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第十話 支援魔導士、元特級探索者と模擬戦をする


「おはようございます」


 次の日、僕はギルド本部の近くにある修練場に、朝早くから顔を出していた。ギルドマスターのアレクは待っていたと言わんばかりのニッコリ笑顔で、既に入り口で待機していた。


「やぁやぁ待っていたよヨータくん! 早速始めようじゃないか」


 そう言って僕の肩をバンバン叩いてくるアレク。いや、バンバンなんて生易しい物ではない。

 ドパァン! なんて人体から出ては行けない音が出ている。


「あの、ちょっと痛いんでやめ……でっ!?」


 今は支援魔法を掛けていないため僕のステータスは割と普通である。真面目な話、骨とか砕けそうだから一刻も早くやめてほしい。

 うん、マジで痛い。


「あっ、ごめん、つい」


 僕が梅干しを100個頬張ったような顔をしているのを見て、ようやく気付いたアレクが謝ってきた。

 この人は元特級探索者で、レベルは10だ。ちょっとでも力加減を間違えたらヤバイんじゃないだろうか。

 今まで日常生活を送れているのが不思議でしょうがない。


「いやー、ごめんね。いろいろ仕事が立て込んでて朝しか時間が取れなかったんだ」


 アレクがニカニカと笑顔を貼り付けたままそう言ってくる。


「いえ、早起きはいつも心がけているので問題はありません」


 僕達は修練場の真ん中までやってきて軽くストレッチをしながら雑談する。

 彼女は好き勝手やっているのかと思えば一応仕事はこなしているようだ。


「よーし、じゃあ早速手合わせ願おうか」


「気が進みませんが……」


「大丈夫だよ。ボクちゃんと手加減出来るから」


 まったく信用なりません。さっき出来てなかったじゃん。

 僕が半目になって彼女を軽く睨むと、僕が何を考えているのか分かったようで慌てて釈明を始める。


「あっ、いやさっきのはちょっとはしゃいじゃって……とにかく、大丈夫だから! ね?」


 はしゃいだって子供か。全然釈明になってないじゃん。

 僕の視線に耐えきれなくなったのか、アレクは強引に模擬戦を始めようとする。


「ほら、始めよう? 来ないならボクから行っちゃうよ」


「……仕方ないですね」


 もう早くやりたいとウズウズしている彼女の様子を見て深くため息をつく。そして、彼女と同じように身構えるのだった。


「……武器は?」


 彼女は武器を持っていなかった。探索者で武器を持たずに戦う者はほとんど居ない。彼女はその珍しい方のスタイルなのだろうか。


「キミだって武器無しじゃないか」


「僕は支援職なので……」


 彼女はおそらく拳闘士だ。武器の類は一切使わず拳だけで戦う。ならば彼女の体の動き全てに警戒せねばならないだろう。

 拳闘士の武器は、――全身だ。


「じゃあ、行くよ!」


 アレクがそういうと姿が掻き消えた。予想外の動きに僕の動きが一瞬遅れる。


「どこだ!?」


「やっほー、ここだよー」


「……っ」


 僕が彼女の姿をキョロキョロと探していると、後ろから声が聞こえる。それとともに背中に衝撃が走った。


 ゴッパァッ!!


 そんな轟音を修練場に響かせながら僕の体は前のめりに吹っ飛ぶ。数メートルほども飛翔してから砂が敷かれた地面に滑るように着地する。


「イッテェ……」


 咄嗟に支援魔法を掛けていなかったら、今のですぐに戦闘不能になっていただろう。それだけの威力だった。

 というか、これで手加減してるって言うのか? もう逃げたい気分だ。


「へぇー! 流石の効果だね! その支援魔法、ボクにも掛けてほしいよ」


 僕が支援魔法を使ったことに気づいたらしい。彼女はそんな調子のいいことを言ってくる。

 もちろん掛けてはやらない。ただでさえ化物ステータスな彼女を更なる化物にしてしまうようなマゾじゃない。

 僕はノーマルだ。


「……はっ!」


「おっ、今度はキミからかい? ドンとこい!」


 僕は地面を思い切り蹴って彼女へ反撃に出る。全速力で距離を詰め、みぞおちに拳を叩き込むべく勢いよく腕を振るう。

 

「……すごい速度だ。とてもレベル5の支援職とは思えない


「なっ……うわっ!?」


 しかし、その拳は彼女にあっさりと捉えられてしまう。彼女は僕の腕を掴むとそのまま後ろに投げ飛ばした。

 僕は咄嗟に受け身を取って、それになんとか対応する。


「……」


 ……全く歯が立たない。レベル10とレベル5。そこには支援魔法では埋まることのない絶対的な差が存在していた。

 彼女は余裕のある様子で今も僕の前に佇んでいる。追撃はしてこない。


「筋力、敏捷、防御力なんかのステータスだけじゃない……やはり動体視力とか、全ての反応速度が上がっているね」


 彼女は急に真面目な顔になると僕のスキルに付いて考察を始める。


「ボクを追う目の動き、攻撃に反応して対処するまでの時間、全てが大幅に速くなっている。スキルを使う前なんかより格段に動きが良くなったよ」


「……それが全部見えてるとかギルドマスターは化け物ですよ」


 僕は呆れてそれ以上の事が言えなかった。ギルドマスターになるだけのことはある。


「年季が違うからね。あはは」


 僕の言葉にアレクはそう言って笑う。が、ふと気になった事があり聞いてみた。


「そういえばギルドマスターって何歳なんですか」


 ピシリ。


 僕が彼女にそう聞いた途端、空気が凍る。

 えっ、なんか変な事聞いたの? なんで? 僕は戸惑う。


「……ピチピチの26歳だよ」

 

