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第八話 支援魔導士、オークとタイマン勝負する


「スキルアップデート、来ました」


 サラが神妙な顔つきで言った。僕はあまりの驚愕にお口をあんぐりである。

 彼女が登録したのは4日前だ。いくらなんでも早すぎた。


「……えっと、過去どんなに早い人でも最初のスキルアップデートが来るまで二週間は掛かってるんだけど」


「ええ!? どういうことですか?」


 彼女の記録は、探索者ギルドの最速記録を今、大幅に塗り替えてしまったのだ。

 僕は真っ先に自分のスキルの効果を考えた。全能力強化がどういう意味合いなのか、分かってきた気がする。

 そう言えば、ライオル達のスキルアップデートも通常より早かった。

 ミカだって三週間でレベル2に到達していたし、その記録は今までの歴代2番手だった。レベル9到達に至っては最速である。


「文字通り、全能力を強化する……?」


 だとしたら、このスキルは想像以上にとんでもない物だということだ。

 僕が一週間断食していた状態でしばらく動けていたのも、スキルの恩恵で総合的な能力が上昇していたからなのかもしれない。

 因みに筋トレ後の筋力値は10上がっていた。


「どうしました?」


「うわっ」


 思わず固まって考え込んでいた僕の顔を下から覗き込んで来るサラ。僕はその距離の近さに思わず飛び退く。

 ……人との距離感というのも今度教えよう。心臓に悪い。


「あの、驚かせちゃいました? ごめんなさい」


「いや、気にしないで。それより早くアップデートしてみな」


 眉を下げて謝ってくるサラに、僕はそう提案する。

 今回の出来事で、少なくとも”経験値”の吸収量が上昇していることはわかった。

 経験値とは最近になって学会で提唱された理論の中で、存在が予言されている物である。

 この説自体はずいぶんと昔からあったのだが、十年くらい前までは相手にすらされていなかった。

 ところが最近になってその説を裏付ける証拠が次々と見つかり、急激に研究者達の支持を得ている。

 と、まぁうんちく語りはここまでにして彼女のスキルアップデートを見守る。


「……っ」


 探索者証のスキルアップデートの確認欄をタップした彼女の体が淡く光りだす。ごく普通のスキルアップデートだ。

 僕がレベル2に上がるのには半年近く掛かったので、僕は彼女が羨ましくてしょうがない。心の中で血涙を流しながら彼女のアップデート完了を待つ。

 三十秒ほどして光が治まると、彼女に再びステータス欄を確認するよう促す。

 

「わぁ、やった!」


 ようやくレベルアップに実感が持てたようで、飛び跳ねるように喜ぶサラ。自分の時を思い出しながら微笑ましい目で見守る。


「じゃあ、もうクエストは達成しているし、まだ昼過ぎだけど切り上げて戻る?」


「もう戻るんですか? 私はまだ続けても……」


「レベルアップの報告をしにいくんだ。実は僕も先日スキルアップデートが来て、まだ報告してなかったんだけど二人同時に行ったら時間がかかるかなって」


「あ、そういうことなら!」


 僕はそう説明して彼女に納得してもらったところで、地上に戻ろうと回れ右をしたのだが……。


「まてぃ!!」


 それに待ったを掛ける者があった。

 すごく聞き覚えのある声に恐る恐る振り返ると、やはり一昨日会ったオーク達だった。今声を上げたのは子分のほうだ。


「「……」」


 僕たちは二人揃って固まる。この後に及んで何かあるのだろうか?


