従者 レヴィー
仲良くなる計画はなぜか失敗続きで、とうとう最後の一人。何を隠そう従者のレヴィーは、私の最推しだ(しつこい)。
彼は従者と言うには品があり、綺麗な顔立ちをしている。
左右色の違う瞳で見つめられると、もうたまらない!
でも先日、男子寮近くの木立で会って以来、なんとなく避けられているような気がする。
もちろん『仲間にしてもらおう作戦』を、諦めたわけではなかった。敵の四人中三人も失敗したため、ヒロインのアリア――つまり私、にはもう後がない。なんとしてでも、レヴィーと親しくなろう!
アリアとレヴィーの接近する回は、こんな感じだった。
――ある雨の日。寮までの道を濡れないようにと、雨の中、レヴィーがディオニスの傘を持って待つ。傘は一つしかなく、従者の彼はずぶ濡れ。けれど女生徒と話すことに夢中なディオニスは、レヴィーに気がつかない。
そこでアリアが近づき、自分の傘を貸そうとする。けれど断られたため、レヴィーの肩を、持っていたハンカチで拭いた。驚きの表情を見せるレヴィー。恥ずかしそうに笑いかけたアリアは、自分のハンカチを渡し、そのまま去っていく。残されたレヴィーは、『A』とイニシャルの入ったアリアのハンカチを、大事そうに握りしめる――
転生したと知った今ならわかるが、この国に雨傘はあまり普及していない。なぜなら、農業王国である我が国にとって雨は天の恵みだから、濡れてもおかしくないとされている。また、傘は生地の縁にレースを使っているため、非常に高価。学園では伯爵家以上の家の生徒だけが、使用を許可されていた。
そんなわけで、公爵家のディオニスは良くて従者のレヴィーはダメ。同じ生徒なのに差別があるなんて、考えてみればおかしい。
「まあ、面倒くさいから侯爵家の私も、普段傘は使ってないけど」
アリアがハンカチを渡すタイミングは、レヴィーに傘を断られてから。恐縮する彼の目の前で、白いハンカチを取り出し、肩を拭いてあげるのだ。印象づけるように笑いかけた後、彼の手にハンカチを握らせる。
『銀嵐のベルウィード』のアリアって、実は計算高い――?
「ハンカチは綺麗なものを選んだし、イニシャルも大丈夫。あとは、雨が降ればOKよ!」
翌日はうってつけの雨。
ディオニスとレヴィーの二人が教室を出たら、後をつけましょう。
まるでストーカー?
何それ、聞こえない。
雨の日には、戸口に傘が用意されている。
校舎を出てすぐのところで、レヴィーが大きな雨傘を持つ。傘を持てない生徒は、男子も女子も走って寮に帰って行く。ディオニスは、相変わらず女生徒達の輪の中心にいて、なかなか帰る気配がない。
大粒の雨に打たれながらひさしの外で傘を持ち、主人を待つレヴィー。彼の銀色の髪が端整な顔に貼りつき、緑色の制服も水を含んで濃く変色している。
「なんて素敵なの!」
イケメンは、雨の中でも絵になった。
……って、うっとりしている場合じゃない。
急がなければ、ディオニスが来る。
私はレヴィーに近づき、大きな傘をさしかけた。
「傘をどうぞ。このままでは、風邪をひいてしまうわ」
けれど驚くはずのレヴィーは、私にうさんくさそうな視線を向ける。
「何をしている。俺は使えないと、知っているだろう? それに君が風邪を引く」
――心配してくれたのね。やっぱり素敵!
感動に浸っている暇はなく、急いでハンカチを取りださなくちゃ。
アリアは結構頑丈で、作中でも寝込んだシーンはなかった。雨に打たれたくらいで休む弱い子に、ヒロインなど務まらないと思う。
レヴィーが私を凝視する。
――どうして? 何か疑われているの?
焦ったせいでポケットの入り口に引っかかったハンカチが、なかなか出てこない。大きな傘を持っているため片手しか使えず、時間がかかる。
雨音に混じる、呆れたようなレヴィーのため息……待って、もう少しだから。
「あ、あった!」
無事に見つけた私は、目の前に持ち上げた。白いハンカチは繊細なレースの縁取りで、角に『A』と飾り文字で刺繍してある。自分で……と言いたいところだけど、私は刺繍が苦手なため、これは手先の器用な侍女の作。どこから見ても完璧な『A』を、褒めちぎった覚えがある。
私はそのハンカチで、張り切ってレヴィーの肩を拭……
躱されたのでもう一度。
レヴィーの肩を拭……
――レヴィー、なぜ逃げるの?
「さっきからいったい、なんなんだ?」
「何って……傘が要らないと言うから、せめて濡れたところを拭こうと思って」
あれ? ここでセリフなんて、あったっけ?
「拭く? こんなに濡れたら意味がない。俺はてっきり……」
「てっきり?」
レヴィーが急に口を閉じた。
私は可愛らしく(見えるように)首をかしげ、続きを促す。
でも、彼は舌打ちすると、苦々しげに目を細めた。
「なんでもない。余計なことをするな」
「そんな!」
驚くどころか、睨みつけられている。
残念ながらこの調子では、恥ずかしそうにハンカチを渡すどころではない。警戒心むき出しのレヴィーの前で為す術のない私は、呆然と立ち尽くす。
そのため、自分の傘が地面に落ちたことにも全く気づかなかった。
「アリアちゃん? 従者なんかに構ってどうしたの? 早く戻らないと風邪を引くよ」
耳元で声が聞こえ、見上げればディオニスがすぐ側に立っている。彼は私の傘を拾い上げ、渡してくれた。機械的に受け取る私は、ディオニスとレヴィーの二人に目を向ける。
「待たせ過ぎだ。もう少し早く来ればいいものを」
「ごめん。それよりレヴィー、女の子に冷たくしたらダメだろう?」
偉そうな従者のレヴィーと、もの柔らかなディオニス。
彼らの関係は、主従と言うよりむしろ友人。
それもそのはず。
本当のレヴィーは……
――その辺はストーリー通りなのに、どうして他はうまくいかないの?
ぼんやりしたまま部屋に戻った私は、その日から三日間、珍しく熱を出してしまった。