番外 魔人と剣士の少女 −2−
魔人は不気味な笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んでいる。
そして、私の肩をしっかりと掴んだまま、もう一度聞いてきた。
「ねぇ、ヨータって男とはどんな関係なのかな?」
「……」
私はそれに答えることが出来なかった。恐怖で声が出なかったのだ。彼から発せられる重圧に体がすくむ。
私のそんな様子をみて、レウヴィスは不思議そうな表情を作る。
「あれ、急に黙り込んじゃったね? 私はそのヨータ君のことがもっと知りたいだけだよ。教えてくれないかなぁ」
「……ヨータになにを、するつもり……なの」
彼は少し考えてから、パッと私の肩を離しまた先程の優しげな表情を造った。だが、彼の纏う雰囲気は変わっていない。
私は喉をつまらせたように、息も絶え絶えになりながら、なんとかそう絞り出すように聞いた。
「んー、やっぱり警戒されちゃうか。私は、興味があるんだ。知りたいだけだよ」
そんなことを言われても、目的が見えてこない。私は更に警戒を強めた。
「……ヨータは、ただの普通の探索者です。彼とは知人で、それ以上のことは知りません」
きっぱりと言い切る。嘘は一切ついていない。これで問題は無いはずだ。
私の答えを聞いた彼の顔をじっと見つめ、その反応を待った。
「――嘘だね」
「嘘なんかじゃないわ。本当よ」
「いいや、嘘だね」
「だから、嘘なんかじゃ……」
私の答えを聞いたレウヴィスは、そう断定した。私が反論しようと口を開くと、彼はその切れ長の瞳をスッと、細める。
「例えば、君は本当にただの知人関係なのかい? 君の反応を見た限りじゃ、もっと深い関係だったりしそうだけど」
「……」
私はそれに答えることはせずに、黙秘を続ける。
「君はなにを隠しているのかな? こっちは質問をしているだけだから、ちゃんと答えてほしいなぁ」
彼から発せられるプレッシャーが増す。私は全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。心臓が危険を知らせるように高鳴っていた。
私は負けじと彼の事を睨み付ける。
「……どういうことかな?」
レウヴィスは、威圧的雰囲気を身に纏ったまま、そう聞いてくる。
「あなたは信用出来ないわ。助けて貰ったのは感謝するけど、これ以上ヨータのことは、話せない」
「うーん、命の対価としては随分と軽くしたつもりなんだけど、だめか」
「ええ、悪いけどこれ以上はっ……、かっ!?」
私は急に苦しくなり、胸を抑える。体中を痛みが駆け巡り、その場に倒れ込んだ。
何かされた。それだけは理解出来た。
レウヴィスは悶え苦しむ私を冷たい表情で見つめている。
「な、なにを……」
しばらくして痛みが収まると、肩で息をしながら彼に聞いた。
彼は冷酷な笑みを浮かべて答える。
「いやぁ、大したことはしてないんだけどね。君を治したときに再生させた部分がまだ馴染んでないみたいだ」
すると、また先程の激しい痛みが再び襲ってくる。あまりの激痛に声を出すことも出来ない。
「……! …………!」
「はは、面白いね。まだ操れる」
彼はこちらに向かって手を差し出すようにして何かを握ってはそれをパッと離すような動作を繰り返す。彼が拳を握るたびに痛みが並のように襲ってきた。
「う、うぅ……」
「うーん、紳士的に済ませたかったんだけどなぁ。質問に答えてくれないとなっちゃ、むりやりこうして答えてもらう他ないよね」
そう言って選択を迫るように、彼は手を軽くワキワキと動かして見せる。私はそれを力なく見ることしか出来ない。
「レウヴィス様、少しやりすぎな気もしますが……」
と、私達の間にオークが割って入った。彼はレウヴィスにそう進言する。
「ふふ、彼女が心配なのかい? ガロンは随分と人間に優しいじゃないか」
