表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の魔想剣士―クリエイター―  作者: 磯野カツオ
第1章 希望の翼
3/6

第1章-2 『混浴がいいものとは限らない』

 先ほどまでリザードマンの群れが蠢いていた場所には死体は存在しない。なぜなら光と共に消失してしまったからだ。代わりに肉と思われるアイテムとこの世界のお金である金貨がその場所には落ちていた。

 ユーリはそれらを全て回収し、持っていた袋に入れるとギルドの仲間の元へと駆けて行く。


「お疲れ様、ユーリ。さすがはエース。いい働きだったよ」


「お、お疲れ様です。格好良かった、ですよ?」


「おつかれー。あんだけの敵を一人でなんてさっすがだな、ユーリ!」


「お疲れ様……ユーリ君」

 

 戻ってきたユーリをギルドメンバーが温かく迎え入れる。

 ユーリは多少の照れくささを感じながらも、戦利品を持った袋を掲げる。


「ぼくだけの力じゃなくて皆が場を整えてくれたからだよ。はいこれ。結構いいアイテムがドロップしたっぽいよ」

 

 その言葉にギルドメンバーはうおおっ! と本日二度目の歓声を上げた。

 アイテムは彼らが宿泊している街で売れば、お金になる。死んでも生き返るゲームのようなファンタジー世界でもお金は必要だし、大切だ。衣食住を充実させるには、モンスターを倒し、ドロップしたアイテムを売る以外に方法はない。


 ユーリから袋を受け取ったシュウは中身を素早く確認すると、それを綺麗に五等分して別の袋に移し、それぞれに配っていく。


「まああんなに手ごわい敵だったんだ。当然といえば当然だけどね」


「なぁに冷静なこと言ってんだよシュウ。あんな強い敵を倒せたんだ。街に戻ったらぱぁっとお祝いパーティーでもしようぜ!!」

 

 肩に腕を回してくるエージを鬱陶しそうに払いながらシュウは反論する。


「一回勝つ毎にお祝いなんてしていたら僕達は何回パーティーをすればいいんだ? そんなことをしていたらすぐにお金が尽きてしまうよ」


「いいじゃねぇか。そうなったらまた狩りに来れば。おれ達に勝てねぇ敵なんていねぇんだからよ」


「そういう慢心が身を滅ぼすんだ。そもそも君はいつもいつも――」


「はーい。ここで多数決を取りまーす。お祝いしたい奴、手ぇ上げろー」


 シュウからのお小言を遮るように、エージは勝手に話を進めていく。


 ちなみにエージの呼びかけに手を上げたのはユーリ、いのり、モモ、とシュウを除く全員だった。皆も自分と同じ考えだろうから誰も手を上げないだろうなど高を括っていたシュウはその様子に唖然とする。


「別にやってもいいんじゃないかな? 今日はいいアイテムやお金がいっぱい手に入ったし、たまにはそういうご褒美も必要なんじゃない?」

 

 そう言ったのはこの戦闘の立役者であるユーリだ。そしてそれに続くようにいのりも、


「ユーリ君がいいなら私も良い、かな?」

 

 と賛成意見を口にする。


「おお! さすがはエース様! いいこと言うじゃねぇか」

 

