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第二話 支援魔導士、迷宮へ潜る


 僕は街中をトボトボと歩く。もう既に日は暮れて、明かりは部屋から漏れる光のみだった。まだ人通りは多いが、多くは家路を急いでいるようだ。

 とうとう追い出されてしまった。家なし、文無し。

 僕はただのホームレスになってしまったのだ。


「……」


 ただただ無言で雑踏の中を流れに逆らい迷宮の方へと向かう。今の僕には行くあてなど存在しなかった。

 やがて、とある店の前をとおり過ぎようとすると、突然声を掛けられた。


「ヨータくん!」


 若い女性の声だ。振り返ると、そこにいたのは目の前のお店”ヨザクラ亭”の看板娘のナギサさんだった。青みががった黒髪を後ろで結わえ、給仕服に身を包んでいる。看板娘なだけあって整っている顔は笑顔で、こちらに向けて手をふっていた。

 実はこの店、よく通っている。迷宮探索の帰りに、ちょっとした食事なんかをするためだ。

 したがって、僕とナギサさんは顔馴染みで、たまに世間話に花を咲かせたりしているのだ。


「ヨータくん、こんな時間にどこに行くの? 食事ならうちで食べていきなよ!」


「ナギサさん、こんばんは」


「って酷い怪我じゃない! 何があったの?」


 僕があいさつを返すと、彼女は僕の怪我に気付いたようで驚きの声をあげる。


「……いえ、特には。用事があるのでこれで――」


「特には、じゃないでしょ! とにかく手当てくらいしていきなさい」


 今はあまり誰かと話す気分では無かった僕は、適当に誤魔化そうとする。が、その場を離れようとする僕の腕をナギサさんに引っつかまれ、そのまま無理矢理店内へと引きずりこまれてしまったのだった。





 僕は店の中でナギサさんの手当てを受けていた。

 ナギサさんの手当てをする手付きはとても丁寧で、しっとり、ひんやりとした手がとても心地良かった。

 傷口や痣を労るように触られる感触は妙にくすぐったくて、なんだか変な気分になってくる。

 

「それで、何があったのよ」


 彼女は手を止めないまま、再び僕に聞いてくる。

 僕は口ごもった。正直言いたくなかった。

 なので、少し濁して答えることにする。ホームレスになってしまったことは、……とてもじゃないが言えない。


「ちょっと、ライオル達と喧嘩して」


「それでこんなたんこぶこさえてたのかー」


「いてっ」


「あっ、ごめん」


 ナギサさんは僕の答えに合点がいったようで、僕の頭に出来た大きなたんこぶをつんつんしなやかな指先でつついた。

 そこがズキリと痛み、僕が思わず声を漏らすと彼女は慌てて手を離して謝ってくる。


「まぁ、そんなところです」


「殴り合いのケンカするなんて、ヨータくんもやっぱ男の子だねー」


「……ええ、まぁ」


 実際には一方的に殴られ続けただけだ。僕の拳は、彼に指の一本も掠りはしなかった。

 とてもケンカなんて呼べるものじゃない。


「それで、家、出てきちゃったんだ?」


「……はい」


 僕は、ええ、とかはい、とか曖昧な答えしか返すことが出来ない。


「じゃあ今日は泊まるところどうするの?」


「まだ決めてません」


「じゃあ、うち宿屋もやってるから泊まっていきなよ! 今日は空いてるし、一日くらいサービスしちゃうよ」


 僕がそう言うと、ナギサさんはニコニコしながらありがたい提案をしてくれる。

 しかし、タダで泊まるのは恐縮なので、僕は断ろうとする。だが、「まぁいいから」と彼女に押し切られてしまった。

 仕方なく僕が泊まっていく旨を伝えると、彼女はニッコリしながらこんな事を言ってきた。

 

