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第七話 支援魔導士、新人少女をパワーレベリングする


「はぁっ、はぁっ……はっ、はぁっ」


 気づけば朝になっていた。部屋に取り付けられた窓からは気持ちのいい朝日が差し込んでいる。

 僕はまったく気持ちよくないが。もう腕の感覚が無い。それに、せっかく風呂に入ったというのに、体中汗でびしょびしょだった。

 僕は床に倒れ込む。ひんやりとした感覚が今の僕にはとても心地良かった。


「……耐えきった」


 迫りくる本能から、一晩中逃げ続け、ついぞ逃げ切ることに成功したのだ。

 僕は謎の達成感に実を委ねる。僕は、やりきったのだ!


「んんっ」


 と、そこでサラが目を覚ましたようだ。彼女は起き上がると軽く伸びをしてあくびする。

 まだ眠そうな瞳軽くこすって辺りを見回している。

 僕のことを探しているのだろうか?


「あっ、おはようございますっ!?」


 やがて、ベッドの横で床に突っ伏す僕を見つけ、挨拶してきた。次の瞬間、目を見開き驚愕の表情になる。


「どうしたんですか、すごい汗ですよ!?」


 眠気など吹っ飛んだかのように跳ねるようにベッドから出ると僕の元まで駆け寄ってくる。


「おはよ」


 僕はそんな彼女に笑いかけながらあいさつを返した。とりあえず仰向けに体勢を変える。立ち上がる気力は残っていなかった。


「……何やってたんですか?」


「筋トレ」


「……」


 あなたに欲情してましたとか言えない。サラは変なものを見るような目で僕をみている。

 まぁ、性犯罪者として見られるよりはマシなので良しとする。


「とにかく、下で朝ごはんを食べませんか?」


「ああ」


「じゃあ、早く起きて、行きましょう。ほら!」


 彼女が手を差し出してくる。だが、僕はその手を掴むことはしなかった。

 否、掴めなかった。


「あれ、どうしたんですか? 早く行きますよ!」


 訝しげな顔をしたサラがそう急かしてくる。だが、やはり手を動かすことはできないのだった。


「どんだけ筋トレしてたんですか……」


「腹減った」


「そりゃぁ腹も減りますよ! って、ヨータさんご飯最後に食べたのいつですか?」


「一週間前」


「何やってるんですか!? ご飯も食べずに筋トレなんかしてたら、そりゃあ立てなくもなりますよ!」


 そう、一週間前だ。今まですっかり忘れていた。僕の視界が急にぼやける。頭がぼんやりして、思考が定まらなくなる。


「ちょっ、ヨータさん? ヨータさん、ヨータさーん!」

 サラがなにか言っているが、声がどんどん遠のいていく感覚がしてよく聞き取れない。

 僕の意識はそこで途切れた。





「ヨータ君、無理しすぎだって! 一週間飲まず食わず、そんな状態なのに徹夜で筋トレとか馬鹿じゃないの!?」


 僕は食堂にてナギサさんに説教を受けていた。何も言い返せません。はい。

 倒れた僕を一生懸命サラが運んできてくれたそうだ。現在は介抱されて椅子に座らされていた。


「ヨータさん、はい、あーん」


 横でサラがお粥の入ったお椀を片手にスプーンでそれを掬って僕の口に運んでくる。僕はそれに素直にしたがってあまり味のないそれを飲み込むのだった。

 僕が少し不満そうな顔をしていたからか、それを見たナギサさんが注意してくる。


「とにかくいきなり固形物なんか食べたら胃がびっくりしちゃうからしばらくだめ!」


「はい」


「それと、今日は絶対安静! 食べ終わったらさっさと休んでね」


「はい」


「……本当にわかってるの?」


「……わかってます」


「なんで間があったのかしら」


 ナギサさんは半目で睨みつけてくる。僕は軽く目をそらしながらそれを誤魔化した。


「いえ、わかっていますよ」


 この分だと今日は宿から出ることは叶わなさそうである。

 今日は支援魔法スキルの性能をもっと詳しく確認するつもりだったのだが、残念だ。

 お粥を全て食べ終わったあとは、サラが寝ていたベッドに寝かされる。

 一応歩けるようにはなっていたため、流石に自分の足でそこまで行ったが。

 結局一日がしょうもないことで潰れてしまったのだった。





「よし、回復!」


 一日ベッドで休んでいた僕はすっかり体調が回復していた。予想していた筋肉痛はすぐに収まり、もうピンピンしている。

 ステータスが上昇したためか、治りが早くなっている。僕はレベルアップの恩恵をはっきりと感じていた。


「……準備出来た?」


 僕は隣でせっせと作業をするサラに声を掛ける。これから迷宮に潜るのだ。


「はい、できました! 今度こそ行きましょう!」


 一通り装備し終わった彼女は、立ち上がると目をキラキラさせながらそう言ってくる。

 希望に満ち溢れた目だ。眩しい。

 今日は彼女との初クエストに望むつもりだ。しかし、彼女はおととい登録したばかりの初心者だ。簡単なクエストしか受けるつもりはない。

 部屋を出て鍵をしめると、僕たちは迷宮に向けて出発するのだった。

 