 背中をバンバンと叩いてくるエージに苦笑を浮かべるユーリを見て、思い出したようにいのりが彼の耳元で囁く。


「そういえばユーリ君、体は大丈夫? 怪我とかしてない? もししてるなら私のスキルで治すけど」


「大丈夫だよ。大きな怪我とかはしてないし」


「ダーメ。この前だってそうやって隠して、次の日のモンスター討伐に響いてたでしょ。遠慮しないで治療を受けなさい」


 言うや否や、いのりはユーリの答えを聞くことなくスキルを発動させる。

 彼女が腰のポーチから取り出したのは一本の空ボトルだった。そして祈るように目を瞑るとそこに水が満たされていく。

 これは水薬。所謂『ポーション』と呼ばれる回復アイテムだ。


『聖魔転換――メタモルフォーゼ――』


 自らの魔力を別の物質に変換することができる。それが彼女のスキルだった。

 この世界の魔力は第二の命と言っても過言ではない。それを人に分け与えることのできるスキルを持ついのりは、ある意味ではこのギルドの中で一番貴重な人材であると言えた。


「ちょっと沁みると思うけど我慢してね」


 一言忠告を入れてから、いのりはユーリの体へ自分の魔力で作り上げたポーションを塗りこんでいく。

 ポーションと言えば飲み薬として知られているが、いのりのそれは傷口に塗ることによって効果を発揮する(もちろん飲めば魔力を回復させるアイテムにもなるのだが)。

 いのりのポーションは傷口へ塗ることによって、その箇所の回復機能を活性化させ、傷を治りやすくすることができるのだ。更に水へ変換した魔力を再び『聖魔転換』させることで、皮膚や骨などに姿を変えることもできてしまう。もちろんその分大量の魔力を消費することにはなるのだが、大きな傷を一瞬で回復させてしまうのだから、そんなことは気にならない――些細なことだった。


「これでよしっと。他に怪我したところとかはない?」


「うん、ないよ」


 ユーリはそれを証明するように、体を大げさに動かしてみせる。


「それなら良かった」


「いつもありがとうね、いのり。いのりがいるおかげでいつも無茶ができるよ」


 不意にかけられた言葉に、いのりは「う、うん……」と口ごもりながら頬を赤く染める。


「いのりちゃんって本当にユーリに甘いよなぁ。いや、甘いってか優しい、か? 一応おれだって火傷したりしてるんだけどな――いのりちゃんの魔術で……」


 二人の様子を少し離れた場所で見ていたエージが茶化すような口調でそんなことを言う。

 対していのりは先ほどまでの優しさはどこへ行ったのか。感情のこもっていないような声で答える。


「ユーリ君とはこの世界に来てすぐに出会って、それからずっと一緒だったからよく知ってるってだけだよ。昔から無茶ばかりする人だったから、怪我を治すのは私の役目だったの」


「そういやユーリと一番長いのはいのりちゃんなんだっけか。ん~。でもそれにしたって優しすぎじゃねぇか? もしかして他にも何か理由が~?」


「そういうことを言うからエージ君の傷は治したくないの。そういうとこ直さないと女の子に好きになってもらえないよ?」 


 いのりに冷たい声で告げられ、エージは、「そりゃ困る」と両手を上げる。


「そんなことより君達。お祝いの件、結局どうするつもりだい?」


 いつまで経っても結論が出ないことにイライラしながら成り行きを見守っていたシュウが我慢できずに口を挟む。しかし問われた当人であるエージは不思議そうに首を捻った。


「えっ? その件は既にやるってことで決定したんじゃないの?」


「決まっていない! 決して決まってなどいない!!」


「おいおいシュウ。おめぇ多数決ってどんなものか知ってるか?」


「知ってるよ! バカにするな」


「だったら何で反論してくるんだよ。五人の中でやりたいって奴が四人なんだからこれで決定に決まってんだろーがよ」


「それは確かにそうだが……モモ! 君はなぜ賛成に手を上げたんだ? 僕の記憶が正しければ君はそういう賑やかなものは苦手だったと思うんだが」


「ふえっ!?」


 急に話を振られ、モモはビクッ! と体を揺らす。


 シュウにとっては単に説得がし易そうという理由での選択だったのだろうが、言われたモモからして見れば気が気じゃない。――色々な意味で。


「た、確かにそういうのは苦手かもですけど……でも! もも、もお祝いパーティーやってみたいかも、です」


「そ、そうか……。ううむ」


 ギルドのマスコット的存在のモモに上目遣いでそう言われてしまえば、もう後は折れるしかない。シュウはまだ何か言いたいことでもあったのか小声でぶつぶつと何かを呟いていたが、これ以上の反対をする気もないらしく、視線をエージから外してお金の計算なんかをやり始めた。


