第三話 黒ずくめ
「本当に気をつけろよな」
「はいはーい、わかってるよー」
僕が口を尖らせながら念押しすると、レウヴィスは気の抜けた返事を返してくる。本当に大丈夫かな……。
レウヴィスが僕たちと一緒に探索者をするには、ギルドへの登録は必須である。したがって、彼女のことをギルドへと報告することも避けては通れない道だ。
「……なんていうか、その……怪しいわね」
レウヴィスの装いをみて、ミカがポツリ、とつぶやく。
そう、ここからギルドまでは距離があるため、彼女のことを隠し通すために僕はある”策”を講じていた。
――変装だ。
レウヴィスのツノとしっぽは、普通の人間には存在しないから、見られてしまうと非常に不味いのだ。騒ぎになってしまうかもしれない。
「うー、暑ーい! 脱ぎたいー!」
「我慢してくれ」
「……これじゃあんまり、変装してもしなくても変わらないんじゃないですか?」
サラにも微妙な表情でそう言われてしまった。
レウヴィスは現在、上から下まで黒い布で身体全体を覆っているような状態で、今見えるのは目元だけだ。
安物なせいか、ところどころ穴も空いて、正直な話ボロ切れみたいな風体だ。
朝急いで用意したから、こんなものしか用意出来なかったんだ。許せ。
しっぽまで覆い隠せるような大きな布は、なかなか無かったし。
「このままよりはマシだから……」
脱いだら脱いだで、あの薄着だからね。ますます視線を集めること想像に堅くない。間違いない。うん。
嫌がるレウヴィスをどうにか宥めて、僕たちは部屋を出た。
「とりあえず、ギルドマスターにだけ話して対応を考えてもらおう」
迷宮街においての実質的な最高責任者。相談相手としてはこれとない相手だ。
ミカもうんうん頷いている。
「そうね……」
「ねーねー、ギルドマスターって強い?」
僕とミカで真面目な会話を交わしていたところに、レウヴィスが割り込んでくる。
「? 強いけど。それがどうかしたの?」
ミカは変なものを見るような目で彼女のことを見ながらそう答えたが、するとレウヴィスは顔を俯かせて何やら不気味に笑い出した。
なんだよ。気持ち悪いなほんと。
「へぇ、そうなんだ……。ふへへ」
……手、出すなよ?
相変わらずなレウヴィスに一抹の不安を抱えつつも、僕たちはギルドへと出発したのだった。
◇
「へー! ここがギルドかー! 無駄にでかいねぇ」
「……もう帰りたい」
「あはは……」
ギルドについた。時刻は昼過ぎになってしまった。
理由は簡単、レウヴィスが事あるごとに寄り道をしようとするからである。
僕たちはさっさとギルドに行き、彼女が人目に触れるのは最小限に抑えたかった。
しかし、子供のように駄々をこねるレウヴィスが、彼女を隠す布を脱ぐと言い出すので、仕方がなかったのだ。
いや、そのまま放り出してしまえばいいとか、五回くらい考えたりはしたけど、そのまま放っておいたら彼女が何をするか……。
彼女が地上にでてきた原因は僕たちにもあるんだし、責任は持つべきだ。
と言い聞かせることでなんとか我慢しきった。
よく我慢した。
ミカはもう目が死んでる。本来二十分も掛からないような道を二時間も掛かってようやく着いたのだから、無理もない。サラはそんな様子を苦笑いしながら見ていた。
「おー、外にいた人より全然強そうな人が多いねー」
当の本人は基にも止めない様子でギルド内をバタバタと忙しなく動き回る。
周囲からは好奇の視線が集まる。
そう、道中でもずっとこんな感じだった。げんなりする。
「おやおやー、ご来客ー? ……っとヨータ君じゃないか! ボクになんの用だい?」
受付けの人にお願いして、エントランスでしばらく待っていると、ギルドの二階へと上がる階段からそんな声がした。アレクだ。
「いや、昨日は無事に帰ってきてくれて本当に良かったよ……正直に言うとキミたち……特にヨータ君の力はギルドとして手放したくないものだからね。探索者一人一人が貴重な人材なんだ」
僕のそばまで来たアレクは、僕とミカの肩をポンポンと叩きながらそう労ってくれた。この前違って肩から変な音がしたりとかはなかった。
「ありがとうございます、本日は相談したいことがあって……」
「へぇ、もしかしてそっちの子かな? ……とりあえず奥に行こう」
察しがいい。
いや、こんな奇抜な格好の黒ずくめの人物を見れば誰でも分かるかもしれないが。
「……当てていい?」
「……何を?」
