公爵家 ディオニス(裏)
「緑色って平凡だけど、ディオニス様が纏うと、輝いて見えます」
女生徒達の輪の向こう側に、僕に話しかけようかどうしようかと迷うアリアがいる。彼女は柔らかそうな桃色の髪に紫色の瞳をしていて、この学園で一番可愛い。その彼女に聞こえるよう、僕はわざと大きな声を立てた。
「それは褒めすぎだよ。僕には君の方が、輝いて見える」
「きゃあ」
諦めて首を横に振る彼女。
次いで従者のレヴィーに目を向けると、彼はため息をつきながら、銀色の髪をかき上げた。女の子達に囲まれている僕に、いらついているようだ。
――おいおい。主人に対して、その態度はないだろう?
彼の様子がおかしくて、僕は喉の奥で笑う。任務のために留学してきたと言っても、これくらいの役得は良いはずだ。国は違えど女性はみな愛らしく、慈しむべき存在だと思う。
生まれ持った容姿のせいか、公爵家の嫡男という肩書きのせいか。僕は生まれてこのかた、苦労を知らずに育った。欲しがれば与えられ、にっこり笑えば大抵のことは思い通りに進む。女性に囲まれるのも、いつものことだ。
けれど、ただ一人。
現在の従者であるレヴィーにだけは、剣術も馬術も勉強も敵う気がしない。僕が彼に勝てるのは、口のうまさと女性を褒めること。そこまで意識したわけではないが、彼の嫌がることをして楽しむ気持ちが、半分はあるかもしれない。
子供の頃の僕は、周りに愛想良く振る舞っていた。笑顔を浮かべた方が、他人を意のままに動かしやすい。そんなひねくれた僕に、初対面のレヴィーが尋ねた。
「お前、どうして面白くもないのに笑うんだ?」
「えっ?」
今考えればひどい言い草だけど、一瞬で見破られたことが怖かった。家族でさえ、作り笑顔だとは気づかないのに……。
案の定、彼は公爵であるうちの父に言葉遣いを注意されていた。ぶすっとむくれる彼を見て、僕は今度こそ本物の笑みを浮かべる。
――ずいぶん変わったやつだけど、嫌いじゃないな。
それ以来、同い年の彼に近づきたくて、僕なりに努力した。しかし彼の方が何倍も、陰で努力をしていたようだ。結局レヴィーには、いまだ勝てる気がしない。
そんな彼が気にかけているのが、アリアだ。
転入初日に、僕とレヴィーは桃色の髪の少女に出会う。その子はアリアと名乗り、学園を案内してくれた。レヴィーの視線は時々、彼女に向けられる。彼女もまた、彼をチラチラ窺っているようだ。
しかし、今日のアリアはレヴィーではなく、僕に近づきたがっている。だからわざと気づかないフリをして、他の生徒と語り合う。
――彼女はどういうつもりだ? レヴィーと揉めるのは、嫌なんだけど。
常識的に考えれば、恋や愛にうつつを抜かしている場合ではない。とはいえ、特定の女生徒だけを冷たくするのも考えものだ。話しかけられたら、適当にあしらおう。
顔を上げると、いつの間にかアリアの姿は消えていた。ホッとしながら女の子達に別れを告げ、僕とレヴィーは寮に向かう。
男子寮裏手の草むらに、珍しい桃色の髪が見え隠れする。側には木立があり、奥に行くと森になるそうだ。こんな場所で、彼女はいったい何をしているのだろう?
「あれ。君、同じクラスのアリアちゃんだっけ? こんなところでどうしたの?」
もちろん名前は知っているが、わざと尋ねた。
拳を握ったアリアは、嬉しそうに何度も頷く。そうかと思えば急に眉根を寄せ、悲しげな表情を見せた。
「ディオニス様とレヴィー様。こんなところでお会いするなんて……。実は、気に入っていたリボンを風に吹き飛ばされて、失くしてしまったの」
男子寮の裏に?
あまりに不自然だし、何かがおかしい。彼女は、我々を探ろうとしているのか?
「そう、それは災難だったね。じゃあ今度、君に似合うリボンを僕にプレゼントさせて」
無難にそう答えた。
この国の人間とは――特に彼女とは、深く関わらない方がいい。
「……へ? いえ、あの……」
戸惑う様子のアリアを見て、レヴィーが僕に反論する。
「気に入っている、と言っていただろう? 代わりのものでは嫌なはずだ」
はいはい、わかったよ。
じゃあ二人で、リボンを探せばいい。
一瞬、部屋に戻ろうかとも考えたが、二人の様子を見ている方が面白そうだ。
「アリア、何ボーッとしている? リボンを探すんだろ」
「……え? ええ」
「どの辺で吹き飛ばされた? あまり遠くに行ってないといいな」
「そ、そうね」
いつになく饒舌な僕の従者が、彼女をリードする。積極的に木立の中を歩き回り、背伸びしたり屈んだりして、真剣に探してあげていた。僕はレヴィーとアリアを、冷静に観察する。
「日が暮れる前に見つけ出さないと、わからなくなるぞ」
「……ええ」
「ふふ。レヴィー、そんな口調では女の子に嫌われちゃうよ?」
「余計なお世話だ」
退屈なのでたまに茶々を入れるが、即座に切り捨てられた。さっきから素に戻っているレヴィーだが、本人は無自覚か? こんな機会は滅多にないから、ついでにアリアの反応も見てみよう。
「ねえ、アリアちゃん。どの角度から見ても、君は可愛いね。良ければ今度、僕とデートしない?」
「いえ、結構です」
彼女にもバッサリ切り捨てられた。
二人は案外、似たもの同士なのかもしれない。
彼女が風で飛ばされたというリボンはなかなか見つからず、レヴィーにしては珍しく、焦りの色を浮かべていた。暗くなりかけた時、アリアが突然、反対の方角へ駆けていく。
「あったわ! こんな場所だなんて、全然気づかなかったー」
彼女は木のうろに手を突っ込んで、水色のリボンを取り出した。
――あのね、いくらなんでも今のは変だよ?
あっさり見つけた彼女に、レヴィーも不信感を抱いたらしい。背を向け口を引き結び、さっさと寮に帰っていく。
「あの……ありがとう!」
レヴィーの背中越しに礼を言うアリアだが、彼はもちろん振り返らない。僕も急ぎ彼の後を追う。
どういうつもりか知らないけれど――
アリアちゃん、君の策は失敗したようだね。