第1章-4 『女の子』
散歩から戻り、部屋に帰って一眠りをしていたユーリは、焦った様子のシュウに叩き起こされて目を覚ます。
あの冷静なシュウがここまで取り乱すなんて珍しいな、などと思いながら話を聞いてみると、どうやら、
「外に出られない……?」
ということらしかった。
シュウ曰く、
――エージ、モモと素材回収の為に外に出ようとしたが、透明なバリアのようなものが街全体を覆っていて、どうやっても外に出れないんだ。
門から出るのではなく塀をよじ登ってみたり、見えないバリアに攻撃を加えてみたり、様々な方法を試してみたが、どれも効果なし。
今もエージとモモはどこか抜け道はないが探しているらしいが、それも望み薄だろう。
シュウはユーリにそんなことを語った。
「僕達だけではこの状況をクリアできそうにない。だから君の意見を聞きにきたのだが」
「シュウにも分からないことをぼくが分かるとも思えないけど。でもそうだな……そのバリアは誰かが発動した魔術って可能性は? 誰かが周辺のモンスターを一人占めしたいから街中にバリアを張ったとか」
「それはないだろう。この街全体を覆うことのできる程の魔力を持つ者がいるとは思えないし、もし張れたとしても、その状態じゃ戦闘なんてできないだろう?」
「そうだよね」
あっさりと自分の意見を否定されたユーリだが、ショックを受けた様子はない。これは、そもそも本来のシュウなら自分の意見を述べる必要すらないことを知っているからだろう。
今回、シュウが彼に意見を求めてきているのは、言ってしまえば自分の考えを整理する為だ。
ユーリに思いつく考えを言ってもらい、それをきちんとした理由で否定することで可能性を消していく。そして最後に辿り着いたものが、一番可能性の高い真実となる、ということだろう。
「そもそもここに閉じ込められているのは僕たちだけじゃないんだ。僕たち以外にもこの街に滞在していたギルドが全員閉じ込められている。調べてみたが、少なくとも昨日までにこの街に入っていたギルド全部が同じように閉じ込められていた」
「つまり他ギルドによる妨害という線は低いってことだよね。わざわざ外に待機して準備するなんて危険を冒す理由も思いつかないし」
外にいれば自然とモンスターが寄ってくる。ユーリ達が安心して眠っていられたのは、街の中まではモンスターが入ってこないというこの世界の〝常識〟があったからこそだ。
この街にいる者を罠に嵌めたいと思うのなら、朝までこの街に滞在し、皆が動き出す前に罠を設置するというのが一番の方法だろう。
「それじゃあ後は……街の人たちの仕業? いや、それも考えにくいか」
「そうだね。街の人たちは僕達ギルドがとってきたアイテムやら素材やらを売って貰って、それを加工して生計を立てているわけだからね。わざわざ邪魔をするとは思えない」
ちなみに中から外に出られないのと同じように、外からこの街に入ることもできないようだった。少なくともバリアに気付いてから、一人もこの街に入ってきてはいないらしい。
「ギルドは関係していないし、街の人たちの仕業でもない。それなら……」
ユーリはしばらく考え込むように目を閉じていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「そのどちらでもない第三者の介入」
「……そうなってしまうか。やはり」
シュウはとっくにこの結論に辿り着いていたのだろう。しかしできるのならば別の結論であってほしかった。だからこそユーリを叩き起こすなんてことをしてまで別の視点からの意見を求めたのだ。
しかし結論は変わらない。バリアを仕掛けたのは第三者。
ではその第三者とは一体誰なのか。
ギルド――つまり外からやって来た人間ではなく、元々この世界に住んでいた人間でもない。勿論魔術を持たず、戦闘以外の知能を持たないモンスターには今回のような高度な手段は使えるはずもない。
「そんな奴が存在するのか? この世界に」
シュウの言葉に、ユーリは黙り込んだ。
そんな存在が本当にいるとすれば、それは――
「ねえシュウ? ぼく達って一体どうやってこの世界に来たんだろうね?」
「……いきなりどうした。なぜこのタイミングでその質問をする?」
質問の意図が分からなかったのか、それとも分かったからこそか、シュウは怪訝な顔を見せる。
「この世界が何なのかは分からないけど、少なくともぼくらが元いた世界とは別物だと思う。でもだったらどうやってぼく達はこの世界にやって来たんだ? もしかしたらぼく達をこの世界に集めた奴がいるんじゃないのか?」
「……つまり君はこう言いたいのか? そいつこそが今、僕達をこの街に閉じ込めた犯人だと」
「可能性の一つとして、だけどね」
辿り着いた予想外の答えに、ユーリとシュウは動きを止める。
もしも本当にユーリの言ったような存在がいたとしても、それを証明する手段は存在しない。それはつまり現在の状況を打破する手段もないということになってしまう。
八方塞がりを感じた二人が思案顔で固まっていると、
「ユーリ君、大変!!」
と(寝巻きにしていたのだろう)宿屋の浴衣を着たいのりが勢い良く扉を開けて部屋の中に入ってくる。余程慌てていたのだろう。浴衣が着崩れて胸元がはだけてしまっていた。
年頃の男子である二人にその肌色率は目の毒だ。
「ど、どうしたんだそんなに慌てて。何かあったのか?」
シュウはならべくいのりに目を向けないようにしながら尋ねる。
「あれ? シュウ君もいたんだ」
「いたさ。というかその……いのり、着替えてきたらどうだ?」
「着替えてって――何で?」
「いや、何でと言われても、その…………」
シュウの目線を追っていのりは自分の胸元へと視線を移す。
浴衣がはだけて肌色がかなり見えてしまっている自分の胸元へと。
「………………っ!!」
バッと両手で胸元を隠すと、いのりは慌てて部屋を飛び出していく。その途中で、
「……ユーリ君の、エッチ」
という一言を残して。
「…………あれっ? 今、ぼく何もしてなくない?」
ずっと目を逸らしていたのになぜ? とため息を吐かずにはいられないユーリだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それで一体何があったんだ?」
着替えを済まして戻ってきたいのりにシュウは改めて尋ねる。
ちなみにいのりは先ほどの出来事など忘れたかのように平然としていた――ので、ユーリはその頬がほのかにではあるが、赤く染まっていることに気付かないフリをした。
「そう! 外が大変なの!! 何か変なバリアみたいなのが街中を覆ってて、外に出れなくなっちゃってね!」
「ああ、いのり? 急いで知らせに来てくれたのに悪いんだけど、すでに知っているよ。丁度今、それについて話し合ってたところなんだ」
シュウの言葉は、興奮している様子のいのりの耳には届かなかったらしく、彼女はそのまま言葉を続ける。
「皆困ってて、とりあえず広場に集まったんだけど、そしたら現れたの!!」
「「現れた?」」
自分達の話には出てこなかった言葉にユーリとシュウは揃って首を捻る。
ここまで焦るな存在――まさかモンスターが街に入ってきたのでは。
そんな考えが頭をよぎり、体を強張らせた二人に、しかし、いのりはある意味ではモンスターの侵入以上に衝撃的な事実を口にする。
現れたもの。その正体は――
「そう――女の子が現れたの」