 その様子に苦笑を浮かべながら、エージはパーティ開催の立役者であるモモの元へ労いの言葉を掛けに行こうとするが、

「……だってシュウくんと夜遅くまでお喋りできるかも、ですし……」

 そんな独り言が耳に入って、動きを止め、顔を歪ませる。


「くそっ……」


 思わず吐き出してしまった一言が誰にも届かなかったことに安堵しつつ、エージは街への道を進み始めた仲間の後を駆け足で追うのだった。 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 街を除けば建物一つない広大なフィールド。そしてそこに生息している、とてもこの世のものとは思えない異形な怪物達。それらは倒されれば光となって消失し、残るのは食材や素材となるアイテムやこの世界で使用できるお金となる。


 それらに対抗する為なのか、この世界で人間はスキルや魔術と呼ばれる力を行使することができ、魔力を全消失しない限り、いくら死んでも蘇ることができる。


 まるでRPGのような世界。最初は誰もがそう考え、これは夢なのだと考えた。しかしそんな考えも時間と共に消失し、現在直面しているリアルこそが現実となる。


 例えば便利な電化製品が蔓延る世界。そんな世界に火を使うことがやっとだった過去の人間がやってきたらどう思うだろうか? 

 最初は戸惑い、恐れるだろう。

 しかしそれも時間が経てばいつかは慣れる。そうなれば便利な世界から、わざわざ元の世界に戻ろうとは思わないのではないだろうか。

 電化製品が蔓延る世界も、見方を変えれば――それが普通でない世界の者からすればゲームの中のようなものだ。

 それに慣れることができるのだから、RPGのような世界にだって慣れることはできる。


 死んでも生き返ることができるような世界で、誰もが疑問なく生活している。

 なぜ自分がそんな世界にやってきたのか。

 そんなことを、考えもせずに……


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ほんじゃあ一度ここで解散ってことで。それぞれ汗を流したり、準備をして一時間後にラウンジに集合な。場所を借り切って、そこに料理を運んでもらえるように頼んであるから」


 ユーリ達のギルド『希望の翼』が拠点としていた街へ到着し、宿屋へチェックインを済ませたところでエージがメンバー全員に向かって告げた。

 自分で言い出したという責任があるからか。エージはこの短時間でパーティの準備を済ませていたらしい。いつもはチャラチャラとしている癖にこういう時にだけ発揮される仕切り能力は一体何なのか、と思わずにはいられないギルドメンバーだった。


「あっ、モモちゃんモモちゃん! この宿屋、温泉があるんだって! 入ってみようよ!」


 歓喜の声と共にいのりがモモへ向かって宿屋の紹介冊子をグイっと差し出す。確かにそこには〈この宿屋では天然温泉が楽しめます〉という文字がデカデカと書かれていた。

 レアアイテムを換金してみたら、予想していた以上の稼ぎになった為、普段宿泊している宿よりもグレードアップした宿を選んでみたのだが、その恩恵が早速やってきたらしい。


「うわー、本当ですね。この世界にも温泉ってあるんだ……」


「凄いよね! 私、大きな湯船なんて本当に久しぶりだよー。モモちゃんも入るよね?」


「えっ!? う、うん、です……」


 いのりからの誘いにモモは歯切れ悪く答える。


「あれ? もしかしてモモちゃんは入りたくない?」


「そ、そんなことないです!! ももだって入りたいですよ。でも……」


 両手をブンブンと振りながら否定するモモに、いのりは首を傾げる。ならばなぜそんなに渋っているのか、と。


「でも?」


「……ももはいのりちゃんみたいにスタイル良くないですし……幼児体型ですし。だから一緒にお風呂に入ったら、その……自分にガッカリしちゃうかなって……」


 凹凸の少ない自分の体をさすりながら、表情を暗くするモモにいのりは笑いかける。


「そんなことないよ。モモちゃんの体はモモちゃんが思ってるよりずっと大人。それにモモちゃんみたいな子が好きだって男の人も多いだろうし。ね? エージ君」


「な、何でそこでおれに振るんだよ!!」


 思いがけない問いかけにエージは顔を真っ赤にしてあたふたとする。そんな彼が見れて満足したのか、いのりは「別にー」と意味深な表情を残してモモの説得へと戻っていった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 先ほどの問いかけが復讐だとエージが気付いたのは、女性二人が温泉へと向かった後だった。


