第六話 支援魔導士、新人少女と寝泊まりする
「ヨータさんが謝りたかった相手ってナギサさんのことだったんですね!」
「……ああ」
「ナギサさんすごく綺麗で、優しくて、とっても素敵だと思います!」
「……ああ」
「私もナギサさんみたいになりたいなぁ……って聞いてます?」
「……ああ」
僕はサラが借りてい部屋にいた。落ち着きのあるシンプルな内装が特徴だ。ここの宿の他の部屋が満室で、彼女の厚意によりここで泊まらせてもらえることになったのだ。
現在、その部屋で真ん中に据え置かれた純白のキングサイズベッドに僕は腰をおろしている。
……キングサイズベッドが一つだ。
もう一度言おう。この部屋にはベッドが一つだ。
僕は放心状態だった。隣でサラがなにか言っている気がするが何も聞こえていない。
ああ、聞こえない。何も聞こえない。
やましいことがあるわけではない。下心があったわけでもない。
特になにかあるわけでは無いのだ。
そう、何もない。何も――
「ヨータさん! ヨータさん!?」
「はっ! ここは何処! 私はワカメ!?」
サラに大声で呼ばれて、我に返る。彼女の方を向くと、呆れ果てた様子で半目になって僕を見ていた。
「どうしたんですか、なんか様子がおかしいですよ。なにを話しかけてもナマ返事ですし」
「ごめん、ちょっと疲れてた」
「あっ、一週間も迷宮に居たんですもんね。そういうことなら早く休まないと!」
適当に理由をでっち上げたのだが、サラはすんなり納得してくれたようだ。純真である。
すっかり心が薄汚れてしまった僕には、彼女がとても眩しく見えた。
サラは僕を心配そうな顔で眺めていたかと思うと、なにか思い出したように顔を輝かせる。そして彼女は僕にこう、提案してくるのだった。
「そういえば、この部屋にはお風呂があるんです! お風呂に浸かって、体が冷めないうちに寝れば、きっと疲れも取れますよ」
「お風呂か、そういえば実感はないけど一週間もはいってなかったな」
今更その事実に気づき焦り始める僕。今の僕は老廃物が体中にこびりついたえんがちょ野郎じゃないか?
「じゃあ、すぐに入ってください! もうお湯は張ってありますから、お先にどうぞ!」
準備がいいな。仕方がない、ありがたくお先に……お先に?
待て、お先にってことは彼女も入るのか? いや、彼女がこの部屋を借りているのだ。むしろ入っていないほうがおかしい。
僕が先に入った場合、お湯はどうなる。
いや、答えはわかっている筈だ。こんな純粋な少女を僕の不純物で汚すわけにはいかない! ここで僕が選択すべきことは――!
「いや、ここは部屋主の君が先に入るべきだ。年下の子に何から何まで融通してもらうなんて、情けないよ」
僕がそう言ってやんわり断ると、サラはそのぱっちりした愛らしい目をぱちくり瞬かせて、次の瞬間、にっこり笑顔になる。
「そうですか? ならお先に入らせてもらいますね! ヨータさんもちゃんと入ってくださいね!」
彼女はそう言ってお風呂のある方へと向かおうとする。と、僕はとあることが気になって彼女を一旦引き止めた。
「? なんですか?」
不思議そうな顔をして振り向いたサラに、僕は疑問をぶつけた。
「そういえば君って何才なの? 勝手に年下だと思ってたけど」
自分は十二歳の時にライオル達と共に迷宮街へやってきたから、彼女もそうだと思いこんでいたのだが、探索者になるのに基本的に年齢制限は存在しない。流石に子供は登録出来ないが、上限は存在しなかった。
彼女は子柄で童顔なため、僕の目には幼く映る。だが、年上の可能性だってゼロじゃない。
彼女は僕の質問を受けて、ああ、と得心がいったように頷くと、快く応えてくれた。
「年ですか? 私は十四歳ですよ! ……では!」
年近っ! 流石に年上ってことは無かったが、僕と一つ違いだ。
彼女はトトト、と軽い足音を立てて細身の体を軽く揺らしながら浴室へと消えていった。
部屋には僕のみが取り残される。
「……」
しばらくサラが去っていった方を見つめて……頭を抱えた。
まずい、この状況はかなりまずい。
まずなんでベッドが一つしかないんだ!?
ここって二人部屋だよな? でもベッドが一つしかないってそういうことだよな?
いや、なにを変なことを考えているんだ僕は。やましいことなんか何もないんだ。たまたま二人用のキングサイズベッドの部屋を彼女が借りていて、そこに厚意で泊めてもらっているんだ。
変な意味など存在しない! しないんだ落ち着け僕!
ベッドに頭をバンバン打ち付ける。それで頭の中からおかしな妄想が離れることは無かった。
◇
僕が鋼の忍耐でサラが戻ってくるのを待っていると、30分ほどして彼女が戻って来た。
お湯上がりでさっぱりした様子の彼女からは、湯気が立ち上っていた。
「ヨータさーん! お風呂あがりました! 次、どうぞ」
しっとりとした髪の毛を手ですきながらこっちへと向かってくる彼女の姿は――、
裸だった。
「ブッハェッハァ!!」
僕の鼻から鮮血が吹き出た。慌てて鼻を抑え、そっぽを向く。
全裸、生まれたままの姿。一糸まとわぬその裸体に、僕の毛細血管はたえられなかったようだ。
控えめだが、ふっくらとした双丘に、腰までなだらかな曲線を描いている胴体にはしっかりとくびれがある。
下に目を向けると、思わずスリスリしたくなるようなスベスベの太ももが……!