アレクに促されたとおりに、彼女の執務室へと向かう途中に、彼女からそう聞かれ、僕は思わず首を傾げる。
すると、彼女はボロ切れに身を包む人物、レウヴィスの方に向き直って言った。
「――この子。相当ヤバいんでしょ」
「えっ、いやまぁ」
「闘気っていうのかな。ボクにはこの子から途轍もないオーラが放たれているように視えているよ。きっと純粋な強さだけなら、ミカちゃんより強いんじゃないかな」
そこまでわかるのか。驚いた。
「なんてね、わざわざボクに相談するくらいだから、その時点でただ事ではないなって思っただけなんだけど! あ、オーラを感じているのは本当だよ?」
僕たちが思わず息をのむと、アレクはそうとぼけてみせた。
よくよく考えて見れば確かに誰でもわかりそうなことだけど、それでも実力までだいたい当てられてしまっているからすごい。
「それよりも、わざわざそんなもので隠しながらここに来なくちゃいけないわけだから、見た目とかに問題があるのかなーっと思ったり。……どう?」
「……あたってます」
「ビンゴか。ボクの予想だと、このボロ切れの中身が、一般人の眼に触れると大騒ぎになってしまうようなもの。例えば、――魔物とかだったりするんじゃないかなーって思ってるんだけど」
……八割当たってる。
「へぇー、凄いねーこの人。正解も正解、大正解!」
アレクに鋭い視線で見つめられたレウヴィスは感心したようにそう声を上げると、一気にボロ布を脱ぎ捨てた。
瞬間、彼女の小麦色の肌と、その問題の姿が露わになる。
「――魔人レウヴィス参上だよー!」
彼女は謎のポーズを取りながらアレクに対して名乗りをあげた。アレクはツノのある頭から尻尾のついた下の方まで、舐め回すように彼女のことを眺めると、納得したように頷いた。
「ほー、なるほどね。これは人前には出せないね」
「ワタシは気にして無いんだけどねー」
君が気にしてるかどうかは問題じゃないよ。一緒にいる僕らが困るんだよ。
「あー、いや予想通りではあったけどこの子、どうしようか。もちろん取れないんだよねそれ」
アレクはレウヴィスのツノを指差す。
「うーん、取れちゃったら逆に困るかなー。尻尾は大丈夫だけどヨータにはだめって言われたね」
「トカゲみたいだね」
そう言ったアレクの言葉を僕は否定する。
「トカゲなんかよりずっとすごいです」
そんな可愛らしい生き物の域じゃない。もっと恐ろしい生き物だ。
「へぇ、それで彼女を連れてどうしたいんだい?」
「探索者として一緒に行動したいと……」
「キミたちと?」
「そうです」
そこで一旦、言葉を切ると、僕はアレクの反応を伺う。
しかし、僅かな心配は杞憂に終わったようだった。
「そういうことならなんとかするよ! ボクとしては戦力が増えるのは大歓迎だよ! 強い探索者が増えればそれだけ迷宮の攻略も進む。拒む理由なんかないさ!」
アレクはにっこり笑うとそう言った。
僕はホッとひと息ついたが、今度はミカが話に割って入ってきて一言付け加えた。
「あ、彼女……迷宮の一番奥にいたので」
「ええっ!?」
ミカの言葉にアレクが初めて驚きの表情を見せる。
「じゃあ、キミたちは100年以上だれも踏破できていなかった迷宮を攻略してしまったってことかい? なんでもっとはやく言ってくれないのさ!」
「ああ、正確には攻略全然出来てなかったって感じです。……なんていうか、うーん、詳しい話はレウヴィスに聞いてください。彼女、詳しいらしいので」
興奮してるところ悪いのだけど、ちょっと違う。迷宮の一番奥に到達することはできたが、実は自分たちが今まで攻略を進めて来た部分は迷宮本来の構造のほんの一部分でしかなかったということだ。
なんにせよレウヴィスの言っていたことだから、今目の前にいる彼女に直接聞いてもらうのが早いだろう。
「なるほどなるほど! それならますます歓迎しなきゃ! とりあえずボクがなんとかするから今日はもう登録だけ済ませちゃおうか!」
「本当ですか! ありがとうございます」
心配はあったけど、なんとかなりそうだ。僕は彼女に感謝した。
それに続いて、当事者のレウヴィスもお礼を述べる。
「ありがとー! おばさん良い人だねぇ」
「あ゛?」
空気が凍った。
いい感じに話が纏まりかけたところで、最後にレウヴィスが特大の地雷を踏み抜いてしまった。
この後どうなるかなんて、言うまでもないだろう。
「――拳で、語ろうか」
先ほどとは打って変わって、どす黒いオーラを身にまとったアレクが、静かにそう言ったのだった。