「う~。軽い気持ちで女をからかうもんじゃねぇな。こえーこえー。おいユーリ、シュウ、おれ達も温泉とやらに浸かりに行こうぜー」


 温泉という言葉に心を躍らせるのは決して女衆だけではない。日本人なら誰でもその単語の魅力には逆らえないのだ。きっと他の二人も同じだろうと思い、エージは誘いの言葉をかけたのだが、


「ぼくはいいよ。部屋でシャワーを浴びたらちょっと寝る。今日は力を使いすぎて眠いんだ」


「僕もパスだ。今日の戦闘結果を踏まえて今後の作戦について考えないといけないんでね」


「おいおい。二人とも付き合いわりぃなぁー。お前らは飲み会を断る最近の若者ですかぁ?」


 さっさと部屋に戻ろうとする仲間を捕まえるように、エージは二人の肩にガシッと腕を回す。


「お前らはまだおこちゃまだから分からねぇかもしれねぇが、大人ってのはこういうなんでもないような付き合いがとーっても大事なんだぜ? 特に裸の付き合いってのはな。お互いを分かりあうには風呂での背中の流し合いが一番。喧嘩をしててもすぐ仲直りってね。まあまだお・こ・ちゃ・まのお前らには分からないのかねー、やっぱり」


 明らかに二人を挑発しているような口調。


――エージ的にはこの挑発に乗って、温泉に入ってくれることを望んでいるんだろうけど、さすがにこれに引っかかる人はいないんじゃ? 

 とユーリは思ったのだが、


「なん、だと……。ああ、いいだろう。そこまで言うなら入ってやろうじゃないか! そして証明してやる! 僕が決しておこちゃまではないということを!!」


「やりっ」


 まんまと自分の思惑に乗ったシュウを見て満足そうにエージはパチン、と指を鳴らす。


 真面目すぎるが故、こういった挑発には弱いリーダーに、ユーリは小さくため息を吐いた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ごめんね~ん。いろいろあって今、男湯に入ることはできないのよ~」


 結局全員で温泉に来ることになった男性陣は、浴場の入り口でやたらとセクシーを強調させた(エージ曰く超エロい)女性にそう告げられた。


「えっ!? おいおい、マジかよ~! じゃあおれ達、温泉入れねぇのか?」


 エージは落胆の色を隠しきれない口調で呟く。しかしセクシーお姉さんはまだ言いたい事があったようで、「そうでもないわ~」と続ける。


「男湯は入れないけど露天風呂には入れるの~。だからどうしても温泉に浸かりたいって言うならそっちに行ってもらえればお~け~ってことなの」


「マジで!! 行きます行きます。というかそっちの方が全然いいじゃん。外の景色を見ながら入る熱々の温泉。く~いいねえ~。もう、お姉さんも意地が悪いな~。そんなもんがあるなら先に教えてくれればいいのによー」


 一人盛り上がるエージのことを遠巻きから眺めていた男二人がぼそっと一言。


「エージ、おっさんみたい」


「というかもうおっさんだよね、あれ」


「おりゃまだ二十歳だよっ!! ってお前ら聞けよ! おれを残して先に行くんじゃねぇっ!」


 エージの心からの叫びを無視してさっさと露天風呂へと向かう二人。エージは「おれってそんなに老けてるか?」とひとりでに呟きながら、急いでその後を追って駆けていく。


 その後ろ姿を面白そうに眺めていたセクシー番台だったが、ふと思い出したように、


「あっ、そういえばここの露天風呂は混浴だって言うの忘れてたわね……。まあ大丈夫よね~。どうせ今日のお客様はあの子達だけなんだし~」


 と頬に手を当てながら、そんなことを呟くのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 モモはのそのそと露天風呂へと続く脱衣所で服を脱いでいた。

