番外 愚か者達の末路
「クソッ」
ライオルはギルド出ると、そう地団駄を踏んだ。
クエストの失敗及び、違反行為でペナルティを食らってしまったのだ。
階級は特級から上級に格下げ、クエストの受注制限も掛けられた。名声などは地に落ちてしまった。
他の探索者達にはきっといい笑いものだろう。自信満々でクエストに出て、失敗したあげくに仲間を一人見捨てて来た情けない奴らだと。
ライオルは苛立ちを抑えきれずに、短く怒声をあげる。道端の人々の視線が一気に彼に集まった。数秒見つめられてからまた皆あるき出す。
彼も歩き出した。後ろには顔中アザだらけにしたミーナとところどころ包帯を巻いたガレが付いてきている。
どちらも、彼が怪我をさせたものだった。
ライオルは彼らをチラリ、と見やる。だがすぐに前に目をもどし、小さく舌打ちをする。
彼らはどちらも無言だ。ミーナは顔を俯かせてフラフラと歩いている。
そんなどんより、ギスギスとした雰囲気のまま、三人は拠点までの道を戻っていった。
◇
「チクショウ、あいつはぜってー許さねぇ」
部屋の中に入ってから、すぐ側のソファに腰掛けてライオルはそう悔しげに愚痴をこぼした。
ガレ達は反対側の方に腰掛ける。
「……落ち着くんだ」
ガレはライオルを宥めるように言った。
「うるせぇ! お前は黙ってろ!」
だが、ライオルは乱暴な言葉遣いでそれを跳ね除ける。
彼は貧乏ゆすりをしながらヨータやギルドへの愚痴を口から垂れ流し続ける。
「ふざけるなよ、何がペナルティだ。クソが……」
「……ともかく俺たちは失敗した上にいろいろな所に迷惑をかけたんだ。今は静かに――」
ドンッ!
ガレの言葉を遮るようにライオルが突然テーブルに拳を叩きつけた。
「だから黙ってろって言ってんだろ! 普段まともに喋らねぇくせにこういう時だけグチャグチャ言いやがって虫唾が走るんだよ……」
「……すまん」
そう言われ、ガレは押し黙る。ライオルは硬く拳を握りしめて奥歯を噛み締めたまま唸るように言った。
「ヨータのやつ、あいついつの間に……いや、今まで実力を隠してやがったんだ。今までずっと手を抜いてやがったんだ! ミカはやっぱりあいつに騙されて……おい! そうだミーナ! てめぇよくも……」
「何」
ライオルがミーナに話を振る。ミーナは今まで俯かせていた顔を少しだけ上げて、一言そう聞き返した。
ライオルは彼女の態度に腹がたったのか、声を荒げて喚く。
「てめぇ、よくもミカを置き去りなんかにしやがって……どういうつもりだ」
「しらない」
「てめぇ!」
ライオルは怒りの声をあげる。だが、そこに悲しみの感情などは存在しない。
「てめぇのせいでミカは死んだんだ! あいつ背負って逃げるくらい出来ただろうが!」
「だから、ミカがそれを拒否したんだって……自業自得じゃん」
「嘘つけ、てめぇがなんかやったんだろ」
「……」
彼がそう言うとミーナは押し黙る。
ライオルは立ち上がるとミーナの方へと向かった。彼女の服の襟を掴みあげると彼女に向かって拳を振り上げる。
「おい、なんとか言え、よ!!」
また、彼女を殴ろうとしたのだ。
「!?」
だが、その拳がミーナに振り下ろされることはなかった。
半ばまで勢いを付けられたそれは途中動きを止め、ゆっくりと降ろされる。そして、その手は自身の腹の辺りに添えられた。
ライオルは驚きの表情でミーナをみやった。そして、腹を触った自分の腕を見る。
真っ赤に染まっていた。血だ。
ぬらぬらとした赤い血が窓から差し込む光を反射して光沢が出ている。
「なんだよ、これ……」
ライオルは呆然とそれを眺めて、……再びミーナの方を見る。
彼女の腕にはナイフが握られている。それには自身の腕と同じように赤い血がべっとりと付いていた。
「ミーナ、お前」
「なによ、今までライオルの為にいろいろやってきたのに……」
ライオルがそう言うと低い声でそう呟いてから、ナイフを再び彼に突き出した。
ライオルは避けようよするが、怪我をしていて上手く躱せずにそのまま体勢を崩した。
「おい、やめっ……ぐっ」
「――あんな女のどこがいいわけ! 口を開けばミカ! ミカ! ミカのことばっかり!」
そこにミーナが跨り、彼の胸や腹を何度も刺す。
「私がずっとアピールしてたのに、ライオルはずっとミカミカミカミカミカのことしか見てない!」
「な、なに言って……ゴボッ」
ライオルは口から血を零す。
「ふは、振り向いてくれなきゃ、こうしなくちゃね……うんこうしなくちゃほら!」
グリグリと、刺したナイフを捻るミーナ。ライオルはその激痛に喘ぐことしか出来ない。声ももう出せなかった。
「おい、やめろ!」
そこで、ようやくガレがミーナを止め、後ろから羽交い締めにしてライオルから引き剥がす。
ミーナは狂ったように笑っていた。ライオルは弱々しく首を持ち上げ、それを眺める。
まだ事態に理解が追いついてなかった。
「ふは、ははは。ライオルが私のことを見てくれないなら、こうするしかないよね。ライオルだって私を殴ったんだから私だってやり返していいよね、あはは」
「……っか、……ふっ」
ライオルはもたげていた首をもとに戻し、天井をみる。彼は今になって彼女に刺されたのだと、ようやく理解した。
自分で傷口を確認する。すぐにそれが致命傷であることを理解する。
「そうよ、私がミカを置き去りにしたの。突き飛ばしてやった時……ふ、ふふ……あの女の顔、本当に面白かった……こう言ってやりたかった、ざまぁ! ってね」
「ミ、……ナ……」
ライオルは既に意識が朦朧としている。もう目も見えなくなった状態で、ミーナの声を聞いていた。
「ふ、ふひひ。私は悪くない。悪くなんかない。全部、あの女が悪いの。私を見てくれないライオルが悪いの」
誰にともなく言い訳をするように喚き散らすミーナ。彼女は無理やりガレの拘束を振りほどき、再びライオルに近づいてくる。
そして血だらけになった彼を優しく抱き上げた。
体を密着させながらライオルの耳元でそっと囁きかける。
「これでずっと私の物だね、ライオル」
彼女のそんな声を最後にライオルの意識は永遠の闇へと沈んでいった。
彼がそれを聞いて最後に何を思ったのかはもう分からなかった。





