公爵家 ディオニス
残る敵はあと二人。
同じクラスのディオニスと従者のレヴィーだ。ストーリー順だと、ヒロインのアリアはクロムの後、ディオニスに接近する。
人当たりが良く、優しいディオニス。
彼は普段、従者とともに行動するため、なかなか個別に近づけない。
ディオニスは女生徒だけでなく、女性の先生方にも人気だ。横に立つレヴィーが迷惑そうな顔をしているのは、彼女達に押しのけられるからかもしれない。
私に言わせれば、レヴィーの方がカッコいいのに……
「ディオニス様。制服がやっとできたのですね。すごくお似合いです」
「ありがとう。学園の一員になれて光栄だな」
「緑色って平凡だけど、ディオニス様が纏うと、輝いて見えます」
「それは褒めすぎだよ。僕には君の方が、輝いて見える」
「きゃあ」
今は休み時間。
椅子に座るディオニスの姿は、人垣に埋もれてほとんど見えない。楽しそうな笑い声が聞こえても、私は彼に話しかけるタイミングを掴めずにいた。
それはアニメも同様で、おとなしいアリアは、会話の輪にいつも入れない。
だけど私は、ディオニスに会える方法を知っている。
それはそう、待ち伏せだ。
――ある日の放課後。男子寮近くの木立にいたアリアは、偶然通りがかったディオニスに呼びとめられて、困ったような顔を見せる。事情を聞く彼に、悲しそうにこう言う。
「気に入っていたリボンを風に吹き飛ばされて、失くしてしまったの」
優しいディオニスは、アリアに「一緒に探そう」と申し出る。冷たいレヴィーは一人だけ、さっさと寮に帰ってしまう。木立の中を懸命に探す二人。
とうとう見つけたディオニスが、水色のリボンをアリアに差し出し微笑んだ。感激し、潤んだ目でお礼を言うアリアに、ディオニスが息を呑む――。
放映後は「ディオニス様のお手を煩わせるなんて!」とか、「一人で探せばいいのに」とSNSで非難囂々。ディオニスファンの怒りを買い、「あざとい」だとか「ぶりっこ」の称号を欲しいままにしていた。
この世界ではありがたいことに、SNSが発達していない……というより、スマホやパソコン自体が存在しない。なので、待ち伏せしようが可愛こぶろうが、女子に見られなければOKだ。
私の桃色の髪はふわふわだけどうっとうしく、たまに両サイドをリボンで結んでいる。今日もアニメのヒロインと同じく、水色のリボンだ。張り切ってリボンを飛ばそう!
放課後になり、まだ教室にいるディオニスを確認した私は、目的の場所に急ぐ。
男子寮自体は白い石造りの二階建てで、女子寮よりも奥にある。裏手は木立となっており、学園をぐるっと囲む森に続く。
「さて、それでは風の魔法でリボンを飛ばしましょう……って、待てよ? アニメヒロインも、風の魔法を使えたわよね? まさか、自分でリボンを吹き飛ばしたんじゃあ……」
それだと、今の私とおんなじだ。
あのおとなしそうなヒロインが、わざと?
ま、細かいことは気にしなくていいか。
片方のリボンをはずした私は、風を頭にイメージし、軽く念じた。魔法を使って、木立の中にある木のうろ目がけて飛ばすのだ。
「やった! うまくいったわ。これで大丈夫。あとは、全く違うところを探せば完璧よ」
とりあえず腕まくりして、男子寮裏手の木の周りをうろうろする。
「あ、誰か来たみたい」
金色の髪が見えるから、あれはディオニスだろうか? 並んで歩く銀色の髪は、従者のレヴィーのようだ。
「くうう、相変わらず素敵! ……って、見惚れている場合じゃなかったわ」
二人に気づかないフリをして、私は屈み、草むらを探す。
「あれ。君、同じクラスのアリアちゃんだっけ? こんなところでどうしたの?」
聞き覚えのある声に、思わずガッツポーズ。嬉しくなって何度も頷く。
――良かった。ディオニスは、私の名前をちゃんと覚えてくれたのね?
感動に浸っている場合じゃない。悲しそうな顔、で良かったかしら?
「ディオニス様とレヴィー様。こんなところでお会いするなんて……(知ってたけど)。実は、気に入っていたリボンを風に吹き飛ばされて、失くしてしまったの」
よし、言えた。
悲しそうな顔も上手にできたと思う。
あとは、ディオニスが「一緒に探そう」と口にして、レヴィーがムスッとしながら寮に戻れば筋書き通り。
ところが――
「そう、それは災難だったね。じゃあ今度、君に似合うリボンを僕にプレゼントさせて」
「……へ? いえ、あの……」
おかしいわ、ディオニスのセリフが違う。
「気に入っている、と言っていただろう? 代わりのものでは嫌なはずだ」
レヴィーの真っ当な意見に、私は首をぶんぶん縦に振る。けれどディオニスは、軽く首をかしげた。
「ふうん、そう。じゃ、頑張ってね」
予想外の答えに、私は固まる。
すぐに動いたのが、従者のレヴィー。
「アリア、何ボーッとしている? リボンを探すんだろ」
「……え? ええ」
動揺していたため、最推しに名前を呼ばれても、ドキドキしない。
「どの辺で吹き飛ばされた? あまり遠くに行ってないといいな」
「そ、そうね」
なんとディオニスに代わって、レヴィーが探そうとしている!
だけどこの後、彼の出番はないはずだ。それなのにレヴィーは、長い足で歩き回ると、枝に手をかけ葉っぱの間を探したり、地面に膝をつき根っこの部分を覗き込んだりする。
「あの、ええっと……」
ありがたいけど、今回に限っては遠慮したい。てっきりレヴィーは、まっすぐ寮に帰ると思っていたのに。
「日が暮れる前に見つけ出さないと、わからなくなるぞ」
「……ええ」
「ふふ。レヴィー、そんな口調では女の子に嫌われちゃうよ?」
「余計なお世話だ」
ディオニスが顎に片手を当ててクスクス笑う。レヴィーをからかうばかりか、合間に私を口説こうともする。
「ねえ、アリアちゃん。どの角度から見ても、君は可愛いね。良ければ今度、僕とデートしない?」
「いえ、結構です」
きっぱり断ってしまった。
こんなセリフは、どこにもないから。
どうしてこう、上手くいかないの?
それにレヴィー。
探しているの、全然違う場所だから!
せっかくだけど、この辺にリボンはない。