アシュリーとチトセ
カーテンの隙間から朝日が差し込み、私の顔を照らす。
それだけでも私は起きるのだが、私には朝日の他にも心強い味方がいる。
『チトセ、朝日が昇っているよ』
声の主は、アシュリー。私の友達で、毎朝欠かさずに私を起こしに声をかけてくれる。
アシュリーに声をかけられて、私は体を起こす。それが私の日課。
『時刻を確認してくれ。ボクは見れないからね』
アシュリーは少し特別な友達だ。彼が男か女かは、まだ私にはわかっていないが、男性的な口調から男として見ている。
ひょっとしたら私の口調を真似ているのかもしれない。だとしたら、私は自分が思っている以上にぶっきらぼうで男性的だ。
「おはよう、アシュリー。今は……朝の5時だね。これから夏だから、しばらくは起こすのはもう少し遅くてもいいよ」
『おはよう、チトセ。もうしばらくしたらね。君は準備に時間がかかる、今はまだ早いよ』
挨拶を交わして、私は彼を身に着ける。
私の少し特別な友達。アシュリーは、腕時計だ。
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「そろそろアシュリーも自分で自分を確認出来て良いように思うのだけれど」
私は学生服へと着替えをしながら、彼に少しばかりの不満を漏らす。
彼は不思議なことに、周囲の風景を見ることはできても、自分自身を確認できない。
『そう思うなら、部屋に鏡を飾ってくれ。鏡越しならボクだって時刻くらい確認できるさ』
それもそうだ、と納得する。周囲を確認できるなら、部屋に鏡を置けばいい。
『チトセ。君だって鏡を見なければ、自分の顔を確認できないだろ。ボクだって同じことだよ。それにボクもチトセには言いたいことが』
「わかった、わかった。この話はおしまい」
嫌な流れになりそうだったから、強引に話を断ち切る。
アシュリーは少し強引なところがある。誰に似たのやら。
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朝ご飯は適当に、コーンフレークに牛乳をかけて、はいおしまい。
お昼は何にしようか、と思いをはせていると、アシュリーが不機嫌そうな声を出した。
『チトセ、朝ご飯はちゃんとしたものを作って食べなさい』
アシュリーは友達だけでなく、母親役も兼任するつもりなのだろうか。
だとしたらありがたいこともあるのだが、ことここに至ってはありがた迷惑だ。
「アシュリー。コーンフレークは栄養バランスがしっかりしている、ちゃんとした朝ご飯だよ」
私はコーンフレークの箱に書かれている栄養成分を、アシュリーに見えるように置いて解説する。
しかしそれを見てもアシュリーはまだ、不機嫌そうに言うのだ。
『ボクは認めないよ。朝ごはんはきちんと……そうだね、トーストを焼いて、卵とベーコンを焼いて、トマトとレタスのサラダを添えて、紅茶でも飲むべきだ』
「アシュリー。私は貴族のお嬢様じゃなくて、ただの日本の女子高生だよ」
アシュリーの理想は、私にはだいぶ高いものだ。
『ボクは普通の日本の家庭を想定して言っているよ』
「よそはよそ」
私はアシュリーの理想論に終止符を打った。
こう言えばアシュリーだって黙るのだ。不機嫌な様子は隠さないが。
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朝ご飯を終えて、食後の歯磨きも済むと、私は家を出る。
家を出て少し歩くと、交差点が見える。私は交差点を渡らずに、そこで少しばかり待つ。
しばらく待っていると、交差点の角から見知った顔が出てくる。
「チトセちゃん、おはよー!」
「おはよう、ミヨ」
彼女は私に気が付くと、間延びした声で、笑顔を振りまいて私に声をかける。
それに私は返事を返して、並んで学校へ向かうのだ。
「それでね。スマホがあったら、高校でももっと友達できたかもーって言ったらね、リンちゃんが拗ねちゃうだよー。ははは……はぁ」
通学路を進む。雑談をしながら。その話の中で、ミヨは少し困ったような笑みを浮かべて、ため息を吐いた。
リンちゃん、と彼女がいうのは、彼女の困った幼馴染だそうだ。
私と話していても頻繁に出てくる名前で、私はそのリンちゃんとやらにはまだ会ったことがない。
ミヨのことは私もかわいがっている手前、その関係には少し、妬けてしまう。
「スマホなんかで拗ねるとは、ずいぶん個性的な恋人だね」
「こ、ここ恋人じゃないよー!」
私の軽口に、ミヨは顔を真っ赤にして反論する。
『……チトセ』
ミヨをからかっていると、アシュリーが少し不機嫌そうに、私にだけ聞こえるくらいのか細い声で私の名前を呼ぶ。
アシュリーは私がミヨをからかうのはあまりよく思っていないようだ。
アシュリーは私以外の前では、めったに喋らない。そんな彼がわざわざ声をかけるくらいだ、そうとう不機嫌なのだろう。
何故彼は不機嫌なんだろう。ひょっとしたら、アシュリーもまた、ミヨにうつつを抜かす私に妬いているのかもしれない。
だとしたら、彼には悪いが、私はそれを嬉しく思う。それだけ彼に大事にされているということだから。
ひょっとしたら、の空想に思いをはせて、私はアシュリーとミヨ、二人と一つで、通学路を歩く。