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「むいちゃん。すばらしいわ」
「だから私のことはいいんですって」
と言って、ふと思いついた顔になったむいちゃんは箸を置いた。
「レアン先輩のことが信用できないから、まだ付き合わないんですか」
まったくとんだブルータスだわ。と思いながら私は食後のコーヒーを入れようと席を立った。
「なんでどいつもこいつも私とレアンをくっつけたがるかな」
一緒に立とうとしたむいちゃんに、私はいいからゆっくり食べて、と声をかけた。
「だって、レアン先輩今誰とも付き合ってないんですよ。ていうか。私も見てましたけどものすごく頑張っていろんな女の人と別れたんですよ」
「いろんな女の人と付き合ってた時点で信用してはいけないと思うわ」
でも、もう誰とも付き合わないと言ったレアンの言葉は、結構真実味を帯びてきているのね、少なくとも人の目には、と私は少し面白くなった。
「今まではでしょ。これから変わるかもしれませんよ」
「どうしてむいちゃんがそこまであのバカの肩を持ってやるわけ」
「どうしてって」
御馳走様でした、といってむいちゃんはコーヒーメーカーをセットしている私の横に使った食器を運んできた。海老と卵のケチャップ炒めの晩御飯を。
「どうしても何も雨先輩レアン先輩のこと好きじゃないですか」
「そうね」
これだけみんなから同じことを指摘される、私はなんて分かりやすい女なんだろう。
「レアン先輩、本気ですよ」
むいちゃんは、無駄におどすような声で私に言う。そんな風にひみつを暴露されるみたいに言われたって私にはなにも響かない。レアンはダメ。私は、レアンとこれ以上関わってはいけないの。
「あいつが本気かどうかは知らないわ。むいちゃん言ったじゃないの。大切なのは自分の気持ちだって。みんなレアンの気持ちは尊重するのに、私のことは考えてくれないのね。どうして? レアンは好きだけど私のことはきらいだから?」
ちょっときつめに言ってみたら、むいちゃんは簡単に黙ってしまった。ぼぼぼぼぼという音を立ててコーヒーが落ち切ってしまうまで、むいちゃんはぽけっとして私と一緒に台所に立っていた。
「そう言われると…たしかにぐうのねもでないですね」
「ね。いいじゃない。もうこの話はやめ。レアンのバカには好きにさせとけばいいのよ。むいちゃんの言ったように、これからあいつだって本当に好きになれる相手に出会えるかもしれないんだから。そうなった方がレアンのためよ」
「どうしてレアン先輩のためなんですか。レアン先輩はどうして雨先輩と付き合ったらいけないんですか」
むいちゃんは真剣に食い下がってきた。レアンはみんなから好かれていいことだわ、と私は思った、完全に私が悪役だもの。
「じゃあこういったら納得してくれる? 本当はレアンのためじゃないわ。私のためよ」
「雨先輩ですか」
「そう。レアンと付き合わないのは、完全の私のわがままよ、自分の事しか考えてないの。だからレアンのことも無視したいの。これでいい? コーヒー飲みましょうよ」
私はレンジの上の棚からマグカップを二つ探し出した。収納も少なく、物もそんなに持っていないのに私はすぐに何かを無くす。マグカップ一つ探し出すのだって、いつも綱渡りなのだ。
むいちゃんが帰る時に、インターホンが鳴って、
「雨、俺」
とあのくそやろうの声がした。返事をしたのはむいちゃんだった。
「レアン先輩。お疲れ様です」
「後藤ちゃんか…」
と言ってレアンはむいちゃんに抱き着こうとしたんだけど、むいちゃんのほうがかしこいのですっと体を横に引いて、
「そういうのなしですよ、レアン先輩」
と言った。
あーあ、とレアンは情けない溜息をつく。
「だれもかれも俺にやさしくない」
「何言ってんのよ、みんなから散々気を使ってもらっているくせに。あんたいい加減わがままよ。自分が恵まれていることを知りなさい」
と言ってやったら、
「俺が恵まれてるなんて雨が決めるなよな」
玄関に膝をついてうたくそやろうが顔を上げて私をにらむのだ。
「じゃあ。雨先輩、ごちそさまでした」
「いいえ、材料買ってきてくれてありがとう」
海老と卵はむいちゃんが提供しくれた。笑顔で手を振りながらむいちゃんはレアンを足で避けて、帰って行った。きっとゲンゴの所に行くのだろう。そして、二人で仲良く私の噂でもするのだろう。本当に、おめでたい人たち。これは別に悪口じゃない。
「雨」
レアンは靴を脱いで入ってくる。黒いウィンドブレーカーがよれよれになっているのは、きっとバイト終わりのせいだけじゃない。
「レアン」
雨。もう一度言ってから、レアンは私に抱き着いてきて、私が両手を伸ばして受け止めてやると、背中に回した手を器用に動かして、結んでいたシュシュを取ってしまった。