最終話 前を向いて
「……お前の仲間、お前より強いんじゃないか?」
「いや、これはちょっと訳があって……ごめんなさいね」
三人に袋叩きに遭っていたオークのガロンは、アリサに手当てをしてもらっている。包帯でぐるぐる巻き。ちょっとシュールな光景だった。
彼女はバツの悪そうな顔で彼に謝っている。
「……ところで、ヨータもボロボロじゃないか! 君は僕が手当てしよう」
と、僕はその様子を傍らで黙って眺めていたのだが、僕の今の状態に気付いたセイジがそう言って近づいてきた。
彼にそう言われてから改めて自分の状態を確認する。
……結構やばかった。薬指なんかは骨が折れているし、全身打撲だらけだ。額にも浅くだが切れている箇所があった。
「ほら、とりあえずポーションのんで」
「ありがとうございます」
僕は素直にそれを受け取ると、一気に飲み干す。味付けがされているため、薬草のエグみや苦味などは軽減されているが、やはり美味しい物ではない。だから、一気飲みだ。
ポーションには鎮痛と、傷の治りを大幅に促進する効果がある。それらの効果が出るのは飲んでしばらくしてからなので、あとはじっとしている。
壁に背中を預けて座っていた僕に、今度はヨシヤが声を掛けてきた。
「ヨータよ、一体何があったんだ……で、彼女がミカって娘なのか」
「いえ、中でちょっと色々ありまして……ミカで間違いないです」
「色々って……まぁいいけどよ。おい、お嬢さん、大丈夫だったか」
「っはい、ありがとうございます。大丈夫です」
今度はミカに話を振り、疲れからかぼんやりとしていた彼女はビクリとしてから慌てて反応を返した。
「……疲れてるなら帰りはアリサに背負ってもらうといい」
「いえ、自分で歩けるので」
「ところで、こっちも聞きたいんですけどあなた達は一体何をやっていたんですか? なんで彼をボコボコに?」
話が終わったタイミングで自分から質問を返す。
「あー、それはだな」
「俺が説明しよう」
パーティーメンバーの三人は苦笑いをして目を逸らす。代わって手当てが終わったらしいガロンがそう声を掛けてきた。
「えっと、なんで?」
「お前が行った後、こいつらがお前のことを追って行こうとしたんだよ」
「はぁ」
「俺がそれを足止めしようとして、先に進みたきゃ俺を倒してからにしろと、そう言った」
「それで?」
「あっさりやられたってわけだ」
「……」
ホント何やってんですかね。
「あ、ああ、ヨータだけは絶対に守れってギルドマスターにも言われたしよ」
「つい、必死になっちゃって」
「ごめんなさいっ」
まぁ、何はともあれ、理由は分かったのでこの話は終わりにする。これに関してはどっちも悪くないだろう。
不慮の事故だ。
それよりも、だ。
彼にあの事を話さなければならない。
僕は、彼の主であるレウヴィスを殺したのだ。
黙っているわけにはいくまい。
「おい、そういえばレウヴィス様に会ってどうなったんだ?」
僕が口を開こうとする前に、彼の方から聞かれてしまう。
僕は言い出しにくくなってしまい、押し黙る。僕が答えないのを、彼は不思議そうな表情で問い詰めてきた。
「ヨータ、どうした」
「……」
「おい?」
再度、聞かれて僕は思い切って答えた。
「……レウヴィスは、殺した」
僕の言葉を聞いたガロンは、数瞬の間目をぱちくりとさせてから目を見開いた。言葉は、ない。
相当に驚いているようだった。
「……」
「ごめん」
僕はそんな彼に謝罪をする。そして彼の反応を待つ。
どんな事を言われるだろうか。彼は怒るのだろうか、悲しむのだろうか。そんなことばかりが頭に浮かぶ。
「違うの、殺したのは私よ」
「ミカ、いい。僕が指示したことなんだ」
ミカがそうやってまた庇おうとして来るが僕はそれを止める。黙って彼の、ガロンの反応を待った。
「……そうか」
彼の口から出たのは穏やかな声だった。
「本当にごめん」