「いえ、それは……」
彼はレウヴィスにそう言われ、口ごもる。レウヴィスはその反応が面白かったのか、声をあげて笑った。ひとしきり笑ってから、ガロンに指示を出す。
「分かったよ。ガロンには後で頼みたい事があるから、とりあえずあっちで待機しててくれ」
「っ、はい。了解しました」
指示を出されたガロンは奥の部屋へと消えていく。この空間には、レウヴィスと私の二人だけとなった。
「ははは、ガロンにああ言われちゃったしまぁ、これくらいにしといてあげるよ。で、もう一度聞くけど、ヨータの事で知っていること、全部聞かせてくれないか?」
「……嫌よ」
「……丁寧に聞いてるんだけどな。もしかして煽ってる?」
私がなおも拒否すると、レウヴィスは声を低くしてそう聞いてくる。
怒っている、までは行かずともすこし苛立っているようだ。
おそらく彼が本気で私を殺そうとするのなら、私は抵抗することすら叶わないだろう。ここで答えなかったら、更に酷い目にあわされるかもしれない。
私はそれでもヨータを売るようなことは出来なかった。別にドラグーンと戦った時に死んでいたようなものなのだ。私はどうなっても――。
「強情だね。……本当は自分が可愛くて仕方ないだろうに」
彼の言葉にビクリ、と反応してしまった。
「あれ、適当に言ったんだけど図星だった? ねぇ」
「違う……」
「ふーん、さっきからずっと気になってたんだけどさ、なんか君の答え方って誰かにずっと言い訳してるように見えたんだよね。もちろんただの勘だから、確証なんかないんだけど」
「……」
「でも、間違ってないみたいだね。その反応を見る限り」
彼はそう言うと、嘲るような笑みを浮かべる。
私は激昂した。
「違う! あんたに何がっ」
「語るに落ちた、ね?」
「……っ」
彼の思うつぼだった。私は黙り込む。
「なぁに、ひょっとして誰かに同じ事でも言われた? そりゃあ、君を見たら誰だってそう思うよね。
……本当は自分の事が可愛くて可愛くて仕方がない。でも、そう思われたくないから一生懸命誤魔化してるんだ」
「……」
「でも、それって結局自分のためにやってることだよね? 誰かのためじゃない」
「――あんたに何が分かるってのよ! 何も知らないくせに」
否定できないのが悔しかった。私は半ば八つ当たりするようにそう言い返す。そこに論理などは存在しない。
「何故私が君の事を知る必要が? 本質を見抜くのに全部知る必要なんかあるのかい?」
「うるさいうるさい! これ以上適当なこと言わないで! 私は、そんなんじゃ、そんなんじゃ……」
耳を塞いだ。これ以上聞きたくない。そんな惨めな私を見て、レウヴィスは心底愉快そうに笑った。
「はっは、現実からそうやって目を背けて、やっぱりそれが君の本質だよ。それは間違いない」
笑い過ぎて息が苦しくなったのか、彼は深く深呼吸をする。
「……ふう。まぁ、それでもいいや。聞いたところヨータとはそこそこ仲もよかったみたいだし、とりあえずそれだけで十分だ」
仲? そんな物はもうとっくに壊れた。今の私には何もない。一体どうしようと言うのか。
「ギルドはもう救出隊でも出す頃だろう? ガロンに頼んで、君の事をその救出隊に話すんだ。ヨータを連れてくる事を条件にね」
私はその餌と言うことなのか。顔をあげて彼の事を見る。
「君にとっても都合がいいだろう? その醜い欲を満たせるんだからさ。……まぁ君は何も悪くなんかないさ、悪いことは何もしてないんだから。安心しなよ」
追い打ちを掛けるようにそう言われ、私は再び顔を俯かせる。
そんな私に彼は最後にこう声を掛けてきた。
「君はここで餌として、そうやってずっと助けを待っていればいい。そう、まるで……」
――囚われのお姫様みたいに、ね。
私の頭からは、しばらくその言葉が離れなかった。





