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森と雨  作者: 森本泉
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大分酔っぱらったからだと思うんだが、とゲンゴはレアンのことを話し始めた。この前の土曜、二人ともバイト終わってからだったから、十時くらいからだったと思うんだが、と。


「飲まないかって言ってきたのはあいつの方なんだけどな。雨。いい加減にしてやれよ。あいつだって消耗している。まあ、そうだな。俺の出る幕じゃないのは確かだ。お前らが付き合おうが別れようが俺には関係ない。でも、俺はレアンという人間を信頼している。信頼している男が消耗している姿は、あまり見たくないもんだ。


 レアンはな、半分鬱になっているぞ」


 婚活がうまくいかなくて、鬱になってしまう人もいるそうだ。そんな感じかなと思い言い返したら、


「そんなわけあるか、ちゃんと考えろ」


 と怒鳴られた。


「あいつはな、基本的に人が好きなんだ。バカなやつだけど、人間は悪くない。あいつの博愛精神は本物だ。ただ人が好きだから、好きになる。そして人と一緒に居るのが好きなだけだ。でも違う。お前は違う、お前のことは違うぞ、雨。こないだ酒飲みながら、レアンは死ぬかもしれない、と俺に言った。


 なんでだ、って聞いたらな。酔ってたせいもあるだろうが、恐ろしくネガティブになっていた。俺なんてこの先生きて行く価値なんてない。そう言った。そんなことねえよバカだなって俺は言ったよ。でも、死にたいってあいつが言うんだ。


 俺は一人でいるのがいやなんだ。でも、俺は今他の誰よりも雨と一緒にいたい。でも雨が一緒にはいてくれねえ。だから俺は今一人だ。こんなに一人だったことなんて今までねえよ。この先どうなるのか全くわからない。雨がこの先も俺といてくれなかったら、俺は死んだ方がいいのかもしれない。そう言っていた。


 お前ら二人の間に何かはあるんだろう。詮索はしない。だが、お前のせいで男が一人ここまで追い詰められている。そのことの責任くらい考えろ。レアンが本当に鬱になったときにどうするのか、考えておけよ」


「おどし?」


「そう聞こえるなら、それで構わない」


 来週はちゃんと講義こいよ。と、言って私に付き合ってのこのこ講義をさぼっていたゲンゴは帰っていった。




 私の方が年上だったら。せめて、もう少し感情を理解してあげられるくらい歳が近かったら、兄は死ななかったかもしれない。と私はよく思う。気づいたのは、二十歳くらいの時だけど。


 もうすぐ兄が死んだ歳になるんだわ。と思ったら、徐々に兄の晩年とリンクしていく自分に気付いたのだ。


「もっと自分を見てほしかったんだろうな」


 ゲンゴが居なくなった部屋に一人寝転んで、窓の向こうの明るい雲を見ながら私は思い返していた。兄は愛情に飢えた人だった。自分の表面しか見ていなくて、胸の内をちっとも計ろうとしない両親に、ただ愛してもらいたかっただけだった。私は兄よりも両親から手をかけられずに育ったから、そんな感情は持たずに済んだけど、幼少のころ形だけかわいがられた兄は、形だけじゃなくて本当に愛してほしかったんだろう、と私は思う。


 そして彼はいつのころからか気づいてしまう。自分はアプリを入れておくだけのスマホなんだと言うことを。兄、としての人格や意思はどうでもよくて、ただアプリが正常に動いていればいい。あら、あなたのスマートホンいいわね、と人から言われて、ええそうなのよと答えていられればいい。両親とはそういう人間なのだ。気づいてしまったんだろう。


 だから学校に行かなくなった。学校に行かなくなったら両親がどんな反応をするだろうかと、見てみたくなった。両親は、何も反応しなかった。スマホを機種変しただけ。今度は私の表面を飾り立てようとしただけ。


 兄はきっと絶望したはず。自分の今まではなんだったんだと、かなり悩んだはずだ。それで、きっと強い人ではなかった。どうやっても親からの愛情は得られないんだけど、求める心を捨てることができなかった。いろんな悪いことをして、心から向かい合ってほしかった、二十歳になるころ私は兄にそんな感想を持っていた。


 でも、私たちの親はそんなことをしてくれない。兄は、まったくゴミ箱に入れられたスマホみたいになってしまった。いいえ、ちょっと違う。ゴミ箱から出してほしがっているスマホだった。もう一度使ってほしい、もう一度自分に振り向いてほしい。でも私たちの親はそんなことをしなかった。

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