「いや、いいんだ。レウヴィス様自身がそれを望んでいた。お前たちが気にすることはない。どうせ殺されかけたんだろう? 生物として自分の身を守るのは当然だ。気にするな」
彼は静かにそう言って、口を閉じた。アリサ達はこちらの雰囲気に呑まれたのか三人とも静まり返ってこちらを見守っている。
「あのな、俺は魔物だ。人じゃない。人の気持ちなんかわからんからそんなにしてもらっても反応なんかしようがないんだよ。やめてくれ」
ガロンはまだ僕たちが頭を下げているのを見て、そう言ってきた。僕はゆっくりと顔を上げる。
「あ、ああ」
「それだけだ。手当て感謝する、もう帰れ」
ガロンはそれだけ言うと、扉の奥へと引っ込んでいってしまった。
一瞬だけ見えた彼の横顔はとても悲しげに見えた。
◇
地上に戻ると、まだ2日も経っていないようで次の日の昼だった。
ヨシヤ達とはもう別れた。彼らには感謝してもしきれないだろう。なんせ自身らも潜ったことのない深層に無理やり潜らされたようなものなのだ。
ちなみに、今回のクエストでみんなスキルアップデートが来たようで、皆レベルが上がっていた。
そして、僕も。
レウヴィスとの戦いでかなりステータスがアップしていた。それに、スキルアップデートも来ている。
だが、今は保留している状態だ。この間はあのまま気絶して一週間も迷宮で行方不明になっていたのだ。下手なところですれば、この間みたいに倒れて最悪野垂れ死にだ。
そんなことにはなりたくなかった。
「ねぇ、どこに行くの」
隣にはミカを伴って現在、宿に戻っている最中だ。
診療所で、いろいろ検査を受けて異常がないとわかったので二人共すぐに開放された。ライオル達は既に退院したようでそこで鉢合わせる、というようなことはなかった。
「宿だよ」
「お金、大丈夫だったの? ライオル達が使い込んじゃったって聞いてたけど」
「ああ、あれは――」
実際最初はお金もなくてどうしようかと思ったけど、あの出来事があってから狩った魔物の魔石を売って、一応は事なきを得ていた。
まぁ、肝心の部屋が空いてなくてベッドが一つしかない部屋に出会ったばかりの女の子と二人暮し、というかなーり、不健全な状態だが。
なんか言ったら不味いことになるような気がして、思わずその辺の事を伏せて答えてしまった。
宿に入った時点でバレる事なのだが。
「うん、お金は大丈夫だったよ」
「そう」
彼女はそのまますまし顔になって黙って歩いていく。やはり精神的なダメージが大きかったのか、いつもの彼女とはどこかおかしかった。
本来ならもっとよく喋ってよく笑う、明るい性格なのだ。
「……ミカ、まだ何か気にしてることがあるの?」
僕は彼女が心配でそう聞いてみる。彼女はなんでもない、と小さく答えてから続けた。
「オーク、すごく悲しそうだった。本当にこれで良かったのかな」
「……」
「レウヴィスはどんな理由であれ私を助けてくれたんだから、もっと別のやり方が」
「……いいんだよ、気にしちゃだめだ。ガロンも言っていただろ? レウヴィス自身がそれを望んでいたんだって。そりゃぁ理由は分からないけど、彼は少なくとも本気だった」
「わかったわ、気にしない」
彼女はそう言ってきたが、やはり表情は優れない。どんな理由であれ、殺したのは事実なのだ。無理もなかった。
……実は僕も気にしていた。ミカにあんな事を言っておいてなんだが、やはり迷いがあった。
本当にこれでいいのか。
答えは出ない。
でも、僕たちは前を向いて行くしかないのだ。何かに躓くたびに足を止めていては、いつか行き詰まってしまう。
だから、僕は……前を向いて歩く。
二人はそれきり黙ってあるき出した。
「うんうん、私もそう思う。気にしなくていいよ!」
その時だった。
唐突に後ろから声が掛かったのは。
すごく聞き覚えのある声に、僕とミカは同時に振り返った。
「ふふ、そんなに悲しんでもらえるなんて照れちゃうなー。でも、実は私生きてました!」
……は?