「オ、オークさん、こんにちわ……」


 サラはあの一件でオークに苦手意識を持っているようだが、ビクビクしながらもあいさつを返している。


「あ゛あーん?」


「ごごめんなさいっ」


 するとオーク達は彼女を鋭く睨みつける。まだ根に持っているようだ。

 サラはそんな視線に、しゃがみ込んでブルブル震えだしてしまった。


「あの、まだ何か彼女に用ですか? もしそうなら僕が代わりに……」


「いいや、今日はお前に用があるんだ」





「なんで僕があなた達と勝負をしなきゃ行けないんですか……」


 僕はオーク達の後を付いていき、迷宮では珍しい広い部屋状の場所まで連れて来られていた。

 僕への用と言うのは、勝負をしたいと言うことらしい。


「あー、それはだな。んー、……一昨日殴っただけじゃ鬱憤が晴れなかったんだ! そういうことだ」


 明らかに今考えた様子のオークに僕は思わず半目になる。


「……」


「とにかく勝負しろ! 拒否権はない!」


「ええ……」


 理不尽である。まさに暴君が如き振る舞いである。

 僕は正直気が進まないのだが、またサラに彼らのヘイトが向けられるのも嫌なので素直に従うしかないのだった。


「よーし、ルールは先に膝を付いた方が負けだ。いいな? ワザと膝を付いたりするなよ? 絶対だぞ?」


 僕がやろうとしていたことを先回りして潰されてしまった。真面目に戦うしかないようだ。


「いざ尋常にぃ! 勝負!」


 子分オークの合図で試合が始まる。するとすぐにアニキオークの方から僕に向かってきた。


「ぐっ」


 かなりの速度で迫ってくる彼から勢いよく蹴りが繰り出される。予測は出来ていたのだが僕の今のステータスでは反応しきれずお腹に思い切り食らってしまった。

 僕は痛みともなんとも言えない激しい苦痛感に顔を歪める。

 すると、オークはそんな僕の反応が予想外だったのか驚きの表情になった。一体どういうことだろう。


「お前、一昨日は傷一つ付かなかったのにどういうことだ」


 あっ。


「……」


 まずい。一昨日はスキルを使って体を強化していたのだ。

 すっかり忘れていたが、このままでは全力じゃないことがバレてしまう。


「いや、それは」


「……お前、スキルを使ってないな?」


 僕は咄嗟に誤魔化そうとしたが、その前にオークに原因を言い当てられてしまった。


「ええ、その、はい……」


 このまま誤魔化し続けても無駄だろうことは容易に想像できるのでそれを仕方なく認める。するとオークは僕の襟首を掴むと僕を睨みつけながら言った。


「使え。本気で戦え!」


 迷宮オークはプライドが高い。僕が全力を出さなかったことを侮辱されたと感じたのだろう。

 

「……わかりました」


 僕がそう了承の意を伝えるとオークはパッと手を離す。僕は尻もちを付いた。

 オークは僕から少し離れるとそこで立ち止まりこちらを見ていた。どうやら僕がスキルを使うのを待っているらしい。

 土に汚れた尻を叩いてそれらを落としながら僕は自分にスキルを掛ける。


「!?」

 そして先程のオークのようにいきなり攻撃を繰り出した。

 強化されたステータスを存分に利用し一気に距離を縮め、拳をオークの胸に叩き込む。

 

 ドンッ! 


 と大きな鈍い音を立ててオークの体が宙に浮く。そのまま壁に向かって吹っ飛び、激突する。

 オークは壁に叩きつけられ、そのまま背中を預けながら崩折れる。膝は地面についていた。


「うっぐっ……」


 オークは手で胸を押さえ、苦しむようにうずくまる。


「……大丈夫ですか」


 僕はとりあえず手を差し出す。彼はその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。


「あの、不意打ちしてごめんなさい。まだ続けますか?」


「いや、俺の負けだ」


 僕はそう提案したのだが、オークはそこで負けを認めた。僕が理由を問うと、オークはまだ苦しげな表情で答えた。


「俺はあのとき油断なんかしていなかった。お前の動きを見逃さないように、集中していたんだ。でも反応出来なかった。お前の動きが早すぎたんだよ」


「つまり?」


「俺の全力でお前に負けたってことだ」


「はぁ……」


「一応、お前の勝ちだ。なにか欲しいものとかはあるか? 迷宮にあるものだったら持ってきてやる」


 欲しいもの、か。今のところないな。


「いえ、特にそういうのはないです。わざわざ報酬なんて……」


「なら分かった。お前たちがこの迷宮で本当に困った時、一回だけ手を貸してやる。おい、そこの女! お前もだ」


 オークが今まで無言で一連の流れを眺めていたサラに声を掛ける。彼女はビクリと肩を震わせると、慌てて返事した。若干声が上ずっている。


「とりあえず()()()()した。じゃあな」


 アニキオークはそういうと子分オークを引き連れてあっさり去って行った。


 ……何だったんだ。


 僕とサラは二人揃って口を開けて呆けるのだった。





 ――迷宮、中層域にて。


「おい、起きろ」


 ライオルが皆にそう声を掛ける。

 まだ寝ていたミーナとガレ、ミカは目をこすりながら起き上がる。


「んー、おはよ。出発するの?」


「ああ、準備しろ。いよいよ深層に潜る」


 ミーナがあくびをしながら聞くと、ライオルはそう答えた。


「……」


 ガレは黙々と準備を始めている。それを確認するとライオルは今度はミカの方へ行った。


「ミカ、傷の状態は」


「……なんとか歩けそう」


「じゃあ、歩いて付いてくるだけでいい。クエストは俺たちだけでなんとかしよう」


「……はい」


 自分を気遣う様子を見せるライオルに、彼女は悲しげな表情で返事をするのだった。

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