19
右手で柄を握ると、凄まじい速さで鞘から抜いた。
「ぎゃっ!!」
五平が叫ぶ。
いったい、長刀がどのような軌道を描いたのか?
静香の居合いは今までの人生で一番の冴えを見せて、五平の股間を斬った。
五平は後方に倒れ、転げ回った。
静香の母は真っ青な顔で身体を動かすことさえ出来ず、只々、静香を見ている。
静香は初めて人を斬った。
その動揺も彼女の怒りを静める役には立たない。
激しい憎悪のこもった瞳が母をにらみつける。
静香の頬を伝うものがあった。
涙だ。
何故、涙が出るのか静香本人も分からなかった。
「静香」
娘の涙を見た母が、ようやく口を開いた。
母の声が自分を呼んだとき、静香の感情が爆発した。
踵を返し、家の外へと飛び出す。
泣きわめきながら、走った。
どこへ行くのか考えてはいない。
とにかく、少しでも離れたい。
めちゃくちゃに走り続けた。
どのくらいの時が経ったろうか?
息を乱し、足の力も尽き、静香は転倒した。
山の麓の森の中で伏せたまま、静香は泣きじゃくった。
その日、猟師の新吉は運に見放されていた。
いつものように鹿を狩るために山中に入り、新吉だけが知る狩り場へと向かう途中、山道から足を滑らせ転げ落ちたのだ。
幸いにも命は取り留めたが右脚をしたたかに打ち、自由に動けなくなった。