「でも、ちゃんと仲直りしなきゃダメよ? 仲間なんだから」


 ナギサさんは僕を諭すようにそう言ってくる。


「……」


「きっとヨータくんにも悪い所はあったんだから、そこはちゃんとごめんなさいしなきゃ」


「……」


「ちゃんと謝ればきっと仲直り――」


「仲直りなんて出来ないよ!」


 僕は彼女の言葉を大声を出して遮った。店内の全ての視線が僕に集まる。先程までの喧騒は嘘のように静まっていた。


「あいつは、あいつらは、仲間じゃない。仲間なんかじゃなかった! 最初から、ずっと!」


 言葉が止まらない。あとからあとから溢れ出てくる。心の中で荒れ狂う感情を僕は止めることが出来ない。


「仲間だなんて思ってたのは僕だけだったんだよ……みんな僕の事が嫌いだった。蔑まれてた!」


 そうだ、あいつらは僕をただの役立たずの厄介者ぐらいにしか思ってなかった。


「もう無理なんだ! あいつらと仲間でいるのは、無理なんだよ……分かったようなことを言わないで下さい」


 今日、ライオル達と僕の関係は決定的な亀裂が生じてしまったのだ。今更元の関係になんて戻れない。絶対にだ。

 ……一通り言い終わってから、今の状況に気づく。

 はっ、としてナギサさんの顔を見ると、彼女はひどく驚いた表情で固まっていた。


「おい、あの兄ちゃんなんであんなに荒れてるんだ」「ああ、彼は確か特級冒険者の……」「仲間とトラブったみてぇだけど、大変だな」


 周囲もザワついてきた。僕は居ても立っても居られなくなり、そのまま店の外へと駆け出した。

 向かう先は迷宮だ。





 宿屋の看板娘のナギサは、勢いよく飛び出していったヨータを見て、深くため息をついた。

 どうやら親切心で言ったつもりの言葉は、より少年を深く傷つけることになってしまったようだ。


(……男の子って意外と難しいのね)


 次に会った時は、あの子に謝らなければ。ナギサはそう思い、給仕の仕事へと戻っていくのだった。





 迷宮へと一直線に続く通りを駆け抜けながら、先程の出来事を振り返る。

 僕はナギサさんに酷いことをしてしまった。彼女はきっと親切心からああ言ってくれていたのだろう。彼女はそういう人だ。

 でも、感情を抑えきれなかった。そう、悔しかったのだ。


「……悔しくないわけが、ないだろっ」


 悔しくて悔しくて堪らなかった。今までずっと、悔しくないフリをしていたのだ。

 あんなことを言われて、怒りが湧いてこないわけがなかった。

 見返してやりたい。そんな思いを胸に僕は迷宮へ飛び込むように侵入した。たった一人で。


「っ、ちょっと君! 待ちなさい!」


 入り口付近で待機していたギルドの職員が慌てて止めようとするが、それを振り切り奥へと潜っていった。





「はっ! ふっ!」


 僕はスライム相手に苦戦していた。今の僕の武器は短剣がひと振りのみ。刃渡りが短く、軽い刃ではなかなかスライムのゼリー部分を切り裂く事が出来ないというのはもちろんあるが、何よりステータスが足りていなかった。

 何度も斬りつけ、ようやく核を破壊する。


「……やっと倒せた」


 核を失いドロドロに溶けた死体の中から魔石を取り出す。スライムは最弱と言っても差し支えない魔物だ。当然ゴミみたいな大きさのクズ魔石しかドロップしなかった。


「はっ、やっぱ弱えわ僕」


 憂さ晴らしにカッコよく無双、なんてことは出来なかった。

 特級探索者が、スライム狩りか。しかも苦戦してる。こんな情けない話ってあるだろうか?

 僕はふと探索者証を取り出し、眺める。そこには僕のステータスが書いてあった。



name:ヨータ age:15


生命力:56/56


体力:27/39


筋力:46


敏捷:24


防御力:21


スキル:大英雄の号令Lv.4/10(封)

 味方全員の全能力を全て17%アップ。


 これが僕のステータスだ。全てにおいて平均を下回っている。

 一般的な支援魔導士でも、筋力60,体力だって40以上はある。

 レベルが中々上がらない僕は筋トレを頑張っていたが、それでもこのステータスだった。

 基礎ステータスは単純な筋トレなどによっても上げることが出来るのだ。もちろんスキルアップデートによる上昇のほうが、遥かに数字が大きいのだが。

 問題はスキルだ。名前はまぁ、大層なものが付いている。だが、他の人も大体同じような具合のネーミングであるので、全然特別ということはない。

 効果だ。効果が絶望的に悪い。レベル1の時はたった10%だった。普通は同レベル帯ならば40%〜50%は上昇するのだが、僕のスキル効果倍率は平均から見て低すぎたのだ。

 

「役立たずか。……そのとおりかもね」


 僕はそう言って自嘲気味に笑い、探索者証をしまおうとする。半年以上も全く数値に変化のないステータスを無意味に眺め続ける道理もなかった。

 そして、そのままポケットに戻そうとして、……違和感を覚えた。

 カードから目を離す直前に、画面が少し光った気がしたのだ。

 恐る恐る目を戻すと、そこに表示されていたのは。


「……スキルアップデート」


 実に一年ぶりに見たスキルアップデートの文字だった。









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