〔5〕
「クヨウ! 生きて……?」
クヨウは切っ先をムゲンに向けたまま、レンカを助け起こした。
「許せよ、レンカ。早く助けてやりたかったけど、ムゲンは強い。完全に油断するまで、動けなかったんだ」
左腕の無いムゲンは右手だけで器用に刀を鞘から抜いて構えると、口元を歪める。
「貴様、なぜ生きている? 臓腑を撒き散らすほど深く胴を払ったはず。だが傷が……まさか!」
何かを悟り、狼狽えるムゲンをクヨウが笑った。
「幽鬼の動きを止めるには、首を落とすか心臓を断つしかない。しかし、それでも完全に殺す事は出来ない。復活を阻む事が出来るのは、日の光だけ。急所さえ逃れれば、人にとっては致命傷でも鬼は癒えてしまうと知っているだろう? そう……俺はもう、人間では無い」
一ヶ月前、任務時に別行動を取ったクヨウは、レンカとムゲンから離れた場所で一体の幽鬼と遭遇し、殺さずに捉えておいたのだ。
「お前と互角に戦い勝つために俺は、人間を捨てるしか無かった。幽鬼に噛まれれば自らも鬼になる。鬼になった俺は女を囲い遊び人の振りをしながら部屋に引き籠もり、日の光を避けて、お前が正体を現すのを待ったのさ。女には可哀想な事をしたが、地獄で詫びる事にするよ」
「ほぅ……最初から俺を疑っていたのか?」
「お前を疑っていたのは、御館様だ。御館様は俺を逃がす際にムゲンに気をつけろと言った。その言葉に疑問を持った俺は、御館様が何を調べていたか突き止め、引き継いだ。御館様は、出会い茶屋や遊郭で行方不明になった女達を調べていた。そして、見え隠れするお前の存在に気が付いたんだ」
「さすが、御館様が目を掛けた逸材。さもなくば、レンカ姫の許婚になどしないと思ったわ! あの夜、貴様には毒を盛ったが生きて帰るとはな!」
言い捨てざま、ムゲンは大きく踏み込みクヨウの首めがけて刀身を振り切った。紙一重で避けながらクヨウは身を屈め、腕の無いムゲンの左に回り込む。両手に構えた刀に渾身の力を込め胴を払うも、浅い。
瞬時に身を翻したムゲンが打ち下ろす刀身を鐔で受けた。
人の身であれば力も素早さも敵わない所だが、鬼化した身体なら勝てる。
じりじりと鍔迫り合いしている間に、幽鬼と化したかつての使用人がレンカに襲いかかった。
「レンカ! 戦え! 足手纏いと言ったのは嘘だ、お前は強い!」
クヨウの呼びかけで、レンカは刀を手に取った。
躊躇う事無く幽鬼を斬り払い、クヨウの元に駆け付ける。
「レンカ、お前をムゲンに近付けたくなかったから……」
無言で頷き、ムゲンの背後に回ったレンカは太刀を捨て脇差しを抜いた。レンカの意図を察したクヨウは、柄を握る手を僅かに滑らせムゲンの太刀から逃れると、一足に後方に退く。
前後同時に斬り掛かる、と、予測させ動いたのはレンカが先だった。ムゲンはレンカなど相手にせず、大振りの太刀をクヨウに振り上げる。だが、その身体が大きく仰け反った。
「……っ!」
ムゲンの背、心臓の位置に深々と突き刺さった脇差し。
刀身の刃を上向きにし、槍の如く投げられた脇差しが見事急所を突いたのだ。
隙を逃さずクヨウはムゲンの片足を払う。背から地に沈んだムゲンの胸に、重みで刀が突き抜けた。
「御免!」
クヨウの刀身が、ようやく顔を出した月に煌めく。
鈍い音と共に、ムゲンの首が、宙に舞った。