 ずいぶんと間があって彼女が答える。彼女は口は笑っているのだが、目が笑っていない。僕は彼女から発せられる圧力に、冷や汗を流した。


「若いですね」


 ()()()()()()()という、大きな役職に就いてるにしてはかなり若いと思う。


「うん、若いよね。うん。ボクはまだ若いんだ。まだチャンスは……」


「……」


 チャンスってなんだ? 僕はまたもや疑問に思ったが今度は口に出さない。今のでしっかり学習した。

 ……やはり、彼女は変人だ。言葉には気を付けないと。


「まぁ、話を戻そうか。キミのスキルは正直、ぶっ壊れ性能だ。それこそ、……国が欲しがるほどに」

 

 彼女は軽く咳払いすると、空気を戻すようにそう言った。

 僕はその言葉にごくり、と喉を鳴らす。


「支援魔法の人数制限が無いのは知っているだろう? まぁ人数が多ければ多いほど体力を消耗するから現実的じゃないんだけど、それでも数十人単位だったらキミの支援魔法で大幅にステータスを上げて戦うことが出来る。……例えばレベル10の戦闘職の集団にキミが支援魔法を掛ける。それだけでその集団は最強だ。勝てる奴なんかどこにも居なくなる」


 とんでもなかった。僕は正直いままで実感がなかったのだ。しかし、他人の口から自分のスキルの危険性を聞いて改めて確信した。


「このスキル、危険だ」


 本当にやばい、なんとしても隠さなければ。でも、もうすでに僕がこのスキルを保持していることは昨日の一件で周囲に知れ渡ってしまっている。一体どうすればいいのか。

 僕はアレクの方を見る。彼女は先程までのヘラヘラした顔とは打って変わって真剣な顔つきになっていた。そして、僕に向かって、急に深く頭を下げた。


「やはりもう一度謝っておくよ。キミを危険に晒すことになってしまい、申し訳ない!」


「いえ、もう謝罪は昨日受け取りましたし……」


 僕は慌てて彼女を止める。起こってしまった事はもう取り返しがつかないのだ。僕は謝罪がほしいわけではない。

 すると、彼女は顔を上げ、ある提案をしてきた。


「キミの身の安全は当ギルドが全力で守らせてもらう。その代わりにキミはギルドの一員としてこれまで通り働いてもらう。これでどうかな?」


「えっと、構いませんが」


「よかったぁ、キミがこのギルドを抜けるなんて言い出したらどうしようかと」


 僕の答えに安心したように息を吐くアレク。

 抜けるも何もそもそも選択肢が存在しないのだが。

 この迷宮街において、探索者ギルドはここしかないのだ。

 ギルド脱退=引退と同義である。

 迷宮から得られる利益は大半がこのギルドの懐に収まっている。まさに独占状態だ。

 ギルドマスターはやはり僕を他のところへ行かせたくないようである。彼女の言葉には単純な謝罪ではなく、そういった思惑が入り混じっていた。

 まぁ、この街においての権力も絶大なので、守ってもらえるというのならそれに甘えることにしょう。僕はそう決める。


「まだ探索者をやめるつもりはありませんよ。安心してください」


 僕がそういうと彼女はパッと先程までの笑顔に戻る。


「だよね。良かった……よし! キミのスキルも見れてボクは満足だ! キミの安全についてはボクが絶対に保障するよ! まずは情報統制からだ、任せてくれ!」


 ……権力者怖い。





「あっ、おかえりなさい!」


「ただいま」


 時刻はすっかりお昼時だ。僕は修練場からサラの部屋まで戻ってきていた。

 ……あの後もいろいろ検証に付き合わされてしまった。自分のスキルを詳しく知るいい機会ではあったので仕方なく彼女に付き合ったがものすごく疲れた。もう今日は動く気がしない。


「あの、今日はクエストには出ないんですか?」


 サラがそう聞いてくる。僕はそれに、ベッドの上で寝転びながら答えた。


「……ごめん、疲れたから今日はもう休ませて」


 流石に疲労の溜まった状態で今から迷宮に行く気にはなれなかった。彼女には申し訳ないが、今日はもう休ませてもらう。


「わかりました、ゆっくり休んでくださいね。私はナギサさんのお仕事手伝ってきます!」


 彼女は僕の言葉にすこししょんぼりした様子を見せたものの、そう労ってくれた。


 ……いい子だな。


 僕はそう思いながら、心地よい眠気に身を任せていった。

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