲しい過去がある。そのため、学園の茂みをうろつく猫を見て、思わず抱き上げる……そんな内容だった。
「彼と遭遇するには、講堂裏の茂みに通う必要があるわ」
放課後になって早速向かうと、ジェラールがそこにいた。
「初日から大当たり? さすがはヒロインね」
自画自賛に聞こえなくもないけど、私がヒロインだからしょうがない。
木の陰に隠れて覗いていたところ、ちょうど出てきた白い小さな子猫を見て、ジェラールが目を細めた。
「どうした、お前。こんなところで何をしている?」
低い声だが優しい口調に、胸がときめく。
彼は大きな手で猫をすくうと、顔の前に持ち上げた。「ニャー」と細く鳴く猫に、顔を綻ばせる。
無骨な軍人と小さな猫とのギャップ萌え……
私は口を手で覆い、ボソッと呟く。
「何コレ。テレビで見た以上に、カッコいいんですけど」
一人で感動している場合ではない。
この後偶然通りかかったアリアが、ジェラールを見つける。彼と猫の話題で盛り上がり、「こいつが心配だ」と言うジェラールに、「人の良い学園長に頼んでみましょう」とアリアが提案するのだ。
寝床とミルクを与えられ、猫は彼らに懐く。後日、ジェラールはアリアに感謝を述べ、彼女が恥ずかしそうにうつむく――
「大丈夫。細部まで思い出せるわ」
条件は全て揃っているので、飛び出す前に深呼吸。
最初のセリフは「あ。三年生の……」だ。
名前を知っているからといって、『ジェラール・カエンテ様』と、フルネームで呼んではいけない。
私は木の陰から飛び出し、彼の方へ足を踏み出した。
その瞬間――
「おーい。ジェラール、そんなところで何してる?」
オルト! どうしてアニメのヒーローが、こんなところにいるの? しかも親しげに名前呼びって……
登場したオルトの方を向き、ジェラールが目を細めた。
「動物を見た時と、同じ反応だわ」
確かにオルトは、子犬系男子。
単純で可愛い顔立ちだし、小動物に見えないこともない。
「……って、オルト。なんで勝手に話しかけているのよ」
ぴったりくっつき猫に注目する、楽しそうな二人。地面に置かれた子猫も代わる代わる撫でられて、満足そうだ。
「ヒーローと敵が猫を撫で回すシーンなんて、アニメにないんだけど。これは本来、ヒロインの役目のはずなのに……」
焦った私は急いで飛び出し、彼らに近づく。咳払いをして注意を引き、口を開いた。
「あ。三年生の……。まあ、なんて可愛い子猫なの!」
出遅れたせいなのか、ジェラールが眉根を寄せる。反対に、オルトはケロッとした顔でこう言った。
「あれ? アリアってば、さっきからあそこにいたよね?」
「……え?」
まさか、オルトが私に気づいていたなんて!
というより、その言葉のせいでジェラールがますます警戒したようだ。途端にいつもの険しい顔つきに戻ってしまう。
「き、きき、気のせいよ。それよりその子猫、私にも見せてくださる?」
笑顔でごまかし手を伸ばす。
けれどジェラールは、私から守るように猫を抱き上げた。
――あれ?
ふいに持ち上げられたせいか、子猫は驚き、みゃあみゃあ鳴く。すると、オルトがとんでもないことを口にした。
「アリアのことが怖いって」
「ち、違うわ!」
否定したのに、ジェラールの私に向ける目つきが鋭い。
「そうだ。きっとお腹が空いているのよ! 餌をもらってくるから、ここで待っていてね」
ヒロインが敵と仲良くなる場面なのに、なぜかヒーローが邪魔をする。このままでは埒があかないので、私は一旦退散することにした。食堂に行けば、猫の餌になりそうなものを見繕ってもらえるだろう。
それにしてもオルトったら。
私の邪魔をするなんて、どういうつもり?
今は放課後なので、カフェスペースも兼ねている食堂に、人影はまばらだ。私は調理の女性に事情を説明し、子猫が飲めそうなミルクと、柔らかいお肉の切れ端をもらうことにした。中身の入った器をお盆に載せて、慎重に運ぶ。出口のところで、ある人に声をかけられた。
「君は……アリア? なぜ一人でここにいる?」
うわっ、最推しだ!
私こそ聞きたい。
どうして従者のレヴィーが、こんなところにいるの?
「ええっと。子猫を見つけて、餌になりそうなものを取りに来ましたの。貴方こそ、なぜ?」
可愛らしく見えるよう、わざと首をかしげる。
「ディオニスに言われて、紅茶のポットを返しに来たんだ。まったく、人使いが荒い……。子猫、というとジェラールだな?」
「……え? ええ」
問われてとっさに首肯した。
その直後、レヴィーが私の手からお盆を取り上げる。今ちょっと、私の手に彼の指が触れたかもしれない。
「それなら俺が渡しておく。迷惑をかけて済まなかった」
話せたことが嬉しくて、私は舞い上がる。
「いえ、そんな……」
立ち去る彼の背中に、熱い視線を向けた。
しばらく経ってから、ふと我に返る。
――しまった! 今日はレヴィーより、ジェラールを優先して仲良くなる回よね? 素直にお盆を渡している場合じゃなかったわ。子猫は……
外の茂みに戻っても、誰もいなかった。
出番を取り上げられた私は、どうすればいいのだろう?