「えっと、いろんなクエストがありますね! どれにしましょうか……」


 いったん本部へ寄り、クエスト掲示板を物色する。

 ここには迷宮に関する依頼すべてが集められ、張り出されている。他にも街での雑用なども扱っているが、そちらは不人気だ。

 よっぽど暇で手が空いてない限り受けるやつはいない。


「……君にはこれがちょうどいいんじゃないかな」


 今日もたくさんのクエストが張り出されていたが、その中からちょうどいい奴を見繕い彼女に提案してみる。

 僕が選んだのは、


 ”ダンジョンワームの討伐”


 だ。

 しかし、それを彼女に見せると、途端に顔を青くして、ぷるぷるしながら首を振られて拒否されてしまった。


「私は虫が苦手で……」


 とのことだ。

 仕方がないので、初心者用クエストとして最もよく選ばれるスライム討伐を結局選ぶことになった。

 ……ちなみに僕は先週までこれに苦戦するほど弱かった。本当に情けのないことである。

 彼女はスライムなら大丈夫らしい。基準が謎だ。

 人の好みと言うのは本当にわからない。


「はい、承りました」


「初めてのクエストですね! 頑張ります!」


 掲示板から引っ剥がした依頼用紙をカウンターに持って行き受注処理をしてもらう。

 ……いよいよパーティー結成初のクエストだ。僕は気合いを入れ直すと迷宮へと向かうのだった。





「えいっ、とぅっ! はぁっ!」


 彼女の一閃が容赦なくスライムを両断する。覚醒した支援魔法の威力は絶大だった。彼女は初心者なため、当然レベルは1だ。

 ちょうど一週間前の僕のステータスと同じくらいだったので今の彼女のステータスなら本来、スライムに苦戦するはずである。

 しかし、僕の支援魔法スキルを使った所、動きが格段に良くなったのだ。今ならゴブリンぐらいでも難なく倒せるだろう。

 僕は彼女が倒したスライムから魔石をひたすら回収する。

 もうすでに依頼にある分量は達成していたが、まだ倒し続けているため、すでに初心者とは思えないような報酬額になっている。


「ヨータさん! これすごいですよ! 体が軽いです」


 スライムまみれになった彼女がこちらへと向かってくる。ずいぶんと嬉しそうだ。……彼女には帰ったらすぐさまお風呂に入ってもらおう。

 スライムの臭いはなんとも言えないが、なんか好きじゃない。

 こう、青臭いのだ。少なくともあまり嗅いでいて気持ちのいい臭いじゃない。


「ああ、やっぱり全能力二倍は凄まじいな。今まで封印されていたのもわかるよ。……なんで封印されていたのかまではさっぱりだけど」


「ヨータさんのこのスキル、元々の効果じゃないんですか?」


「元々の効果はこれの5分の1しかなかったよ」


「なんで急にこんなに強くなったんですか! すごいです」


 サラにキラキラと羨望の眼差しで見つめられる僕。まったくすごくない理由なので、どうとも形容のしようがないのだった。


「やっぱり本当にステータスが二倍になってる、信じられません!」

 

 そう無邪気に喜びながら自分の探索者証を覗き込んでいるサラ。

 僕はそれを生暖かい目で眺めていたのだが、彼女が唐突に、


「あっ」


 と叫び声を上げる。


「どうしたの?」


 僕が聞くと、彼女は寄ってきて自分の探索者証を見せてくる。

 本来、他人にステータスを見せる行為は推奨されていないのだが、彼女に見ろと急かされたために仕方なく覗き込む。

 

「ええっ!?」 


 それを見て僕も思わず声を上げてしまった。


「スキルアップデート、来ました」


 サラが神妙な顔つきでそう言った。

 ……信じられない。早すぎる。

 



 迷宮の深部。上も下も、右も左も曖昧な場所にて。


「ふーん、で? その男は強かったの?」


 容姿端麗、しかしどこか無機質さを感じさせる男が自分の前に跪くオークに聞いた。


「いえ、以下にも底辺冒険者と行ったふうの見た目、雰囲気でした」


「なのに、攻撃が一切通らなかったの?」


 男が再びオークに問う。


「アニキの腕力なら普通は大怪我じゃすまねぇ! なのにあのガキ、まったく動じてなかったし、痛がりもしなかった! おかしいぜ!」


「おい、お前は敬語が使えないなら黙っていろ! ……その男は尋常じゃない防御力です」


 アニキオークは静かに迷宮表層部であったことを語った。


「ふーん。じゃあさ、試して来てよ」


「は?」


 突然の指示にマヌケな声を漏らすオーク。


「なんか強そうじゃん? 実際に本気で戦って見れば実力だって分かるだろう」


 そう言って、どこか狂気を孕んだ笑みを浮かべる男の頭には、角が一対、生え揃っていた。






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