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愛してほしかったんだろうと思う。私に最後の願いを託したんだと思う。だから、もし私が兄よりも年上だったら、もっと歳が近かったら、兄は死ななかった。期待に応えられたかは分からない、でも、仲間にはなれただろう、私たちは。
でも現実は無理だった。私は十六歳だった。ほんの子どもだったから。兄の上に乗っている絶望がなんなのか、分かってあげられなかった。兄を愛してあげられなかった。
死に顔を思いだす。兄は愛情を得たくって得られないまま、非業の死を遂げたのだ。ほとんど自殺だ。
だから私は、自分が幸せになってはいけない人間なのだと知った。兄は幸せになりたかったのに、ただ自分の居場所が欲しかっただけなのに、それなのに得られずに死んでしまった。だと言うのに私だけが幸せになるなんて。そんなことは出来ない。
レアンのことを考えろ、とゲンゴは言った。私は不幸になろうと決めている。でも、私の不幸にレアンが巻き込まれる、あるいは巻き込んでしまうことについて、私は何をするのが正解なんだろう。
ゲンゴと喧嘩別れみたいになってしまってから、仕方なく私は真面目に学校に行くようにした。行ったって誰とも話さないし、教授も別に注意を払ってくれないんだけど、暇だから学校に行った。そしてバイトして真面目に働いた。
レアンは時々、会いに行ってもいいか、とラインを送ってきた。
「今はそんな気分じゃないわ」
私はいつもそう返事しているのに、それでもレアンはアクションを止めない。会いに行ってもいいか。本当にバカのひとつ覚えなんだから、と私は哀しくなった。
私と、レアンはどうしたらいいんだろう。一番いいのはレアンが他の女の子を好きになることだ。そして私のことを忘れてしまうことだ。
と言ったら、ゲンゴに全部話したら、それは違う、と言われるのはわかっている。だからゲンゴにこのことは話さない。もうすでに見放されているのに、これ以上友達に失望されたくない。
自分のわがままで、レアンをこんなに傷つけてもいいんだろうか。私だって少しは悩んだ。レアンのことが嫌いなわけじゃない。だから、レアンに傷ついてほしくない。でも私はレアンを傷つけている。
ずっと一緒にいようね。と、言ってやればレアンは元通りになるのはわかっている。元通りになりすぎてまた浮気ばっかりするかもしれないけど、少なくとも元通りにはなる。でもそんなことを言ってしまったら後悔しそうで。私は自分との約束より、人としての建前を選んでしまうんだろうか。体裁だけを気にしていた両親の血が、私にも流れているんだろうか。だからこんなことを考えるんだろうか。そう思ったらレアンに会うことは出来なかった。
「会いに行ってもいいか」
とまたレアンは連絡をよこす。学校では寄りついてこないくせに、やたらと私の家に来たがった。
「そんな気分になれないのよ」
私はやっぱり断った。
十一月の始まり。講義が終わってアパートまで帰ってきたら、玄関のドアにもたれてレアンが立っていた。
「じゃま。入れない」
と私がカギを見せて言ったら、
「俺はゲンゴみたいにちゃんとできねえよ」
と表情のない目でレアンは言った。
「ゲンゴだってちゃんとしてるわけじゃないと思うけど」
「あいつは一回けじめつけようとした。でも俺は無理だ。だから、悪い。悪いとは思ったけど、待ってたんだ」
「会いたかったから? 学校で会えるじゃない」
「そう言うことじゃない。分かるだろう」
「分かるわよ」
こんなことになるんじゃないだろうかと思っていたのだ。適当に会ってごまかしてやればよかったかな、と私は少し後悔した。レアンが精神的にぎりぎりになっているのは本当だった。私のせいで。
「あがってく?」
「そうさせてくれるとうれしい」
レアンが体をどかしたので、私は鍵を開けて中に入った。レアンもおとなしく玄関で靴を脱いでいる。