僕は呆然と固まる。
目の前には、たしかにレウヴィスが立っている。手を伸ばすと、ちゃんと押し返される感触があった。
「やん、そんな所触るなんてヨータ、えっち!」
そんなことをのたまってフザケている目の前の男は間違いなくレウヴィスだ。
どういうことだよ……。
「いやー、自分が思ったよりも凄くて驚きだよ。あそこから再生するなんてね、あの時は絶対死んだと思ったんだけどなー、はは」
やっぱり化物じゃん。心臓やられて生きてる生物なんかいないよ。
あまりの驚きに声も出ない。口をパクパクと閉じたり開いてレウヴィスを見つめることしか出来ない。
「――って、なんであんたがここに居るのよ!」
「そ、そうだ。なにしれっと付いてきて!」
僕より早く立ち直ったらしいミカがそうツッコミを入れる。ミカの言葉にはっとして、僕もツッコんだ。
そもそもどうやって迷宮から出てきたんだ! 探索者証も持たず、こんな怪しい格好で引き止められない訳がない。
まさか、力ずくで……。
「ふふ、驚いてる驚いてる! 面白い」
「どうやって迷宮を出てきたんだよ! 変な事してないだろうな!」
レウヴィスが何をしているかわからない。僕は身構えて聞く。
すると彼はふざけた態度のまま答えた。
「なんか見張りみたいなのいたけどよそ見ばっかして隙だらけだし、こっそりとね! いけちゃったよ」
「「……」」
ギルド職員、だめじゃん。
僕たちが二人して遠い目をしていると、レウヴィスの方から話しかけてくる。
「ねぇねぇ、それでなんだけどこれからもヨータについて行っていい?」
「なっ、だめに決まってるでしょ!」
そのお願いにはミカが真っ先に反応した。猛反発な様子である。
「なんでー? 私おとなしくするからさ、頼むよ」
「だめに決まってるでしょ! なんで自分たちを殺そうとした奴を近くにおいておかなきゃ行けないのよ! 絶対いや!」
確かに、ちょっとお近づきにはなりたくない。本気で殺されそうになった相手がこんな事を言ってきて頷くやつなんか一人もいないだろう。
ここは丁重にお帰りいただくように言うしか……。
「……すみませんが、お帰りいただけると双方にとってよろしいのではないでせうか?」
「なんだよ、せっかくこの娘の命だって助けてあげたのに……あっ! ヨータは女がいいんだ、女!」
僕たちに拒否されたレウヴィスは不満そうな顔をしたかと思うと、唐突にそんなことを言い出した。
「えっ」
「うわっ」
直後彼が謎の煙に包まれ、視界が遮られる。
「ええっ!?」
「は?」
煙はすぐに晴れたが、そこで二度驚いた。
目の前には……。
「ほら、これでいいだろう?」
スタイル抜群の褐色の美女だった。
腰は女性らしくくびれ、臀部は理想的な曲線を描いている。
そして胸には、決して大きいということは無いが、女性の証である膨らみがしっかりと二つ存在した。
もう訳がわからない。僕は思考停止状態に陥る。
「ちょっと! あんた服くらい着てってば! ……女になれるなんてどうなってるのよ」
ミカが顔を真っ赤にして叫ぶように言う。
彼女は服を着ていなかった。僕はミカの言葉でそれにやっと気づき慌てて自分の魔導士服を脱ぐと彼女に投げつけるようにして被せた。
彼、いや彼女はそれを着込みながら不思議そうな顔をして言った。
「えー、男もなにも最初からそんなこと一言も言ってないよ? 私は、女だよ?」
何を言ってるのか全然分からん。そんな簡単に変形できるならそもそも性別不詳の方が正しいんじゃないか。
もう驚き過ぎて言葉もでない。この超生物に関して僕は考えることを放棄した。
「で、付いていってもいいよね?」
「だめに決まってるでしょ!」
「えー、一人くらいいじゃん。私一人が増えたって変わらないでしょ」
「いや……理解が追いつかないから待ってくれ」
もう動機も何もかも意味不明過ぎてまったく考えていることが分からん。
ガロンにはヨータが恋人の女の子を連れ歩いてるって聞いてたんだけど? 女の子がいいんじゃないの?」
あ。
「――ちょ、恋人ってどういうこと!? あんたいつの間に……っ」
これは不味い。
「ヨータ、私にさっき好きって言ったのは――って逃げた!」
「おーい、私も付いていっていいんだよね? いいんだよね?」
「あんたはだめって言ってるじゃない! ……ヨータ!」
もうカオスだ。もう嫌だ。もう沢山だ。
僕は耳を塞ぎ宿屋までの道を駆け抜ける。
こんなことをしても逃げられないのは分かっている。だが、いい加減に休息が欲しかった。
後ろからはギャーギャー騒ぎながらミカとレウヴィスが追ってくる。
その声は、夏の昼下がり、太陽の輝く青い空に、こだましていった。