 一緒に来たいのりは既に中に入って温泉を楽しんでいる頃だろう。

 しかし、モモは中々服を脱ぐ手を進めることができないでいた。

 俯くように下を見ると、目に映るのは自分の体。大して面白みもない子供のような貧相な体に思わずため息を吐いてしまう。


――いのりちゃん……凄かった、です……


 思い出すのは、久々のお風呂にはしゃいで服を一気に脱いで風呂場へと入っていってしまったいのりの〝体〟だ。

 真っ白な肌に絹糸のような柔らかな髪。ほっそりとした腰から両足までは程よく筋肉がついており、美しいラインを描いている。

 それだけでも世界中の女子が羨ましいと思うような体型だが、大きく主張している二つのふくらみがそれを更に加速させる。

 まさに女子の理想を体現したような彼女の体を見た後では、自分の貧相な体を晒す気になどとてもなれなかったのだ。


――比べられたりしたら嫌だし、お風呂に入らないでこのまま部屋に戻ろうかな……


 一瞬、そんなことを考えてしまったモモだが、すぐに首をぶんぶん振ってそれを打ち消す。


――いのりちゃんはそんなことしない、です! それに一緒に入るって約束したんだもん。だったらちゃんと……約束は守らなきゃ、です!


 覚悟を決めたモモはバッ! と一気に服を脱ぎ、それをかごにまとめて入れる。そしてそのまま――というのはさすがに恥ずかしいのでタオルを体に巻こうとした所で、扉がガラガラと開く。


 自分達以外にはお客がいないはずなのに誰だろう? 宿屋の人かな? などと思いながらそちらへと視線を移すと――


「な、な、な、何で……モモがここに……!?」


 そこにいたのは先ほど分かれたばかりの、シュウ・エージ・ユーリ――ギルドの男子メンバーだった。


 三人の視線の先にあるのは、タオルを巻く途中だった為、細くて白い太股やら背中やらが丸見えになってしまっている自分の姿。


 それに気付いたモモは、体がかあっと燃えるような恥ずかしさを感じながら、


「きゃああああああああああああああああああああっっ!!」


 とてもその小さな体から発せられたとは思えない大きな悲鳴を上げるのだった。



 ユーリはしばらくの間、目の前で起きた〝現実〟を理解をすることができなかった。


 自分達は番台の女性の案内で露天風呂に入りに来ただけなのに、そこでなぜ裸(正確にはタオルという壁があったのでほとんど見えなかったのだが)のモモに出くわすのか、と。


――だってぼく達は案内された通り露天風呂に来たわけで。もしかして間違えた? いや、でも露天風呂はここにしかないって話だし……


 本来彼らがすべきことはなぜこうなったのか――その理由を考えることではなく、一刻も早く扉を閉めて立ち去ることだったはずだ。

 しかし、人間は予想以上の事態に遭遇すると、パニック状態になって、そんなことを考えることはできない。

 ファンタジー世界の人間にさっさとドア閉めればいいじゃんなんて言ってはいけないのだ。


「モモちゃんどうしたの!? 悲鳴が聞こえたけ、ど……」


 悲鳴を聞きつけて、先にお風呂に入っていたいのりが風呂場から飛び出してくる。

 今まで温泉に入っていた彼女は勿論裸なわけで、本当に何も(タオルすら)身に着けていない状態だった。


 彼女の形のいい双球からはぽたぽたと雫が垂れており、それは引っ込んだお腹を通って床に落ちていく。


 三人は呆けたように、いつまでもそのぽたぽたと流れる雫を追っていた。もしいのりが壁に立てかけてあった長刀を手に取り、それを抜かなければ、いつまでもそのままだったかもしれない。