ちょっと視線を上に戻すとアレも生えてない綺麗な(以下略
以上が先程の数秒間に見たものである。
「服! 服着て!」
僕は必死に彼女から目を逸しながら服を着るように言った。すると、彼女は自分の今の状態にようやく気付いたのか急に顔を真っ赤にして慌て出す。
「あっ! えっ? わわわ……」
彼女は胸を隠してしゃがみ込む。しかし、その体勢だと見えてはいけないところがって見るな! 静まれ僕の煩悩!
「すみません、ついいつもの感覚で……」
しゃがんだまま上目遣いで彼女はそう言ってくる。
いつもって、いつもは裸で部屋の中を移動してるのか。この子本当に大丈夫かな? 僕、実は男と認識されてない?
それはともかく服早く着ろ! 僕はいつまでもしゃがんだままの彼女にそう念を送り続ける。
◇
「お恥ずかしい限りです。見苦しいところを見せちゃいました」
ようやく服を一枚、上から羽織った彼女がそうはずかしげに謝ってきた。
「気にしてない。断じて気にしてないからね」
僕はそう自分に言い聞かせるので精一杯だった。この子は無防備すぎる。
こんな事ライオルのパーティーにいた時は経験したことがない。
拠点の部屋は分かれていたし、何よりミカ達のガードが硬かった。よって、僕はこういったものに耐性が全く無いのだった。
「えっと、お湯が冷めないうちにどうぞ」
サラがそうおずおずと申し出てくる。僕としては早くこの場を離れてしまいたかったので、素直に承諾するとそそくさと浴室へと向かうのだった。
「……」
洗面所まで来た僕は汗で煮染めた服を全て脱ぎ、浴室に入る。すると、彼女が使ったであろう石鹸の芳香が漂ってきた。
なんの香りかはわからなかったがなんとも言えないいいニオイだ。
ここをさっきまで彼女が使っていたのか。
と、先ほどみたサラの一糸まとわぬ姿が再び頭の中を支配しかける。
「煩悩、たいっさぁん!」
僕はそれらをむりやり頭の片隅に追いやると、自分の体を洗い始める。
案の定、体の汚れはすごいもので、僕は念入りに各所を洗っていく。
そうして僕が股間を洗い始めた時だった。
タッタッタッ、ガチャ。
そんな音がして浴室の扉が開く。
「ヨータさん! なにかあったんですか!?」
サラだった。なぜ開けたし。なぜ開けたし……!
「え、どうしたの!? 僕はどうもしてないけど……ちょ、閉めて閉めて」
彼女は僕のお願いに慌てて扉を閉めると、摺りガラス一枚を挟んで僕に話しかけてくる。
「ヨータさんがなんか叫び声を上げていたのでなにかあったのかと……」
「ああ、それね。なんでもないよ」
今回に関しては自分のせいでしたー。自分も自分でおかしな行動が目立ってしまっているようだ。反省しないと。
「とにかく、大丈夫だから気にしないで」
「ならよかったです」
僕がそう伝えると、彼女は安心したようでゆっくりと部屋の方に戻っていった。
僕は深く息を吐くと、体に付いた泡を洗い流し、ゆっくりとお湯に浸かる。
……途中でお湯に関して変な想像もしたりしたが、なんとか自分の相棒を抑え込んだ。
◇
湯からあがると、自分の少ない荷物から着替えを取り出す。シンプルなシャツとズボンを履くと、洗面所から出た。
部屋に戻ると、サラは既にベッドに横になっていた。近づいて確認すると、もう寝てしまっているようだ。
「どうしよう……」
ここで問題が発生した。何処で寝ればいいのか問題である。
彼女の両脇にはしっかり一人分空きスペースがある。だが、彼女が真ん中に寝ているばかりに、かなりの密着状態になるのは必須であった。
僕は打開策を思考する。
「うん、思いつかない」
この部屋にはソファなどは置いていなかった。寝るならこのベッドで寝るしか無いようである。
僕は試しに彼女の横に滑り込んでみる。かなり近い位置に彼女の後頭部があって、そこからは先ほどの石鹸の香りが漂ってきた。
僕はなんだか落ち着かないので一旦離れようとする。が、サラが急に寝返りを打った。
それにより彼女が僕に覆いかぶさるような形となり、僕は身動きが取れなくなってしまった。
彼女の顔が目の前にある。息遣いがすぐそこで感じられて、彼女が美人であることも相まって胸が高鳴る。あと、いろいろなところが僕に当たっている。正直、(僕の精神が)まずい状態だった。
改めて近くで彼女の顔を見つめると、やはり整った顔立ちだ。少し幼く見える部分もあるが、すっと通った鼻、形のいい唇、眉。ふっくらとした頬など可愛らしさを全て彼女は兼ね備えていた。
ミカとどっちが可愛いだろうか……。
思わずそんなことを考える程に彼女の顔は可愛かった。
いや、もちろんミカの方が可愛いよ。口元とか、目元とか……あれ?
でも性格はサラのほうが良いような……ミカって結構口うるさいし。じゃなくて! 僕はミカの事が……! 僕は胸が大きい方が好きだし、ミカのほうが彼女より大きい……あれれ? なんでナギサさんの顔が……。
僕はガバッっと起き上がるとサラをそっと避けてベッドから飛び出る。
「うぉおぉぉぉぉぉぉぉ、煩悩退散煩悩退散煩悩退散……」
僕はその場で腕立て伏せを始めた。
◇
一方、迷宮中層域にて。
現在、ライオルのパーティーは休憩中だ。ミカ以外のメンバーは全員寝静まっていた。彼女は一人で焚き火を眺めている。
「はぁ……」
オレンジ色の炎に顔を照らされながら、彼女は深くため息をつく。そして、ポツリ、とつぶやくのだった。
「……なんか、いろいろ負けた気分ね」
彼女は、地上の何処かに居るであろうヨータに思いを馳せるのだった。