第十八話 支援魔導士、絶望する
腕だ。それも、女性の。硬く握りしめられたその拳には刃が根本から折れたレイピアが握られている。
ミカは……細剣士だ。彼女の得物も、レイピアだった。
「あ、ああ」
「ちょ、まだ彼女の物と決まったわけじゃ」
加えてここは、彼女が行方不明になった場所。この腕の主は……。
「うあ……あああ」
「おい、ちょっと落ち着けって……ヨータ!」
僕を落ち着かせようと、そう声を掛けてきたヨシヤ達を押し退け、フラフラとした足取りでその腕の元へ向かう。
違う、これは彼女じゃない。これは絶対に違うんだ。だって彼女の剣にはあの石が装飾として柄にとりつけられているのだ。この腕が握っている剣には付いてなかった。
「は、はは。やっぱりこれはミカなんかじゃ……あっ」
ズルリ、と僕はその場で尻もちをつく。何かに足を滑らしたようだ。あたりには血がまだ乾いていない状態で飛び散っている。おそらくそれだろう。
「おい、大丈夫かよ」
転んだ僕にヨシヤが後ろから声を掛けてくる。
「はい、大丈夫……、?」
僕は彼に問題がないことを伝え、地に付けた両手に力を入れて立ち上がろうとして、左手に何か硬い物が当たっていることに気付く。
僕は疑問に思ってそれを手に取った。
赤黒い血に汚れて、元の色は分からないが、何かの石のようだ。加工されて形が整えられているから、宝石か何かの類だろう。
と、そこまで考えてから、あることに思い当たる。
鎮火しかけていた不安が、再燃する。
僕は震える手でこびり付いた血を拭った。血を拭きとったあとに現れたのは――
「……あの石だ」
「あの石?」
セイジが疑問の声を発する。
透き通るような紫。小さなその石の大きさは丁度僕が持つ石と同じくらい。
これは、間違いなくあの日にみんなで見つけた石だった。
「そんな、は、はは」
乾ききった笑い声が溢れる。
もう一度レイピアの柄を確認すると、この石が嵌っていたであろうくぼみがあった。
間違いなかった。不安は確信に、変わってしまった。
「あっははははは……はははは、ははは……」
僕は、ただただ笑い続ける。
この右手は、彼女の、ミカの物だった。彼女はもう――
ゴッッ!!
僕は唐突に目の前の壁に頭を打ちつける。
「はっ、オイ! 何して!」
「早く止めなきゃ、ヨシヤ!」
「分かってる! おい、ヨータ! やめろ!」
突然のことにヨシヤ達は驚いたようで、慌てて僕を止めようと走り寄ってきた。
ガッ、ゴッ! ガツン!
僕は額から流れ出た血で、視界が赤く染まっても、ひたすら目の前の壁に頭を打ちつけ続ける。
だめだ。だめだだめだだめだ。そんなことは、許せない。ミカが死ぬなんて、ありえない。
道理がない。理由がない。意味がない。
「おい、いい加減に、しろッ!!」
見かねたヨシヤに、肩を強く掴まれ、そのまま地面に押さえつけられる。
「……くっ、………ッッ!!」
僕は無言で暴れた。行き場のない怒りをどこに向ければいいかわからない。体中が熱を持ったような感覚に陥る。
「そんなことをしてもどうにもならない、やめろ」
ヨシヤが諭すように静かな声で言う。だが、聞き入れられない。納得出来ない。
「ヨータ君、気持ちは分かるが……」
「分かる!? 気持ちが分かるなら離して下さい! ほっといて下さい!」
僕は感情のままに彼らを怒鳴りつける。僕を押さえつける手をほどこうと、もがき続ける。我慢ならなかった。
「……ごめん、やっぱり分かってなかったよ。でも、一旦落ち着いて」
「――分かってないなら、適当なことを言うな! ふざけるな!」
セイジが言った言葉に、僕は更に激昂する。彼は僕が睨み付けると更に何か言おうと開いていた口を閉じると、黙り込む。
「おい、ヨータの力が想像以上に強えぞ! セイジ、手伝え!」
押さえるのが辛くなって来たのか、ヨシヤが苦しそうな声でそう言う。セイジはそれに応え、一緒に僕を押さえつけた。
「落ち着け、冷静になるんだ! まだ捜索は終わっていない! 見つかったのは右腕だけだ!」
「じゃあ早くミカに会わせてくれ! 落ち着かせてください!」
落ち着ける訳がない。冷静になんかなれるわけがない。
これで生きているというのなら、早く姿を見せてくれ。安心させてくれ。
「だから、そのミカをこれから探すんだろう!? こんなことをして暴れている間も、危険な状態かもしれないんだ! 冷静になれ! いまはまだ暴れてる場合なんかじゃない!」
「まだ生きてる? こんな状況で? 根拠は? ……ヨシヤさん、無責任過ぎますよ。あなたは僕の気持ちがわからないからそんなことが言えるんだ。適当なことを言わないでください」