「エージ君はともかくユーリ君とシュウ君まで覗きをするなんて……」


「い、いのりちゃん!? おれ達は決して覗きをしようとしていたわけじゃなくてだな」


「問答無用!!」


 弁解しようとしたエージの言葉など聞く耳持たず、いのりは鬼のような形相で鋭く斬りかかってくる。


「ギャアアアアアアッッ!!」


 一番最初に鬼の標的になったのは――勿論――エージ。

 手ごわいモンスターを軽々と斬り裂く一撃を、紙一重の所で避けながら、エージは一目散に脱衣所の外へと逃げだしていく。


 そうなると、脱衣所に残されるのはユーリとシュウの二人。


 二人は目を見合わせて互いの意思を確認する。

 この場でやるべきは一つだけだと。


「「ごめんなさい!!」」


 何の迷いもない、とても清々しい――土下座だった。



 この後、怒り狂ったいのりに弁解をしたり、大泣きしているモモを落ち着けたりしている内に一日が終わってしまった為、結局パーティーが開かれることはなかった。

 まあ中止になった一番の要因は、予約をしていた幹事が逃亡してどこかへ消えてしまったことなのだが。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ふいー。ひでぇ目にあったぜ。まさかここの温泉が混浴だったとはなー」


 いのりの誤解が解けたとも知らずに一晩逃げ続けたエージが宿に戻って来たのは、朝日が昇ろうとしている時間帯だった。


「しっかし向こうにいた頃は混浴は男のロマンだと思ってたが、実際に体験してみるとそんなにいいもんでもねぇな……まあそもそも体験すらしてねぇんだけど」


 ふぅー、と息を吐きながらラウンジに置いてある椅子へ腰を下ろす。今から部屋に戻るのも面倒なので朝までここで寝てしまおうと考えたのだ。


「…………あー! 寝れねー!」


 しかし目を閉じたら思い出すのは脱衣所で見たモモの裸体。

 タオルで隠れてほとんど見えなかったとはいえ、あの一瞬でエージが受けた衝撃は凄まじく、とても眠れる気がしなかった。


「そりゃそうだよな。だっておりゃ、見ちまったんだもんな……」


「何をです?」


「何をってそりゃ…………うおっ!!」


 突如背後に現れた声にエージは思わず飛び上がりそうになるほど驚く。

 振り向くとそこにいたのは、


「は、はるか……?」


「はるか? ……誰です?」


 声をかけてきたのはモモだった。パジャマなのか可愛らしい猫のきぐるみを着ている。

 朝風呂にでも入ってきたのだろうか。彼女の髪は濡れており、その影響かは分からないが、どこか大人っぽい印象をエージに与えた。

 そのせいだろうか。自分より年下の、同じギルドの仲間を、〝大事な人〟と見間違えてしまったのは。


「い、いや何でもねぇよ! ちょっと寝ぼけてたみてぇだ」


「大丈夫です? ずっと逃げ回ってたんですよね?」


「ああ。いのりちゃんの怒りが収まるまでと思ってたんだけど……。今、いのりちゃんは? まだ怒ってる?」


 恐る恐る尋ねるエージに、モモは微笑みを返す。


「大丈夫ですよ。いのりちゃん、あれは誤解だったって分かってくれたですから」


「あ、誤解解けてたんだ」


「ですです」


 それなら朝になるまで逃げ続けた意味は……、と落胆せずにはいられないエージだった。


「あー……でもお前に辛い思いをさせちゃったのは事実だよな。ごめんな」


「べ、別にももは気にしてない……です。だからエージくんも忘れてくれると……嬉しいかも、です……」


「あ、ああ。……分かった」


 真っ赤に染まった顔を下に向けて、もじもじしながら呟くモモから目を逸らしながら、エージは答える。何だかいけないことをしているような気がしてきて、後ろめたさのようなものを感じてしまったのだ。


「それに、エージくんはももの貧相な体なんて見ても、何とも思わないですよね?」


「そ、そんなこと! ……ないと思うけどな。ほら、世間一般から見て、的な! な!!」


 照れながら必死にフォローをしてくれているエージを見て、モモはふふっ、と微笑む。


「エージくんはいつも、もものことを気にかけてくれて、とっても嬉しいです」


「……そんなん当然だろ。お前はその……妹みたいなものだからさ。守ってやらなくちゃって思うんだよ」


 エージにとってこの言葉は決して嘘では無かったはずだ。しかしそれ以外の気持ちが本当にないのかと問われれば、きっと彼は首を縦に振る事ができなかっただろう。


 彼にとって《モモ》とはそういう女の子だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