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森と雨  作者: 森本泉
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6

「髪、ほどかないでよ。うっとうしいわ」


「俺はこの状態が好きなの」


 とすねた口調で言って、それからおそらく私の首筋に顔を当てて、髪の匂いを嗅いだ。


「…つかれた」


「おつかれさま」


「いやそうじゃなくてさ」


「待つのにつかれたなんてしみったれたこと言うんだったら、今すぐ追い出すわよ」


「つかれますよ、俺結構がんばってるよ」


 と言ってなおの事強く抱き着いてくるので、仕方なく私は目を閉じてされるがままになっていた。するとレアンが体重をかけてきた、つい膝を折ったら、そのまま重心を崩して座りこんでしまった。ぺたんと。そしてそのまま床に押し倒された。レアンの上着に私がくるまれているみたいになって、私の髪がレアンをくるんでいるみたいな形になった。


「重い。どいてよ」


「じゃ抵抗してみろよ。俺がこれから何したいか分かる? 雨、全然反応しないんだな」


 私はレアンの体に胸を抑えられて苦しかったから、じゃあ抵抗してやろうとレアンの体を押し返して、でもレアンは手を離さなくて、私たちはくっついたまま横向きになった。息は楽になった。


「何をしたいのかなんて考えたくもないわ」


 そう言ったら私は寝転んだままレアンに抱き寄せられた。肩と頭をしっかり押さえられて、でもきっとレアンが目をとじているんだろうな、そんな気がしていた。


「ちょっと、このまま寝ないでよ。体痛くなるじゃない」


「おれは寝ないけど、雨が寝てくれたら嬉しいな」


「私の意に沿わずに何かしたら、あんた犯罪者よ」


「示談に持ち込む」


 と言って髪を撫でられた。


「示談なんて成立させないわよ」


「なんでまだ俺じゃだめなの。そりゃ、いつまでだって待つけどさ」


 これからもがんばるしさ、と言って髪の毛を撫で続けている。私は背中がさあっと逆毛立つようだった。


「いいかげんにして。がんばるのは構わないわ。でもそれを私がどうするのかは、私が決めることよ」


「俺はダメなのに、あの兄貴ならよかったのか」


 私はヒューズが飛んだ。滅多にないような力が出せた、レアンを思いっきり突き放して、起き上がって、部屋の入口まで逃げて、


「兄の話はしないでって言ったでしょう」


 と怒鳴った。


「よく言うぜ、ゲンゴにはべらべらしゃべったんだろ」


 口は災いの元、私は心底気分が悪くなって、じゃまっけな髪の毛を右手でかき上げる、まったく、男達はなんでこんなに仲がいいんだろう。レアンは床に座って私を見ている。髪の毛を黒く染めたと言っていた。確かに、前は色の抜けた金髪だったけど、黒髪になっている。それも、マジックでべったり塗ったみたいな下手くそな黒だった。


「髪、自分で染めたの」


「話反らすなよ。じゃあいいよ。ゲンゴの方がいいんだったらゲンゴと付き合えばいいだろう」


「バカがバカなこと言ってると、バカにしか見えないわよ」


「俺は雨がいつまでも幸せから逃げてるのがいやなんだ」


 レアンが立ち上がってこっちに来るので、私はとっさに鍵だけ持って部屋から逃げ出そうとした。でもレアンは私の髪を掴んで、それから肩を掴んだので私はもう一度レアンに抱きしめられて、今度はトイレのドアに押し付けられたので完全に身動きできなくなった。


「最低な引きとめ方ね。今時小学生でもしないわよ、髪の毛引っ張るなんて」


 もう一回、力付くで逃げられないかと思ってレアンを押し返そうとしたんだけど、今は両腕を包み込まれてしまったので、抵抗することが出来なかった。


「分かったわよ、もう。したいことすれば。あんたが帰ったあとで警察行くけど」


「俺と一緒にいたら幸せになれるよ。だからいやなんだろう。だから、俺は雨と一緒にいたらいけないんだろう」


 ああ、レアンとこの話を何度しただろうか。何度繰り返しても、レアンは納得してくれない。そして、納得するまで私は話し続けよう、と思う。


「そうよ。私は幸せになりたくないの。私はあなたのことが好き。だから、一緒にいたら幸せになってしまうでしょう。だからいやなの。納得出来たら帰ってちょうだい」


「いつまであんな兄貴のことなんて引きづってるんだ。嘘だよ、ゲンゴには何も話してないんだろ。分かるよ、俺、その位、雨のこと。くそったれな兄貴の事なんてもう忘れちまえよ。そいつはそいつの人生を生きて、でも雨の人生とは関係ないじゃないか。なんでそんなにくそ兄貴のことが大事なんだよ」


「あんたの知ったこっちゃないわ。だから兄の話はもうしないで」


「俺に話したのは雨のほうだろう。誰にも知られたくないんだったら、俺みたいなチャラ男には話さないんだよ。雨。お前もいい加減自覚しろ。お前は兄貴から解放されなくちゃだめだ。自分で分かってるはずだ」


 レアンの口から兄の名前が出る度に、私は背中がつうと痛くなった。目を閉じてそれに耐える。

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