だってヒロインだもの
アニメ通りであるならば、この後アリアが「学園を案内しましょうか?」と申し出て、彼らが同意する。
アリアは私だから、もちろん喜んで。
その前に、身だしなみのチェックよ。
桃色の髪は乱れてないかしら?
紫の瞳も嬉しさのあまり、血走っていない?
私は手ぐしで髪を整え、改めて彼らに向き直る。
「あの、良ければ学園を案内……」
ちょうどその時、前方から声が聞こえた。
「あー、悪いがオルト君。この後、彼らにここを案内してやってくれ」
はあぁぁぁ!?
担任、いったい何言ってくれちゃってるのよ。セリフが違うわ!
「ええーー。僕、今日は友達と遊ぶ約束があるんだけど」
オルト、君は小学生か!
でも、これはチャンスだ。
私は遠慮がちに手を挙げて、恥ずかしそうに告げる(もちろん演技だけどね)。
「あの、先生」
「なんだね? アリア君」
「オルト君に用事があるなら、私が代わります」
言った瞬間、後悔した。
なぜならクラスの女子のほとんどが、真似して手を挙げたから。
「はーい、それなら私も」
「なに言ってんのよ、私よ、私!」
「あんたブスのくせに、引っ込んでなさいよ」
「なんですってぇ。あんたこそ、鏡を見れば」
イケメンの効果、恐るべし。
教室が突然、修羅場に変わる。
アニメでは、ヒロインのアリアがあっさり案内していたのに、現実では競争率が高そうだ。これだと、有無を言わさずくじ引きでは!?
「仕方ない、僕が案内するよ」
ちょっと待ったオルト。
私の推しを相手に、仕方ないって何よ!
いやいや、ここで怒ってはいけない。
私は控えめに(聞こえるよう)口にする。
「オルト、手伝うことがあれば言ってね」
「わかった。じゃあ先生、アリアと一緒でいい?」
オルトが可愛く首をかしげて、先生に尋ねた。彼はそんじょそこらの女子より可愛く、先生方に気に入られている。
あ、もちろん私の方が女の子らしいわよ?
なんたって、ヒロインだもの。
先生が、頷きながら応えた。
「ふむ、それなら二人で案内しなさい。君達もいいね」
よっしゃあぁぁ!!
でかした、オルト。
昼食でプリンが出たら、譲ってあげてもいいわ。
「ええ~~」
「アリアばっかりずるい」
「美少女は得よね」
クラスメイトのやっかみも、褒め言葉にしか聞こえない。
いいの、今なら許せるわ。
ヒロインに生まれ変わった私は、(推しへの)愛に生きると決めたもの。
一番身分が高いのは、公爵家のディオニス。
彼がいるせいか、留学生(実は敵)は放課後、うちのクラスに集合する。
ディオニス、レヴィー、ジェラールにクロム。
背の高い美形四人が一堂に会する姿は、目の保養を通り越して壮観だ。
「前世でこんな機会があれば、プラチナチケットどころかオリハルコンチケットだわ」
自分でも、何を言っているのかよくわからない。
ともかく、女子のトゲットゲの視線を浴びながら、私は留学生達に学園の施設を案内するべく張り切っていた。
「みなさま、初めまして。高等部二年のアリア・ファブリエと申します」
私は感じ良く微笑み膝を折り、精一杯自己アピールに努める。
「ごめんね、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
同じクラスのディオニスに柔らかく微笑まれたので、私も笑みを深めた。
彼のことはすでに語ったので、省略。
付き従うレヴィーも語れば長くなるので、泣く泣く省略する。
「わざわざすまない」
「いいえ、構いませんわ」
頭を下げたジェラールは、ベルウィード国将軍の息子で四人の中では一番体格がいい。
侯爵家の次男でもあり、剣と馬術が得意だ。
「では、早速行きましょう」
冷静なクロムは男爵家の三男で、眼鏡をかけている。赤い髪の色がコンプレックスで、赤毛は知力が低いと決めつけられるのを、何より嫌う。
全てはもちろん、アニメとファンブックからの情報だ。
先頭がオルト、その隣に公爵家のディオニス、すぐ後ろに従者のレヴィーがいる。その後ろを歩くのは、黒髪に金の瞳のジェラールとまっすぐな赤い髪で琥珀色の瞳のクロム。二人は一学年上の三年生。
私は彼らを眺めるため、当然最後尾。
「眼福、眼福。キレイな方は、背中も素敵♪」
グランローザ王立学園は王都の南、田舎の地区にある。
生徒は全員寮生活。赤茶けたレンガの建物が並ぶ広大な敷地は、緑の森に囲まれていた。
オルトはまず、中等部と高等部の校舎を順に案内する。
私は質問に耳を傾けるフリをして、さりげなくレヴィーの隣に並ぶ。彼は無愛想だけどカッコよく、頭もいい。オルトの話を一語も漏らさず聞いているようだ。
続いて別棟の白い建物へ。
この先は、アリアのセリフだ。
「こちらが高等部の食堂です。吹き抜けで、学年ごとに利用できる階が異なっているんですよ」
「学年ごと?」
「ええ。一階は一年、二階が二年、三階は三年生が使用します。例外は生徒会のメンバーだけで、学年など関係なく、見晴らしの良い三階席に座れます」
「学年別じゃない方が、僕はいいんだけどね」
オルト、黙って。
せっかく私が猫を装着して説明しているのに、茶々を入れるのはやめなさい。
「そう、学年別とは寂しいね。でもまあ、君のように可愛らしい子が同じ学年で、僕は幸運だな」
ディオニスの口説き文句は、通常営業だ。
うっかりときめいてはいけない。
さすがは公爵家のお坊ちゃま。
彼は全ての女性に親切で、話し方も優しい。
無表情な従者のレヴィーと足して二で割れば、ちょうど良いだろう。
「学年だけ? 席順に爵位は関係しないのですか?」
キターー!
男爵家のクロムが眼鏡の縁を触りながら、放映通りの質問をした。
「ええ、ほとんどが貴族の子女ですもの。爵位や序列を気にしていたら、美味しい食事も美味しくありませんよね?」
彼らの登場する回は何度も見たので、セリフもしっかり覚えている。ここでアリアがアップとなり、ターンしながら可愛くにっこり笑うのだ。
ヒロインらしい仕草は、現実で行えばかなりわざとらしい。だけど彼らに印象づけるため、全力で頑張ろう。
緑のスカートを翻し、くるりと回る。
続いて首をかしげ、ニコッと笑った。
この後みんなは、アリアの笑顔に息を呑む――はずが!?
「それなら学年別はおかしいだろ? どこで誰と食べようが、美味いものは美味いよ」
留学生達の視線は私ではなく、頭の後ろで手を組むオルトに移っていた。
今のは、アニメにないセリフ。
おのれ~~オルト。
どうしてくれようか!