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何とか無事に生き残りはしたが、悪夢のように思えてきた。
書状を届け、忍びの里に戻るなど考えられない。
里の長が虹丸の状態を知れば、今まで以上に利用されるに違いなかった。
五年前に五人の仲間と殺し合わされたあの日から、虹丸の里への忠誠心は消失していた。
本当はすぐにも逃げ出したかった。
しかし、逃げれば抜け忍として狩られる。
それが怖くて命令にずっと従ってきたのだ。
だが、今なら。
「逃げられるぞ」
虹丸の一人が言った。
思考は同じなのだが、他の虹丸たちは他者の口から、その言葉を聞くことになる。
奇妙な感覚だった。
「逃げよう」
虹丸たちは頷いた。
虹丸は里を抜けた。
抜け忍として追われたが、半年もの間、逃げ続けた。
忍びとしては並みの能力しかない虹丸が追っ手の追撃をかわせたのは、突如として身についた己を増やせる力のおかげであった。
自らの過去を思い出し、虹丸は感慨にふけっていた。
虎然を埋め、山道を外れた谷に降り、朝まで寝られる場所を探し、大きな洞窟を見つけた。
その中で身体を横たえていたが。
「眠れないのか?」
隣で寝ていた虹丸が声をかけてきた。
おかしな話だった。
自分で自分に「眠れないのか?」と訊ねるなど。
この半年の逃亡生活のうちに虹丸たちは思考や知覚を共にしながらも、お互いに会話するようになっていた。
身体が分かれていることへの違和感を少しでも和らげたいからか?
感覚を共有していても別人のように振る舞うのだ。
まるで一人芝居だった。
「ああ」
虹丸が答えた。
洞窟の中で無数の影が動いた。
どの虹丸も眠れないのだ。
「元に戻りたい」