「……っ!」
僕の言葉にヨシヤは黙り込んでしまう。少し力が緩んだスキを付いて、彼らの拘束から抜け出した。
そうやって再び壁の方へ行こうとして、急にアリサが叫び声をあげた。
「まって! これ壁じゃない!」
彼女は僕が先程頭を打ち付けていた所を指す。僕が足を止めてもう一度その壁だと思っていた物を確認する。
「ドラグーン……?」
僕が壁だと思っていたのは、トリコロール・ドラグーンだった。しかし、首がどれも無くなっている。どうやらこれは死体のようだ。
「死体!? なんで……」
セイジがそう驚いている。
ガレ達はこのトリコロール・ドラグーンを討伐するクエストを受けていた。そして、敗北し、逃げ帰って来たのだ。怪我をしたミカを置き去りにして。
そうだ。きっとミカは置き去りにされたあとにこのドラグーンと戦ったんだ。なら、このドラグーンが……。
「え、うそ、ヨータ何してっ」
僕はナイフを取り出し、そのドラグーンの腹に突き立てた。そして力まかせに引ききる。
一回では上手く行かなかった。だから、何度も突き刺し、切る、切る。切り裂いていく。硬い皮膚を切り開いて、奴の臓物をぶちまけていく。
ヨシヤ達は僕の行動を口を半開きにして眺めている。
ミカは、どこだ。どこに居るんだ。
僕はドラグーンの腹の中に、手を突っ込み、頭を突っ込み、ミカを探す。
だが、いくらドラグーンの腹の中を探っても、ミカの姿はどこにも見つけることは出来なかった。
「もう、それくらいに……」
アリサが恐る恐ると言った様子で手を止めた僕に声を掛けてくる。僕は逆に彼女の名前を呼んだ。彼女は少しビクリ、としながらも返事をする。
「アリサさん」
「な、なに?」
僕は静かな声で彼女に聞いた。
「ミカは、何処に行っちゃったんでしょうか。……もう、会えないんでしょうか」
僕のその質問に彼女は少し口を開いたり閉じたりしてから、慌てて答えた。
「ええと、ほら、ドラグーンに食べられて無いってことはさ! きっとまだ生きてて何処かで助けを待ってるんだよ! もしかしたら他の探索者にたすけられたのかも!」
「……」
ひょっとしたらそうなのかもしれない。そう思った。
いや、そう思うことでしか精神を落ち着かせることが出来なかった。
「だからさ、まだ落ち込むのは早いよ! みんなで頑張って探すの! いい?」
「……分かりました。先程はすみません」
「よかった……! ヨータ君、まだ希望はあるんだ、行こう」
僕がアリサの言葉に頷くと、ヨシヤ達はホッとしたように胸を撫で下ろす。
そして僕たちは再びミカを探し始める。僕は物陰などに目を向けながら、セイジに言われた言葉を心の中で反芻する。
「……」
希望はある、か。
……希望があるだけじゃだめだ。僕は彼女に無事でいてほしい。彼女がいなきゃだめなんだ。
そんなことを考えて、近辺を探し続けた。
そして、三十分ほどが過ぎたときだった。僕はある物を見つけた。ここから迷宮の更に奥の通じる通路だ。
「これは……」
「見つけたのか!?」
ヨシヤ達も寄ってくる。僕はその見つけた物を指さした。
血痕。
この通路の奥へと続いている。腕のあった血溜まりからそれは始まっていた。
「ねぇ、これってもしかして」
「ヨータ君、やっぱり彼女はまだ」
また、希望が生まれた。
◇
「……ここはどこだ」
体中の痛みで目が覚める。目を開くと明るい照明の光が目に飛び込んできた。
すると、遠くからパタパタと誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。看護婦だ。彼女は心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「よかった、目が覚めたのね。あなた、また気絶して大変だったのよ。体は大丈夫?」
大丈夫な訳ねぇだろ。その言葉は口には出さず、周りを見回す。俺はどうやらまた、ベッドで寝ていたみたいだ。今度は隣のベッドにミーナが寝かされていた。
チッ。
彼女の腫れ上がった顔をみて軽く舌打ちする。
俺が大丈夫そうなことを確認した看護婦は、俺に安静にしているように言うと、別のけが人の元へと消えていった。
……ああ、腹が立つ。
俺は、その苛立ちを抑えるように懐からある物を取り出し、握り締めた。昔から、ずっと持っていた少し綺麗ななんの変哲もない石だ。
先程、夢を見て思い出したのだ。あんなくだらない事を何故今思い出したのかは分からなかった。
俺はそれを握る手に更に力を込める。怒りを抑えるように、歯を食いしばる。
そして、誰にともなく呟いた。
「ヨータ、あいつだけは許さない」





