一応ヒロインです
「いえ、あの……。あなた方、仲間に誘うなら、もっと丁寧に言わないといけないのではなくて?」
私は慌てて取り繕う。
あざといが、勘違いしたフリをして目をパチクリ。
自慢じゃないけど、アリアは学園内のコンテストで美少女一位に選ばれたこともある。正直に申告すれば、その後美女部門があって、そっちの方が格が上。
まあ、今はそんなこと、どうでもいい。侯爵家という家柄と見た目を利用し、言うことを聞いてもらおう。案の定、推しのレヴィーに絡んでいた男子生徒が、彼の肩を掴んでいた手をパッと離す。
「アリアさん。いや、ええっと、これはその……」
ふん、私の推しに冷たくしたくせに。
以前オルトをいじめたことも、バッチリ覚えているんだからね!
でも、そんな思いはおくびにも出さず、私は笑みを浮かべた。
「もちろんわかっているわ。彼と早くお友達になりたかったのでしょう? 身分で差別するなんて、すっごくバカなことですもの。あなたって優しいのね」
周囲に聞こえるよう、わざと声を張り上げる。以降レヴィーをいじめた者は、アリア認定『すっごくバカ』だ。そんなこともわからないなら、本物のおバカさんよ?
アニメのヒロインが、ここまで計算高かったかどうかは知らない。けれど今考えると、彼女はおっとりしながらも、自分の意志を貫いていた気がする。
何を隠そう、私はオルトと同じく生徒会の一員だ。問題行動を起こした生徒を報告すれば、学園長の姪でもある生徒会長が検討し、処分を下してくれる。
今まで言いつけたことはなく、これからもたぶんしない。生徒会長は苦手だし、アリアは優しいと評判だから。
ディオニスを取り巻く女生徒達はこちらに興味をなくしたらしく、おしゃべりを再開している。
「ええっと。それで、ディオニス様のお好きなものは?」
「ずるい。それ、私も伺いたかったのに」
時おり「アリアったら。まーた男子に媚びを売って」との声が聞こえるが、そんなものは気にしない。推しではなく、別の者が邪険に扱われたとしても、私はきっと同じことをしただろう。
いくら貴族の力が強くても、威張って良い理由にはならない。この学園のほとんどの生徒は、たまたま高い身分に生まれただけで、自分が偉いわけではないのだ。同じ学生として、仲良くすればいい。
――どうして貴族じゃないってだけで、バカにするの?
今までも、身分を振りかざして偉そうに振る舞う生徒が嫌いだった。けどそれは、転生前の自分が日本人だったからかもしれない。私達は『宗教や身分、肌の色で差別をしてはいけない』と、家や学校で教えられる。きっと頭のどこかに、前世の記憶が残っていたのだろう。
以前「身分の低い者をいじめてはいけない」と説いた結果、「優しい」とか「天使のよう」だと評された。日本での常識が、この学園ではあまり通用しないようだ。
ヒロインに生まれ変わったと気づく前から、私はアリアとして振る舞っていたみたい。
「チッ、余計なことを」
舌打ちし、低く呟くレヴィー。
嫌がらせをした二人も反応する。
「なっ、お前!」
「構うな。行こうぜ」
私がじっと見ているのを感じたのか、レヴィーに手を出そうとした男子生徒が足早に去って行く。
最推しにじろりと睨まれても、私は耐える。
大丈夫、わかっているから。
従者のレヴィーはなかなか心を開かない。
しかも今のは、アニメにないシーン。
原作では、従者がもっと傷つき手遅れ寸前で、ようやくヒロインが止めに入るのだ。
――待てよ? 今の私よりアニメのヒロインの方が、腹黒なのではないかしら!?
『銀嵐のベルウィード』では、乙女ゲームさながらに、ヒロインのアリアが留学生達と仲良くなっていく。彼女と留学生達との交流を見て、ヒーローのオルトがやきもきするという、王道パターンだ。
『アリア。優しいのは君の良いところだけど、僕としては、その……ちょっと』
『ちょっとって? 変なオルトね』
……とまあ、こんな感じ。
鈍いアリアはオルトの想いに気づかず、クスクス笑う。主役のオルトもまた、ヒロインに対する自分の気持ちを持て余していた。
敵の四人もアリアに心を惹かれていくが、大望を優先するため、それぞれの想いを封印する。
「オルトのことはどうでもいいけど、彼らには、バッチリ惹かれてもらいましょう!」
趣味と実益を兼ね、私はストーリー通り留学生達の周りをうろうろすることにした。何度も見たから、ヒロインと敵一人一人との心温まるシーンは、頭に入っている。セリフも覚えているので、すんなりいくはずだ。
敵の四人がヒロインに夢中になってくれれば、話は早い。彼らの野望を手伝うことを条件に、仲間にしてもらおう!
まずは三年生。
せっかくなので、一気に距離を縮めたい。